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頼りになる選手は? ザック監督、NZ戦で見極め

サッカージャーナリスト 大住良之

FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ2014ブラジル大会の開幕まで99日となった5日、アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は東京・国立競技場でニュージーランドと対戦、4-2で勝利をつかんだ。

立ち上がり4分にFW岡崎慎司(マインツ)の得点で先制、7分MF香川真司(マンチェスター・ユナイテッド=PK)、11分DF森重真人(FC東京)、そして17分岡崎と、瞬く間に4ゴールを奪う猛攻。その後ペースが落ち、ニュージーランドに2点を許したが、3カ月半ぶりに集まっての試合としては、良いところが目立った。

シャープな動きで2得点と好調ぶりが目立った岡崎

25分まで次々とチャンス、得点重ねる

この日の東京は、強い雨が降り、気温が低く、北風も強まるという予報。それにもかかわらず、国立競技場には4万7670人ものファンが集まった。昨年11月にアウェーでベルギーを下して以来の代表戦というだけでなく、現在の国立競技場での日本代表の最後の試合という要素も、大きかったに違いない。

日本はファンの熱意に十分以上に応えた。ただし前半25分までの間――。この間の日本代表は、全員が意欲的で、厳しい守備から奪ったボールをテンポ良くつなげてサイドを突破し、次々とチャンスをつくった。そして面白いように得点を重ねた。

とくに見事だったのは17分の4点目だ。

日本から見て右サイドから攻め込まれたのをゴールライン近くでDF森重が奪い、右タッチライン沿いに前線に送ると、FW岡崎が頭で流し、FW大迫勇也(1860ミュンヘン)がヒールでMF本田圭佑(ACミラン)に落とす。左へ展開しようとした本田のパスは相手にかすってコースが変わったが、拾ったDF吉田麻也(サウサンプトン)が左前方のMF香川へ。香川がドリブルでボールを運び、相手ペナルティーエリア前で中央の本田へ送る。そして本田が左足のヒールキックで右へ流すと、走り込んだ岡崎が左足で決めたのだ。

ブランク感じさせず、リズム良くプレー

ザッケローニ監督はこの試合を「復習」と称していた。

3カ月半ぶりの代表戦。その間に、選手はそれぞれにいろいろな状況を抱え、香川のように出場機会が激減したり、本田のように移籍先のチームでなかなか力を出し切れなかったりと、必ずしも良い状態にあるわけではない。何より、日本代表のようなスタイルのサッカーをしているチームはほんどないから、選手たちは青いユニホームを着ると「普段やっていないサッカー」をしなければならない。そのスタイル、リズムを選手たちが思い起こし、試合のなかで実行することができるか。

ザッケローニ監督にとって、25分までのプレーは「驚き」だっただろう。予想をはるかに超えるものだったからだ。「スピードに乗った技術を発揮した」。イタリア人監督は、このように表現した。

3カ月半のブランクなどなかったかのように、日本代表はリズムに乗ったプレーを見せた。

がくんとペースダウン、集中力も欠く

「チームが本来のプレーができていないときに選手がどういう対応をするのか観察できたのは有意義だった」とザッケローニ監督

ただ、25分を過ぎるとペースががくんと落ちた。15分までのボール支配率は61.6%。15分から30分までは62.4%と圧倒的に支配した。しかし30分から前半終了までは51.4%と、相手とほぼ互角だった。後半も、立ち上がりの15分間こそ60.0%を記録したが、次の15分間は54.2%、最後の15分間は58.1%だった。

後半になると個々の選手がボールを持つ時間が長くなり、リズムがなくなって相手の激しい寄せにボールを失うケースが増えた。

80分の2失点目は、攻め込まれたものの簡単にクリアできる場面が2回、3回とあったにもかかわらず自陣ゴール前でつなごうとしてボールを奪われ、放り込まれたところからボレーで決められたもの。もう少し集中力や危機感があれば防げたものだった。

「早々と大量点を取ったチームのプレーが、その後緩む……。サッカーとは、えてしてそんなもの。奪われた点より奪った点のほうが多かったのだから、今日は良しとしておこう」。17分までに4-0としながらその後追加点を奪えず、逆に2点を返されたことについて、ザッケローニ監督はこんなふうに表現した。

怒りをあらわにした後半のザック監督

後半のザッケローニ監督は、ずっとベンチから出て、まずいプレーが出るたびに怒りをあらわにしていた。良いリズムが25分間しか続かなかったこと、その後選手たちの心理面がちぐはぐな状態になっていたことに対して、腹に据えかねるものがあったに違いないが、それを押し殺し、こう締めくくった。

「チームが本来のプレーができていないときに、それぞれの選手がどういう対応をするのか観察できたのは有意義だった」

苦しいときに誰が頑張るか、誰がリズムを取り戻すための努力をするか、すなわちワールドカップで頼りになるのは誰かを、見極めることができたというのだ。

GK川島永嗣(スタンダール)に、2失点についての責任はない。しかし味方からパスを受けたときの処理の悪さはやはり気になった。

右サイドバックのDF酒井宏樹(ハノーバー)は、内田篤人(シャルケ)が故障のため出場機会が回ってきたが、攻守ともに雑さが目立った。その酒井宏に代わって後半から出場した酒井高徳(シュツットガルト)も、フィットした状態ではなかった。

シャープな動き、岡崎の好調さ目立つ

センターバックのDF森重とDF吉田はまずまずのプレーだった。左サイドバックのDF長友佑都(インテル・ミラノ)は、攻撃面でチームをけん引した。香川とのコンビはワールドカップでも相当期待できそうだ。

ボランチは、長谷部誠(ニュルンベルク)が膝の故障、遠藤保仁(G大阪)もコンディションが万全でなく、山口蛍(C大阪)と青山敏弘(広島)が出場した。2人とも前半だけ、45分間のプレーだったが、非常に落ち着いており、持ち味も十分出していた。

後半出場した遠藤と細貝萌(ヘルタ)は、中盤を支配するのに苦しんだ。とくに細貝は、相手ボールを奪おうとばたばたするだけで、パスミスも目立ち、後半、日本が苦しくなる要因のひとつとなってしまった。

攻撃陣では、岡崎の好調ぶりが目立った。長友と香川が組んだ左サイドに負けず、右からも活発な攻めができたのは、岡崎の動きのシャープさと頭の良さのおかげだった。後半の日本が苦しんだもうひとつの要因は、この岡崎をベンチに引っ込めてしまったことだった。

清武、効果的プレーをほとんどできず

岡崎に代わって入った清武弘嗣(ニュルンベルク)は、ザッケローニ監督が求めた「復習」という面において、もっとも出来が悪かったのではないか。味方との意思疎通ができず、効果的なプレーはほとんどできなかった。

79分に香川に代わって斎藤学(横浜M)が出場するまで、日本の2列目は右から清武、本田、香川という3人。パサー、プレーメーカーばかりで、岡崎のように相手DFラインの裏を狙う選手がいなかった。清武はコンディションが整えば香川の代役も務まる選手だが、両サイドに香川と清武を置くと、どうしても攻撃の迫力がなくなる。岡崎が出場できないときのオプションは清武ではなく斎藤あるいは工藤壮人(柏)ではないだろうか。

多くの人がこの日最も注目していたのは、香川と本田だっただろう。

日本代表でなら大丈夫な香川と本田

前半、PKで追加点を決め喜ぶ香川

マンチェスター・ユナイテッドで出場機会が激減している香川。移籍したACミランで苦しい時期を過ごしている本田。ザッケローニ監督を最も安心させたのは、「日本代表でなら、2人とも大丈夫」ということだったのではないか。

本田のキープ力は香川を生かし、香川がいることで本田のプレーがシンプルになり、2人とも輝きを増す。昨年10月のセルビア戦、ベラルーシ戦では2人の不調がチームのブレーキになってしまったが、11月のオランダ戦、ベルギー戦を経て2人ともリズムを取り戻したようだ。今後は、それぞれの所属チームに戻っても、また良い面を見せられるのではないだろうか。

発熱で代表を辞退した柿谷曜一朗(C大阪)に代わって出場した大迫は、「可もなく不可もなく」といったところ。つなぎではうまいところを見せたが、ゴールに向かう迫力、相手に与える脅威という面では寂しかった。

後半、ドリブルで攻め込む本田

大迫に代わって80分から出場した豊田陽平(鳥栖)も、良い面を見せることができなかった。彼が出場した終盤は個人で無理して突破を狙うプレーが多く、豊田の力が最も発揮される形である、テンポよくパスが回ってクロスが入ってくる状況でなかったのが残念だった。

5月中旬に23人の本番メンバー発表

25分までのプレーが続かなかったこと、なかでも後半になって良いリズムが続いた時間がなかったのは、とても残念だった。しかしザッケローニ監督は、この1試合で誰が頼りになり、誰がそうでないのか、かなり見通しがついたのではないか。

この後、ザッケローニ監督はJリーグと欧州のリーグからできる限りの情報を集め、5月中旬にはブラジルに臨む23人のメンバーを発表することになる。

最後に国立競技場について書いておきたい。

雨と強風が懸念されたこの夜の国立競技場だったが、キックオフ時には雨が上がり、風も試合後の深夜まで待ってくれた。気温は7.6度と低かったが、最悪の状態は免れ、バックスタンド最上部の聖火も、最後まで力強く燃えていた。

ただひとつのアクシデントは、後半に入ってまもなくオーストラリア人のアラン・ミリナー主審が左太もも裏に故障を起こし、第4審判員に入っていた東城穣氏と交代したこと。日本代表の国際Aマッチで日本人審判員が主審を務めたのは、私の調べでは、1989年5月13日に岡山で行われた中国代表との親善試合(田中賢二主審)が最後。実に25年ぶりのことだった。

30ミリ以上の雨もピッチに影響なし

試合終了後、「ありがとう国立競技場」と書かれた横断幕を手にファンの声援に応える日本代表

前夜から試合の直前まで、一時は激しく、降り始めから30ミリ以上降った雨だったが、国立競技場のピッチにはまったくといっていいほど影響を与えていなかった。

国立競技場のピッチは91年の世界陸上のために大改修され、芝は年間を通じて緑で、そのうえ世界で最高の排水能力を持ったものに生まれ変わった。

93年に日本で行われたU-17(17歳以下)ワールドカップ決勝戦は前夜から試合当日の午前中いっぱい、台風の大雨に襲われた。

キックオフは19時半。しかしその前、16時半から3位決定戦が予定されていた。「この大雨が上がっても、3位決定戦をやったらピッチがだめになる。3位決定戦は中止して、決勝戦だけを行おう」。大会責任者であるFIFAのジョゼフ・ブラッター事務総長(当時)は強くそう主張した。

しかし日本側は落ち着いていた。「とにかく、国立競技場に行ってみましょう」

世界最高レベルのピッチの国立競技場

台風一過の国立競技場へ行ってみると、ピッチは何ごともなかったかのように最高のコンディションにあった。「マジックだ!」。FIFAの役員たちは叫んだ。もちろん、3位決定戦も予定通り行われた。

ブラッター氏をはじめとしたFIFAの役員たちに2002年ワールドカップは日本でやるべきだという思いを強くさせたのは、日本サッカー協会の誠実な大会運営能力とともに、国立競技場の世界最高レベルのピッチだった。そのピッチが、現競技場最後の日本代表戦で、「ザックジャパン」のスピードに乗ったパスサッカーを可能にしてくれた。それが25分間だけだったとしても……。

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