マラソンのペース配分、定速走行が理想なのか?
ランニングインストラクター 斉藤太郎
「マラソンレースの必勝法はイーブンペースを保つことだ」と言われることが多いですが、果たしてそうでしょうか? コースの地形や気象状況が変化する中で、速度をコントロールしながら42.195キロを走り切るというのは、たやすいことではありません。トレーニングで培った力を最大限に生かして好結果につなげるペース配分、そのためのペース感覚を身に付ける方法についてお話しします。
■ペース維持にこだわると終盤で落ち込み
マラソンを快走するということは、自動車に例えるとガソリン満タンでスタートし、上手に燃料を使い切ってフィニッシュするといったものです。配分を間違えて燃料を早く使いすぎ、ガス欠を起こすことがあってはいけません。
これは単に時速何キロの一定速度を終始キープする必要があるということではありません。コースはずっと直線、平たんではなく、上り下りあり、カーブあり。向かい風・追い風を受けることもあって、さらに途中の何カ所かで給水もします。
こうしたコース上の様々な変化の中で、速度の維持ではなくて、「低燃費」を維持しながらゴールに向けて自分の体を運んでいくことが大事なのです。むやみに速度を保つためにアクセルを踏みすぎては、終盤の落ち込みにつながります。上り坂にもかかわらず、かたくなにペース維持にこだわってアクセルを踏むような走り方は禁物です。

車の場合にはオートマチックトランスミッションが主流ですが、私たち生身の人間は自身のマニュアル操作でコース上の状況変化に合わせたシフトチェンジをする技量が試されるのです。私はよく「レース展開に起承転結を」と話しますが、そうした全体のプランと各局面に応じた走りとの組み合わせがペース配分の醍醐味と言えます。
■調子が良くても中間すぎまでは抑える
多くのインストラクターが当たり前のごとく、定規で真っすぐ線を引いたような一定ペースの重要性を説いているようです。しかし、私が指導するクラブの会員さんたちのレース結果報告では、「一定ペースが功を奏した」といった声はあまり聞きません。
快走のストーリーは次のような感じです。スタート直後の序盤は控えめのペースで走ります。混雑によるタイムロスで焦るかもしれませんが、冷静に気持ちを抑えつつ数キロかけて目標タイムに応じた設定ペースへと上げていきます。
5キロを過ぎ、10キロあたりにかけてようやく体が温まってきます。序盤のだんご状態もばらけて、ペースが安定してくるころでしょう。ゆとりがあって設定ペース以上にもっと上げたくなる気持ちが湧いてきますが、そこは我慢。中間地点を過ぎるまでは、どんなに調子が良いと感じても速度をセーブする勇気が必要です。

沿道の歓声が盛んな大会ほど気分が高揚して、体の好調・不調を冷静に判断できなくなってしまいがち。得てして実態以上に好調と誤解することが多いです。「今日は絶好調なのでは」という自分の心のささやきには要注意。自制心を強く持ち、「ハートは熱く、頭はクールに」展開します。
そして中間地点以降も疲労を感じることなく、むしろ汗をかいて動きにキレが出てくるような走り方が理想です。ゆとりがある人はここからペースアップ。そのペースを維持して後半の方が速いタイムでゴール。もしくは35キロあたり以降に疲労感が襲ってくるものの力強い走りで押し通し、大きくペースダウンすることなくゴールするといった走り方が理想的です。
前半の飛ばしすぎが災いしてペースが落ちてくる他のランナーを次々に追い抜いていくことで、気持ちの面でもプラスに働くことでしょう。
■自分の体の感覚を基に組み立て
片や失敗したレースの反省の弁は、「序盤で混んでいてイライラした」「初めから押していったけど、力みがたたり後半はヘロヘロになってしまった」といった感じです。一定ペースを刻もうと想定していたのですが、実際にはそれができなかった焦りによる失敗が少なくありません。
1キロ何分何秒ペースを正確に刻もうという意識、つまり「時計でペースを確認」→「ペースを調節」という流れは、初めに機械があり、そこに生身の体を合わせようというものです。そうではなくて、「今日はこのくらいのペースで42キロいけそうな感じだ」→「時計でペースを確認、大体こんなものか」→「終盤はこう組み立てていこう」と考える作戦。
初めに自身の体の感覚があり、それを機械で参考程度にチェックするという意識の流れ、考え方の順序です。時計に合わせて走るのではなく、持っている力を上手に引き出すためにペースを組み立てていき、たまに時計で確認する。本来のペース設定とは、こうあるべきだと思います。
疲労感の高まりや息苦しさを覚えることなく、快調に走り切ることができるペースは、その日その日によって微妙に違います。また、走り出しが速すぎると体が硬直して力を出し切れずに終わります。ゆとりを持って走り出すことで筋肉がほぐれ、呼吸が楽になり、レースで練習時以上の走りができることもあります。

その違いは1キロのラップだと上級者の場合はほんの5秒ほどかもしれません。でもその微妙な差までも感じ取り、速すぎず遅すぎない、その日の自分にとってちょうど良いギアを見つけてシフトチェンジする能力を体得してください。
■インターバルで感覚とタイム比較
こうしたペースを調節する能力を身に付けるためのトレーニングメニューを紹介します。
インターバル走で一本一本のペース感覚と実際のタイムとを確かめながら走り、感覚を修正します。1本の距離が1キロ程度だと力任せに跳ねるようなフォームで走ってしまい、42キロを走るフルマラソンには直結しない可能性があるので、1本10分程度より長く走り続けるような距離でメニューを組み立てましょう。
合計10キロを走るとしたら、「2キロ×5本、間に2分ジョギング」「3キロ×3本、間に3分ジョギング」「5キロ×2本、間に5~7分休息」などです。
10キロを通して走るペース走の場合は、大きな流れの中で、楽になってきたのか、苦しくなったのか、もう少し速いペース設定で走れるのではないか、などの感覚を確かめながら走ります。
いずれもフルマラソン想定ペースです。本数を追うごとに筋肉がほぐれて呼吸が楽になってくると思います。そこでペースを上げるのを我慢して、レース中盤の20~30キロ地点あたりをイメージして走りましょう。ゆとりがあるからペースを上げるのではなく、どれだけゆとりを持ってレース想定ペースで走れるかを大切にしてください。
これとは別に、フラットなコースばかりではなく起伏を取り入れるのもいいでしょう。一例としては「上り坂1キロ+そのままノンストップで平地5キロ」。これを1~2本、2本の場合は間に7分休息をはさみます。初めの1キロであえて高い負荷をかけて呼吸を上げたうえで、そのまま平地5キロをレース想定ペースで走るという流れです。
険しいコースのレースでは終盤に限らず序盤から呼吸が上がり、脚が重くなるような困難を強いられます。こうしたレースでも途中で止まることなく、走りながら疲労感を取り除く。日ごろの練習で疑似体験しておくと、必ず本番で生かされることでしょう。
私たちのクラブの本拠地、千葉・佐倉で毎年3月下旬に開かれる「佐倉マラソン」。わがクラブもエイドステーション要員やペースランナーとしてサポートします。
8つの目標タイム別に走るペースランナーは「自己ベスト+10分程度」を目安に担当を割り振ります。これくらいのペースが最も心地よく走ることができ、一緒に走る参加ランナーにエールを送るゆとりも生まれるのです。
それよりも遅い目標タイムの担当だと、余裕はできるものの長旅に。ちょうど良いペースで走る場合には汗を程よく流す分、トイレに行きたくなることはほとんどないのですが、遅いペースで走るとあまり汗が出ないために一時コースを離れてトイレへ駆け込むこともあります。
今回私が担当するのは2時間45分、最もゆっくり走る仲間のペースランナーは5時間30分。その差2倍の勤務時間になります。私が10キロ地点を通過する時に5キロ地点、ゴールする時はまだハーフ地点です。事前の打ち合わせの席で彼女に一言、「ゴールした後のお弁当の量も2倍にしましょうか」。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)など。