リンクス旅に出かけよう 英国の異境ウェールズ 息をのむ絶景めでプレー
ゴルフ作家 山口信吾
■独特なつづりの言語、人口の2割が使用

ロンドン・ヒースロー空港を経由して、夕刻、マンチェスターに到着。この日は、産業革命発祥の地、マンチェスターを一目見るために中心街に一夜の宿をとりました。街のいたるところに立ち並ぶ赤レンガ造りの大きな建物は、かつてマンチェスターが「世界の工場」として栄光の頂点にあったことの証しです。赤茶色の街を歩いていると感慨深いものがありました。
翌朝、ウェールズに向かいます。高速道路M56を50分ほど走ればイングランドとウェールズの「国境」に至ります。「ウェールズへようこそ」と英語とウェールズ語で記され、赤い竜(ウェールズの象徴)が添えられた看板があるので、国境を越えたとわかります。
ウェールズに入ると、道路標識は、すべて英語とウェールズ語で併記されています。ウェールズ語は英語と並んで公用語なのです。ウェールズ語のつづりは独特でとても発音できません。

紀元前にヨーロッパ大陸から渡ってきてグレートブリテン島南部に定住していたケルト系の人々は、5世紀に侵入してきたアングロサクソン人によって、西へ西へと追いやられ、行きついた先のひとつがウェールズです。
イングランドによって13世紀に征服され、16世紀には併合されたにもかかわらず、独立心が強く独自の文化と伝統を守り続けているウェールズは、「イギリスの中の異国」と呼ばれます。ウェールズ語を話す人々の割合は全人口約300万人の20%にも及び、北部や中部ではウェールズ語が日常的に話されています。
山間の村、ランベリスに向かって山道を上ります。この村には、ウェールズの最高峰、スノードン山(標高1085メートル)の山頂に至る1896年に開通した登山鉄道の山麓駅があります。小さな蒸気機関車が1両編成の客車を押しながら、標高差957メートルを1時間かけてゆっくりと上るのです。
残念ながら深い霧に包まれて眺望は期待できないようなので乗車を諦め、この風光明媚(めいび)な湖畔の村でゆっくりして、しばし下界のことを忘れました。
■山と海と城を一望、起伏に富むコース

この日の目的地、ハーレックへ向かって、広大なスノードニア国立公園を抜けて、山道を走り続けます。険しい山々、優美な湖、清らかな川や滝が次から次へと現れます。多彩な自然美をめでながら、崖に沿ってくねくねと曲がる山道をのんびりと下りました。
やがて遠くに街が見え、その向こうに海が広がっています。ハーレックに近づくと、海沿いに起伏に富んだ雄大な砂丘地帯が見えてきました。「ロイヤル・セントデービッズ(Royal St David's)」に違いありません。明日はあそこでプレーするのだと思うと胸が高鳴ります。
目を転じると、左手の切り立った崖の上には、威風堂々としたハーレック城が見えます。13世紀に、イングランド王エドワード1世がウェールズを平定するために各地に築いた城のひとつです。

翌朝、かなりの雨が降る中、コースに出ました。途中で雨がやんで雲間から太陽の光がさしてきます。コースのどこにいても、はるか北に霊峰スノードン山が見え、断崖の上にそびえ立つハーレック城が目に入ります。
雄大な景色を楽しんでいるわけにはいきません。起伏に富んだホールが砂丘をぬって次から次へと現れるのです。フェアウエーは大きくうねり、ラフは長く茂り、バンカーは深く、グリーンは固く締まっていて速い。大いなる挑戦が続きます。
16番の少し高いところにあるティーグラウンドに上がると、目前に海が広がり、どこまでも続く砂浜に波が打ち寄せています。写真を撮っていると、一組の若い女子プレーヤーが追いついてきました。追い越してもらうことにして、ティーグラウンドの隅から様子を見ていると、ほれぼれするスイングです。
付き添っているコーチによれば、ウェールズの代表選手たちが、2カ月後に、ここで開かれるイングランド、スコットランド、アイルランドとの「4カ国対抗戦」に備えて練習しているのです。前年の覇者はアイルランドだそうです。「今年は負けられない」と気合が入っています。
さあ、気を引き締めてティーショット。海を背にして波の音を聞きながら、ハーレック城に向かってドライバーを振り抜いた。乾坤一擲(けんこんいってき)のショット。白球はフェアウエーをどこまでも転がっていきます。気持ちイイ!
■1日で2コースはしご、疲労困憊なんのその

ラウンドの後、ハーレックから海に沿って1時間半ほど南へ走ると、山が海に迫った地に雄大な砂丘が見えてきました。お目当ての「アバダビー(Aberdovey)」です。コースと道路の間には鉄道が走っています。
コース近くの山腹にあるB&Bに直行。時刻は午後6時を回っています。女主人によれば、夫がゴルフクラブの支配人をしているとのことです。「9ホールだけでもプレーしたい」と言うと、すぐに連絡を取ってくれました。プロショップは閉まっているので食堂に来てくれとのことです。
駐車場に車を止め、ゴルフバッグを担いでクラブハウスに向かうと踏切があり、「列車に注意。両側をよく見て」「止まって、見て、聴いて」と英語とウェールズ語で記された2つの看板が立っています。列車が来ていないことを目と耳で確認し、線路をわたってコースに入ります。

クラブハウスの食堂では、競技会の表彰式の真っ最中。支配人に挨拶をしてコースに出ました。コースのあちこちで大きな牛がゆうゆうと草をはんでいます。人間を気にしている様子はありません。おそるおそる横を通りすぎました。
足元をよく見ると牛や羊の落とし物があります。グリーンを取り囲むように、腰の高さで鉄線が張られています。手で持ち上げた鉄線をくぐってグリーンに踏み込みます。
12番から14番まで海に接した素晴らしいホールが続きます。フェアウエーの右手の砂浜には白い波が打ち寄せています。波の音を聞きながら風に吹かれてプレーしていればなんともよい気分です。
人里離れた人口1300人の村が、こんな素晴らしい本格的なリンクスコースを支えていることに感動します。自然のままのリンクスの維持管理には大した費用はかからないのです。放牧されている牛や羊がグリーンキーパーの役割を果たしてくれるうえに、最小限の有機肥料がグリーンに使われているだけなのです。
9ホールだけでもと思っていたのに、結局、18ホールを回り終えました。いかに夏の日は長いとはいえ、辺りは暗闇に包まれています。朝から晩までゴルフ漬けになり、疲労困憊(こんぱい)して、近くの小さな港に面したレストランにたどり着きました。中に入ると、びっくりすることに、夕方、クラブハウスで表彰式をしていた人々がわいわいと楽しそうに騒いでいます。
皆が「ゲームを楽しんだかい」と尋ねてきます。「素晴らしいコースだ。9ホールのつもりが18ホールを回ってしまった」と答えると、座はドッと沸きました。皆、自分たちのコースが自慢なのです。本当に気持ちのよい人々です。夕食で食べた目前の港で揚がった魚介類がおいしかったことにも感激。こんなに長く楽しい一日は初めてです。

翌日、くねくねと曲がる田舎道を上ったり下ったりしながら、延々とテンビーに向かって走ります。この日の行程は約160キロ。山間の村で給油のためにガソリンスタンドに立ち寄り、隣の食料品店に入ると、焼きたてのパンの香りがします。奥でパンを焼いているようです。
粗びきの粉で作った大ぶりのパンを選んで、トマトとレタスとハムを挟んでもらいました。そして、昔懐かしい無印のビンに入った、近所の牧場から直送された搾りたての牛乳も買いました。車に戻って食べた、この素朴な昼食のおいしさは今も忘れられません。
■天空のリンクスで白熱のマッチプレー
「テンビー(Tenby)」は、鉄道と海に挟まれた起伏に富んだ砂丘地帯にあり、3キロ余にわたって続く美しい砂浜に面しています。
テンビーはなんとも手ごわいコースです。砂丘を越えて見えないフェアウエーやグリーンを狙うブラインドショットが続くうえに、フェアウエーは蛇行し、グリーンは固くて速く、ゴース(ハリエニシダ)が生い茂り、ポットバンカーが点在するのです。ここで一度でもプレーすれば、ゴルフで肝心なのは、コースに惑わされずに真っすぐ打つことだと心底悟ります。

テンビーは、海に面した丘の上にある中世の面影を残す歴史的な街です。ウェールズに侵入したイングランドが13世紀に築いた厚い城壁の一部が残っています。ラウンドの後で、旧市街の狭い石畳の道に並ぶおしゃれな店をのぞきながらそぞろ歩いて楽しい時間をすごしました。
19世紀の初めに、テンビーは美しい海浜リゾートとして大いにもてはやされました。イングランドから多くの富裕層を集めて、「ウェールズの向こうの小さなイングランド」とさえ呼ばれたのです。今も夏になれば多くの行楽客を集めています。
「ペナード(Pennard)」は、イギリス随一の景勝地であるガウア半島の高台にある「天空のリンクス」です。ペナードでは、ひょんなことから、キャプテンのキース・グウィン氏とラウンドする機会を得ました。メンバーから選ばれたキャプテンは、1年間、クラブ運営の最高責任者となります。名誉ある立場で責任も重いのです。クラブハウスを建て替え中で、資金調達が大変だったそうです。
2つのホールで1打のハンディキャップストロークをもらって、マッチプレーをすることになりました。ラウンドをしながら、キャプテンがコースの特徴やクラブの歴史を語ってくれます。高台にあるコースのどこからも美しい海が見えます。しかし、ゲームは白熱化し景色を楽しんでいる余裕がなくなってきました。

この日の調子は上々。キャプテンが「アーメンコーナー」と呼ぶ11、12、13番をなんとかしのいで2アップ。15番をとられて1アップ。18番もとられて、結局、オールスクエア(引き分け)で決着しました。互いの健闘をたたえて熱い握手を交わします。素晴らしいゲームでした。
ゴルフのルールは万国共通。エチケットとルールをわきまえ、ある程度の腕前があり、少し英語ができれば、地元ゴルファーと対戦して親しくなれるのです。
ゴルフは自分一人でも大いに楽しめます。ゴルフは、コースを舞台に自分自身と戦うゲームだからです。それでも、対戦相手がいればゲームの楽しさは倍増します。ゴルファーになってよかった、真剣にゴルフに取り組んできてよかったとしみじみ思いました。
■未体験のうねる超高速グリーンを堪能

「パイル&ケンフィグ(Pyle&Kenfig)」は、ブリストル水道を見下ろす高台にあります。1922年に開場した前半の9ホールと、4年後に追加された後半の9ホールの間を公道が貫いています。
前半は平たんなホールが続きます。思ったよりたやすいコースだと思いながら、公道をわたって10番のティーグラウンドに立つと、景色が一変します。起伏に富んだ砂丘が姿を見せるのです。フェアウエーの両側にはびっしりとゴースが生い茂っています。11番からは、雄大な砂丘をぬって、次々と変化に富んだ素晴らしいホールが現れます。
高台にある13番のティーグラウンドに立つと、眼下にブリストル水道が広がり、砂丘が連なっています。雄大な眺めを味わっている余裕はありません。右に直角に曲がるドッグレッグの難ホールなのです。
なんとかティーショットをフェアウエーに運び、第2打地点に行くと、視界が開けて眼下に砂丘に囲まれたグリーンが目に入り、その背後には、海に突き出したガウア半島が見えます。絶景に息をのみます。気を取り直して、沖合に浮かぶ白いヨットを狙って第2打を放った。白球は高く飛翔(ひしょう)して谷間のグリーンに向かう。うれしい!
最後に訪れたのは、『プジョー・ゴルフガイド』が最高点の19点を与えている数少ないコースのひとつ、「ロイヤル・ポースコール(Royal Porthcawl)」です。

2000年に初めてロイヤル・ポースコールを訪れたときのことです。どんな立派なコースかと期待しながら行ってみると、海際に質素な平屋のクラブハウスがぽつんと建っています。ここが本当に全英オープンの開催地になってもおかしくないと評されているコースか、と怪しんだくらいです(その後、クラブハウスは建て替えられました)。
ところが、コースに出ると印象が一変します。海に面した広大な砂丘に広がる最上質のリンクスコースです。フェアウエーやグリーンが固く締まっているのはもちろん、芝が生き生きとしているので、なんとも気持ちがよいのです。グリーンは、これまで経験したことがないほどの超高速。しかも、勾配があるうえにうねっています。

1番から3番まで海際を進みます。砂浜はOBなので引っかけるのはご法度。4番から内陸に向かい、少しずつ高台に向かって上ります。4番グリーンでフェアウエーを振り返れば、ブリストル水道を行き交う船やヨットが見えます。絶景をめでる余裕はありません。偉大なコースへの挑戦は始まったばかりなのです。
丘に向かって打ち上げる12番のティーグラウンドに立つと、目前は一面のゴース。見渡す限りのゴースの茂みを越えて、遠くの目標竿(さお)を頼りに、見えないフェアウエーを狙うのです。
鋭い針に覆われたゴースに打ち込めば、ボール探しは不可能。ゴースを越えるまで何度でも打ち直すしかありません。緊張が走ります。勇気を奮ってドライバーを振ると、白球は難なくゴースの茂みを越えた。うれしい!
固く締まったうねる高速グリーン、100カ所もの深いバンカー、長く伸びたラフ、各所に生い茂るゴースやヒースに手を焼き、6つのダブルボギー、3つのトリプルボギーをたたいて、打ちのめされた。それでも、5つのパーを拾って大満足。失ったボールも2つだけ。風格あるチャンピオンコースを堪能しました。

ロイヤル・ポースコールは、1951年以来、6度にわたって全英アマチュア選手権の舞台となり、1995年には、ヨーロッパツアーとアメリカツアーの代表選手による対抗戦「ライダーカップ」の舞台となりました。2014年7月には、全英シニアオープンの開催地となります。メジャー選手権がウェールズで開催されるのは初めてのことです。
ポースコールからロンドンまでは約280キロ。片側3車線の快適な高速道路を経由して3時間足らずの道のりです。イングランドから見れば、南北に走るカンブリアン山脈の向こう側にあるウェールズは、ずいぶん遠いところにあるように感じます。しかし、ウェールズは思いのほか近いのです。
ウェールズを訪ねると、「リンクス旅は僻地(へきち)に限る」という思いを新たにします。美しい大自然、歴史探訪、純朴で心やさしい人々、そして、雄大なコースの数々――。いやあ、ウェールズは素晴らしい! また来よう、絶景の地へ。
(次回は3月下旬掲載予定。毎月1回、掲載します)