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スギと花粉と日本人

写真は語る

花粉症の季節がやってきた。この「国民病」の原因として、いつの間にか悪者扱いされてきたスギの木。実は昔から日本人と深い関わりを持ち、大切に植林、管理されてきた日本固有の植物であることは意外と知られていない。花粉症対策やスギ材再興への取り組みなどスギの今昔を追った。

スギ。学名クリプトメリア・ジャポニカは「隠された日本の財産」を意味する。1種1属の常緑の針葉樹で、日本にのみ生育する固有種だ。環境に適応する力が高く、病害に強い上に成長スピードも速く、二酸化炭素(CO2)の吸収量も大きいという優れた特徴をもつ。

スギの歴史をひもとけば、弥生時代には水田の矢板として利用され、室町時代には本格的な植林が始まった。軽量で加工しやすく、湿度を一定に保つ力を持ち、香り豊かで木目が美しいゆえに日本人の美意識を刺激してきた。太平洋戦争時には軍需目的で大量に伐採され、その後は復興を目的に全国で大量に植林されてきた。

現在では日本の国土の約12%、約448万ヘクタールをスギの人工林が占めており、人の手で植えられ、管理、維持されてきた姿は、日本の風土を形づくってきたイネとも重なる。

スギに大きな転機が訪れたのは1964年の木材輸入の貿易自由化の時で、価格の安い海外産木材に取って代わられ、9割あった木材の自給率は7割以上を輸入に頼るまでとなった。伐採、植林がされないまま放置されたスギは大量の花粉をまき散らす存在となり、日光が差し込まなくなった土壌はやせ細り、土砂災害を誘発させたといわれる。

スギが大量に植林され、放置された結果、深刻になったのが花粉症だ。元来、無害であるスギ花粉がアレルギー症状を引き起こすのは、花粉に含まれる「アレルゲン」というたんぱく質に原因がある。アレルゲンが一定量を超えて鼻などの粘膜に浸透すると、ウイルスなどから身を守るために体内に備わっている免疫細胞が外敵と勘違いして、くしゃみや涙で体外に押し出そうとするからだ。

平成に入り患者数は急増し、今では国民の4分の1、約2500万人にまでなった。舗装された道路が土に戻るはずの花粉を再び風に乗せて舞い上がらせ、排ガスなどで汚れた空気が症状を一層誘発させたりと様々な要因が深刻化に拍車をかけている。食生活の欧米化、ストレスの多い生活などの影響も大きく、英製薬大手グラクソ・スミスクライン日本法人では、1人当たりの生産性の損失を1日6千円と試算する。

低年齢化も進み、もはや「国民病」となった花粉症だが、自治体や企業、医療機関もただ手をこまぬいているわけではない。

富山県は補助金を出して無花粉スギの植林の普及に努めており、東京都は花粉量の少ない品種への植え替えを進めている。茨城県日立市の森林総合研究所では遺伝子組み換え技術を使い、日本各地の地域特性に合わせた無花粉スギの生産を目指している。

花粉症治療の新たな取り組みも進む。「舌下免疫療法」という舌の下に薬液を垂らす新しい治療法が、間もなく健康保険の適用対象となる予定だ。アレルギーの原因物質、アレルゲンを注射で体内に取り込んでいた従来の治療法から針を不要にし、副作用の発症を少なくした。8割以上の患者に効果がみられたという(厚生労働省調査より)。

様々な対策商品があふれる花粉ビジネスだが、マスクの生産現場も活況を呈する。この10年間でマスク市場全体の売り上げは約5倍に伸びた。ユニ・チャームは、医療機関向けマスクだったものに改良を加え商品化したところ、一気に売り上げを伸ばした。フィルター性能と通気性の両立、着け心地など各メーカーは商品開発にしのぎを削る。

計画的な伐採や他の樹木への植え替えが進めば、2050年ごろから花粉の飛散量はなだらかな下降線を描くとみられている。日本医科大学の大久保公裕教授は「100年後にスギ花粉症はなくなっているだろう」と話す。

有り余るスギを資源として見直す動きが広がっている。

集成材大手の銘建工業(岡山県真庭市)はスギ板材を繊維の方向に垂直に重ね合わせる「クロス・ラミネーテッド・ティンバー(CLT)」という新たな集成材の生産を開始した。柔らかなスギの特徴を残しつつ強度を高め、木材では難しかった10階建て前後の高層建築の構造材としての使用も考えている。阪神大震災級の地震波にも耐えられるといい、建築基準法の認証取得を目指し実証実験が続く。

海外へ販路を見いだす動きも活発だ。木材の需要が旺盛なアジア市場へ向け、宮崎県は積極的に輸出を行っており、昨年10月の出荷量は前年同月比で倍増したという。

住友林業は適切な時期に伐採と植林をし、山林を健全な状態に保ちながら良質な材木を持続的に供給している。林業再興を旗印に2012年5月、宮崎県日向市に国内最大級のスギの苗木生産施設を開設した。日本木材総合情報センターの武田八郎氏は「スギは重要な資源として新たな需要開発期に入った」と語る。

3月上旬の花粉の飛散ピークが間もなくやってくる。「悪者」扱いされてきたスギについて考えてみるいい機会かもしれない。

写真部 瀬口蔵弘、湯沢華織

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