熟年離婚、その前に 年金分割の取り分を知ろう
「60歳を過ぎたら仕事もなかなか見つからない。月々6万円ほどでも、これからの生活を考えれば本当に大きなお金です」。首都圏在住の主婦、山口由美子さん(仮名、61)は昨年、夫と離婚し年金を分割した。会社員の夫が受け取っていた厚生年金のうち月額で約6万円が分割され、山口さんの年金に上乗せされた。
夫婦の話し合いで「おれの給料から保険料を納めたのだから、おまえに50%もやれるものか」と夫は強硬だったが、山口さんが「50%は妻の当然の権利なのよ。あなたもよく調べてみて」と突っぱねると、しばらくして折れてきた。
「3号」は合意不要
司法統計によると、年金分割に関する家裁の審判は2012年度に1650件あり、うち1636件は制度上の上限である「50%」という決定だった。妻に不貞行為などがあっても家裁の判断には影響しない。「年金分割の制度そのものの立法目的は社会保障であり、個別事情も考慮する財産分与とは考え方が異なる」(小川俊太郎弁護士)からだ。審判になればよほどの事情がない限り、妻が50%を受け取る可能性が高い。
08年4月に始まった年金の「3号分割」は夫の合意は不要。サラリーマンや公務員の妻で国民年金の「第3号被保険者」であれば、同月以降の結婚期間については自動的に一律50%の権利が認められる。第3号だった山口さんは、それ以前の結婚期間の年金について夫と話し合って50%で「合意分割」をしたわけだ。

経済的な不安で離婚をためらっている妻にとっては心強い制度だが、分割される年金はサラリーマンの厚生年金、公務員などの共済年金のうち収入に応じて保険料を納める「報酬比例部分」だけ。「夫の受け取る年金全体の50%をもらえると誤解している人も多い」(中里妃沙子弁護士)ので気を付けたい。
夫が自営業ならそもそも分割する年金がないし、夫が厚生年金に上乗せして受け取る「厚生年金基金」も対象にならない。共働き夫婦の場合、それぞれの報酬比例部分を「足して2で割る」という考え方に基づいて多い方から少ない方に分割するため、妻が夫よりも稼いでいれば妻の年金はむしろ減ってしまう。3号分割の権利は専業主夫など第3号の夫にもある。
「定期便」から試算
実際にどのくらいの年金が分割されているのだろうか。厚生労働省によると、12年度に離婚相手から厚生年金を分割してもらった人のうち、すでに年金を受け取っている人は平均して月額で約3万1000円が上乗せされた。ただし、年金を受け取れる年齢になっていない人は、これより少ないとみられる。

もし自分が離婚したらサラリーマンの夫からどのくらいの年金を分割してもらえるのか。50歳以上かつ自分の年金加入期間が25年以上の妻は日本年金機構の年金事務所に申請して試算してもらえる。離婚前であれば、夫に知られずにこの手続きができる。
ところが、50歳未満の人に対しては対応が限られる。開示されるのは結婚期間の夫婦それぞれの「標準報酬総額」だけで、それが月々いくらの年金になるのか分からない。事務所の相談窓口で試算を断られ、社会保険労務士に専門的な計算を依頼すると数万円の費用がかかることが多い。
おおまかな目安であれば、夫の誕生月に同機構から郵送される「ねんきん定期便」で試算できる。結婚以来ずっと第3号だった妻なら、まず夫が会社勤めで厚生年金の保険料を納めてきた年数のうち自分との結婚年数がどれだけあるかの割合を出す。定期便から報酬比例部分に当たる金額を見つけてその割合を掛け、さらに半分にすれば、およその自分の取り分になる。

結婚期間の年金の50%は妻にとって守られた権利といえるが、離婚協議の実務では、あえて分割しないこともある。「夫が年金に固執するなら分割はせず、その分、妻への財産分与などを増やすよう交渉できる」(広瀬めぐみ弁護士)という。「本当にもらえるのだろうか」という不安がある将来の年金よりも目の前のお金を取りたい妻には選択肢の一つになる。
07年に始まった年金分割は離婚する妻にとって老後の支えになる制度だが、これによって離婚は増えただろうか。実は「熟年離婚が急増する」との07年当時の予想に反して、その後の離婚率はさほど上がらなかった。年金分割だけでゆとりある老後生活を描ける妻は少ないという現実も肝に銘じておきたい。(表悟志)
[日本経済新聞朝刊2014年2月19日付]