デンソー、将棋電王戦に名乗り ロボットで王手指す
今年で3回目を迎える将棋電王戦は、これまで以上に「人間対コンピューター」の色が濃くなる。デンソーが、日産自動車やローソンに続く4番目の協賛企業として名乗りを挙げたからだ。

デンソーが提供するのは「電王手くん」と称するロボットアーム。各将棋ソフトが決めた指し手の情報を受け、任意の駒を将棋盤上に置くことができる。デンソー子会社が販売する産業用の垂直多関節ロボットを改良した。木製の駒をアーム先端の吸盤が吸着し、移動する。
これまでの電王戦は将棋ソフトが考えた指し手を人間が盤上に反映していたが、電王手くんの導入で、思考も動作もコンピューターが担うことになる。
産業用ロボットの進化からすれば造作もない、と思いきやさにあらず。電王戦に臨むプロ棋士、ソフト開発者同様、デンソーの開発陣も真剣勝負で挑んでいる。
将棋の駒を運ぶ難しさ
「人が片手で簡単にやれることを、ロボットがまねるというのは、実は簡単ではない。それを今回、限られた時間で実現させることは、我々にとって大きなチャレンジでした」。プロジェクトの責任者を務めるデンソーウェーブ制御システム事業部の沢田洋祐氏はこう話す。
通常、産業用ロボットが扱うのは樹脂や金属でできた精緻な部品。だが今回は、木製の駒を正確につかみ、運ばなければならない。しかも、駒の寸法や彫られた文字の形状に加え、対局相手のプロ棋士が指す駒の位置や将棋盤の形状にもばらつきがある。
さらに対局場所は工場ではない。将棋盤の向こうに座るプロ棋士の動作はロボットの可動域と重なるため、工場以上に安全性を徹底する必要がある。全5局の会場は、有明コロシアム、両国国技館、小田原城などすべて異なり、ポータビリティーを考慮したシステム開発も迫られた。
しかしデンソーの開発陣は、これらの課題を約1カ月でクリアした。
電王戦を主催する日本将棋連盟とドワンゴ側からデンソーに打診があったのは昨年末。当初は将棋の駒を動かすという経験のない案件だったことに加え、開発期間があまりに短いことから、及び腰だったという。
何より、注目度の高い電王戦で失敗するようなことがあればデンソーの名に傷がつく。それでも挑戦したのは、社内外の後押しがあったからだ。

社内に電王戦のファン、「もうやるしかない」
「社内には思った以上に電王戦のファンが多く、彼らの激励もあり、チャレンジしようということになった。加えて、機械全般や将棋ソフトとのコミュニケーションなどを引き受けてくださる協力会社さんが見つかったこともあり、もうやるしかないと思いました」(沢田氏)
今年2月から、協力会社の社員も含め約10名が電王手くんの開発に着手した。形状にばらつきのある駒でも確実につかめるよう、エアコンプレッサーによる吸着方式を採用。盤上の駒がずれて置かれていても、アーム先端に装着したカメラが画像認識し、位置補正をすることで、1ミリの誤差もない動作を実現した。
さらに、プロ棋士とロボットアームのあいだに、目に見えない仮想の安全柵を設け、一定の距離に近づいたらロボットの動きが止まるなどの安全策も万全とした。10時間を超える棋戦にも耐えうる仕様で、持ち運びや設置が楽になるよう、システム全体のコンパクト化にも気を配った。
かくして、このほど電王手くんが完成、直前まで微調整を繰り返して電王戦に臨む。
リアルさを増す対コンピューターとの戦い
この未到の経験を通じ、開発チームは「こんな機能があれば良かった」「こんな開発環境があればよかった」といった、本業につながる多くの気づきを得たという。「もしチャンスをいただけるのであれば、今後は将棋を指す人の動きにより近いロボットシステムにもチャレンジしていきたい」(沢田氏)
ドワンゴの川上量生会長いわく「電王戦には進化を止めないコンピューターと人類は、どう向き合っていけばいいかを考えるというテーマが隠されている」。日本将棋連盟の谷川浩司会長は「将棋ソフトの研究開発が人工知能の発展につながれば」という思いも抱いている。
ここにロボットの動き、というテーマも加わった電王戦。対コンピューター、対ロボットとの戦いは、いよいよリアルさを増してきた。演出を担う沢田氏はいう。
「米長(邦雄・前将棋連盟会長)さんの著書『われ敗れたり』を読んで、プロ棋士がどれだけ電王戦に真剣に取り組んでいるのかを痛烈に感じた。ロボットアームを通じ、プロ棋士の方々に対し、尊敬の意を込めた動きをお見せできればと思っています」。敬意を払うからこそ、将棋ソフトとともに本気で王手を指しにいく。
(電子報道部 井上理)