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安倍首相が食べた北京ダック 北京ダイアリー(2020年8月)

中国総局長 高橋哲史

安倍首相が食べた北京ダック(8月31日)

安倍晋三首相の写真は、まだその店に飾ってあった。北京ダックの専門店として知られる大董●鴨店(●は火へんに考)だ。

2014年11月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議に出席するために訪中した安倍氏は、北京の中心部にあるこの店で昭恵夫人らとともに夕食を取った。店員がこっそり撮影したのだろうか。少しピントが外れたその写真は中国のSNS(交流サイト)上に出回り、ちょっとした話題になった。

写真の中で、安倍氏は料理人が北京ダックを切るようすをじっと見つめている。尖閣諸島の国有化や安倍氏の靖国神社参拝をめぐり、日中関係がまだ険悪だったころだ。「料理人さん、いっそのことそばにいる彼も切って、民族の恨みを晴らしたら?」。当時の報道によると、そんな書き込みをする口の悪いネット民もいた。

大董で食事をした翌日、安倍氏は習近平(シー・ジンピン)国家主席と初めての首脳会談に臨んだ。この時は、少しも笑わずに握手する二人の写真が話題になった。いま振り返れば、日中関係の悪化が底を打った瞬間だったかもしれない。

その後、日中は少しずつ関係改善の道を歩む。今年4月に予定していた習氏の訪日は、両国関係を新たな高みに引き上げる大きな節目となるはずだった。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大であえなく延期となり、新たな日程調整は宙に浮いたままだ。中国が香港国家安全維持法や南シナ海で強硬姿勢を崩さず、日本国民の対中感情は悪化の一途をたどる。自民党内では習氏訪日の中止を求める声も強まる。

そんなさなかの8月28日に安倍氏が突然、辞任を表明した。中国でも驚きと困惑が広がる。次期首相の出方によっては、日中関係が再び下り坂に入りかねないからだ。

「中国人の多くは安倍氏を好きではない」。辞任表明の翌29日、愛国主義的な論調で知られる中国共産党系の環球時報は社説でこう指摘した。

社説は「でも」と続く。「米国が対中包囲網を築くなか、われわれは日本を(味方として)奪い取らなければならない」。それはトランプ米政権との戦いに手を焼く習指導部の本音だろう。

安倍氏が18年10月に再び訪中したとき、同行した昭恵夫人は1人で大董を訪れた。

先週の土曜日にその店に行き、昭恵夫人が来たときのようすを店員の女性に尋ねてみた。「彼女は2階の個室で食事をしたそうです。でも、私はそのときいなかったので詳しくは知りません」。そんな答えが返ってきた。

ついでに「安倍首相の辞任は知っているか」と聞いてみたが「ニュースで見ました」とだけで意外に素っ気ない。「ポスト安倍」の日中関係はどこに向かうのか。先行きはまだ混沌としている。

緊迫の米中、「戦時防空」の不気味(8月28日)

北京のまちなかで奇妙な看板を見かけた。

タイトルは「人民防空の使命と任務」。いきなり「戦時防空」という項目から始まり「国防の必要に基づき、群衆を動員・組織して防護措置を取り、空襲の被害を軽減する」とある。なにやら穏やかでない。

SNS(交流サイト)上には別の看板の写真も出回る。「空襲後、いかにして心の平静を取り戻すか」。空から敵の攻撃を受けた後、心理的なダメージを小さくするための方法が記されている。まるで戦争前夜だ。

中国には「人民防空弁公室」という役所がある。朝鮮戦争のさなか、1950年11月に発足した。「敵」の空襲に備えた物資の調達や宣伝活動を主な任務とし、現在に至る。

看板は北京の人民防空弁公室が設置したものとみられ、以前からあったのかもしれない。しかし、南シナ海をめぐって米中の軍事的な緊張がかつてないほど高まっているときだ。ネット上では「やはり米国との開戦は近いのか」といった不安の声が上がる。

中国人民解放軍は26日、中国本土から南シナ海に向けて中距離弾道ミサイル4発を発射した。前日の25日、解放軍が実弾演習のために設定した飛行禁止区域に、米軍のU2偵察機が進入したことへの警告だろう。

解放軍にとって、U2は因縁の偵察機だ。1960年代に米国が台湾に供与し、国民党軍の偵察機としてしばしば中国大陸に飛来した。解放軍は1967年までにそのうちの5機を撃墜し、機体の残骸は「偉大な戦果」として北京の革命軍事博物館に展示されている。

そのU2が中国大陸に再び飛んできた。トランプ米政権とこれ以上ことを荒立てたくない習近平(シー・ジンピン)指導部も、黙っていられなかったのだろう。中距離弾道ミサイルの発射は、米国に一歩も譲るつもりはないというメッセージだ。

北京市の人民防空弁公室の公式サイトでは、実際の空襲警報を聞ける。ウォーンと鳴り響くサイレンの音はなんとも不気味で、聞いていて不安な気持ちになる。

為政者にとって、危機の到来は必ずしも悪い話ではない。指導力を発揮する絶好の機会であり、求心力を高めやすいからだ。

もしかすると、習指導部は「戦時」の空気をあえてつくり出し、人びとの危機意識をあおっているのではないか。「戦時防空」と書かれた看板の目撃情報が増えるにつれ、そんな見方が当たらずとも遠からずのような気がしてきた。

生誕116年、鄧小平氏が残した言葉(8月24日)

8月22日は、中国を改革開放に導いた鄧小平氏の生誕116年だった。1997年2月に92歳で亡くなって23年。米国との関係を何よりも大切にした鄧氏の時代は、すでに過去のものとなりつつある。

天気が良かったので、思い立って鄧氏がかつて暮らした場所を訪ねてみた。皇帝の住まいだった故宮の北側にある景山公園のすぐそばだ。胡同(フートン)と呼ばれる古い街並みの入り組んだ路地をしばらく歩くと、それらしき邸宅の門が見えてきた。

中のようすはほとんどわからない。門の前で健康器具を使って運動をしていた老人に「ここは鄧小平さんの家ですか」と尋ねると「そうだ」との答えが返ってきた。

近所に住むこの老人は、1980年代に鄧氏が家から歩いて出てくる場面に何度か出くわした。「彼はとっくに大指導者になっていたから、われわれ庶民が話しかけることはもうできんかったよ。大勢の警護に囲まれておったしな」。90歳をすぎたという老人は、笑いながらそう教えてくれた。

鄧氏がこの場所に住むようになったのは1970年代の後半からだ。亡くなるまでの20年間、ずっとここで暮らした。文化大革命で荒廃した経済をどう立て直すか。そして、中国に有利な国際環境をどう築くか。胡同の喧騒(けんそう)から遮断された空間で、構想を練ったにちがいない。

鄧氏は米国との関係をとりわけ重視した。中国が世界貿易機関(WTO)に加盟する際の首席交渉代表だった龍永図氏が、最近の文書で興味深いエピソードを紹介している。

鄧氏は1978年12月の第11期中央委員会第3回全体会議(11期3中全会)で改革開放への転換を決めると、翌月すぐに米国を訪問した。「どうしてそんなに急いで米国に行くんですか」と尋ねた人に、次のように答えたという。

「私は長年にわたって世界を観察し、一つの結論に達した。米国との関係が良い国はすべて豊かになっている」

中国が豊かになるには、米国の仲間になるしかない。改革開放に踏み出すにあたって、鄧氏はそう決意したのだろう。

89年6月の天安門事件を受けて西側諸国が対中包囲網を築いたとき、鄧氏が打ち出した外交方針はあまりにも有名だ。

「韜光養晦(能力を隠して力を蓄える)」。米国をはじめとする西側諸国と戦わず、経済建設にまい進せよ、という意味だ。鄧氏の教えを忠実に守った中国は高速成長の軌道に乗り、2010年に国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界2位に躍り出た。

もはや米国に遠慮する必要はない、と考えたのだろうか。12年秋に最高指導者となった習近平(シー・ジンピン)国家主席は「韜光養晦」から離れ、強国路線に突き進んだ。結果として、米国との対立は後戻りできないところまで激しくなった。

鄧氏だったら今、どんな判断を下すだろうか。小柄な鄧氏が門から出てくる姿を想像しながら、その場を後にした。

中国襲う大水害、習氏と李氏の視察(8月21日)

20日午後、深刻な洪水被害に見舞われた重慶市の郊外にある潼南区の小さな村に、李克強(リー・クォーチャン)首相の姿があった。李氏はその日の午前に北京から重慶に飛び、空港から列車と車を乗り継いで現地入りした。

「習近平(シー・ジンピン)総書記が出した重要指示の精神にのっとり、人民の生命と財産を守らなければならない」。中国政府の公式サイトによると、李氏は村の幹部らにこうハッパをかけた。

8000人の村人は全員が被災したという。李氏は泥に覆われた道を歩いて進み、村人たちを励まして回った。長靴を履いていたが、ズボンは泥だらけだ。首相がわざわざこんな場所まで足を運んでくれたというだけで、村人たちは力づけられたにちがいない。

ちょうど同じころ、習氏は重慶から東におよそ1000キロメートル離れた安徽省にいた。やはり豪雨の被災地を視察するためだ。18日に安徽省入りし、救助活動中に亡くなった消防隊員の遺族や被災者らを慰問した。「中華民族は自然災害と何千年も戦ってきた。積み重ねてきた貴重な経験で、我々はこれからも戦い続ける」。習氏はこう訴えた。

安徽省は李氏のふるさとだ。一方、李氏が視察した重慶市のトップは、習氏の懐刀として知られる陳敏爾氏が務める。しばしば不仲説が流れる習氏と李氏が、それぞれ相手とゆかりのある場所を訪れたのは興味深い。

そもそも中国共産党の序列1位、2位の両氏がともに北京を離れて国内を視察するのはめったにない。2人が手分けして被災地を回らなければならないほど、6月から続く豪雨の被害は深刻なのか。長江中流の三峡ダムは22日にも水位がピークの165メートルに達する見通しだ。放水量を増やせば、安徽省など下流域の被害がさらに拡大するのは避けられない。

20日の北京は久しぶりに晴れた。気温が20度前後まで下がり、空気が肌に心地よい。天安門広場やその南に広がる前門の繁華街は、多くの人でにぎわっていた。新型コロナウイルスの感染が拡大した1月下旬以降で、これほどたくさんの人を見かけたのは初めてかもしれない。

中国共産党の最高指導部メンバーらが執務室を構える中南海の入り口、新華門の前を車で通った。

門の中に建国の父、毛沢東の筆による「為人民服務(人民に奉仕する)」の字が見える。いま、習氏と李氏はここにいない。米国との戦いが激しさを増すなか、中国共産党にとって国内最大の敵は新型コロナから水害に変わった。

トランプ氏はなぜ中国でつぶやけたか(8月7日)

いまも語り草になっている。トランプ米大統領は2017年11月の訪中時も、ツイッターへの書き込みを続けた。

「習近平(シー・ジンピン)国家主席と彭麗媛夫人へ、故宮での忘れられない午後をありがとう」。

トランプ氏はメラニア夫人とともに、かつて皇帝の住まいだった故宮博物院(紫禁城)を見学した。習氏夫妻の案内で貸し切り状態の故宮を見て回り、よほど満足したのだろう。その日の夜、さっそく得意のツイッターで習氏夫妻に謝意を伝えた。北京に来てから初めての投稿だった。

トランプ氏が訪中時にツイッターに新たな書き込みをするかどうかは、大きな関心を集めていた。インターネットに厳しい規制を敷く中国では、ツイッターをはじめとする海外のSNS(交流サイト)を利用できない。なのに、トランプ氏はどうやって投稿したのか。「専用回線を使ったにちがいない」「いや、当局がトランプ氏のために特別に規制を緩めたのだろう」。さまざまな臆測が飛び交った。

米中関係がまだ比較的良かったころの話である。それを思い出したのは、トランプ米大統領が6日、中国の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」と対話アプリの「微信(ウィーチャット)」にかかわる取引を45日後に禁じる大統領に署名したからだ。

トランプ米政権はティックトックを運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)やウィーチャットを手がける騰訊控股(テンセント)だけでなく、アリババ集団や百度(バイドゥ)にも圧力を強める。「安全保障上の脅威になる」として、米国の通信事業分野から中国企業を締め出す構えだ。

中国でツイッターを使えないように、米国で中国を代表するSNSであるウィーチャットを利用できなくなる日が来るかもしれない。通信分野の断絶は、米中のデカップリングを一段と進める。

習氏夫妻がトランプ氏夫妻を接待した故宮博物院は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて1月25日から4月末まで休館した。5月1日に再開した当初は5000人に絞っていた1日当たりの入場者数を、1万2000人まで引き上げたのは7月28日だ。チケットが取りやすくなったので、さっそく週末に行ってみた。

トランプ氏夫妻と習氏夫妻が一緒に歩いたルートをたどってみる。最後に訪れたのは、両夫妻が京劇を見た暢音閣だ。

3年前のあの日、トランプ氏がツイッターを使えるようにネット規制は緩められたのだろうか。もしやと思い、スマホでツイッターを開いてみたが、やはりつながらなかった。

習氏の盟友が口にした「鎖国経済」(8月3日)

中国共産党が7月30日に開いた政治局会議のコミュニケに「国内大循環」という耳慣れない言葉が盛り込まれた。国内を主軸とした新たな発展方式の確立をめざすという。いったい何を意味するのか。様々な臆測が飛び交う。

この言葉が初めて話題になったのは、劉鶴(リュウ・ハァ)副首相が6月半ばの経済フォーラムで言及したときだ。「国内循環を主体とし、国際と国内の二重循環を相互に促進して新たな発展の枠組みを形成する」。

いちど聞いただけでは何を言っているのかわからない。しかし、話の文脈から多くの人が「国内市場だけでも回る経済の構築を急げ」という意味に受け取った。

トランプ米政権が中国との対決姿勢を強めるなか、米中のデカップリング(分断)は現実味を増す。中国は世界から切り離されても十分にやっていける自給自足の「鎖国経済」を築かなければならない――。劉氏はそう言いたかったのではないか。うわさはすぐに広がった。

劉氏の発言が注目を集めるのは、習近平(シー・ジンピン)国家主席との特別な関係があるからだ。ふたりが知り合ったのは10代のころとされる。劉氏が通った「北京101中」は、習氏が在籍した「北京市八一学校」からそれほど離れていない。どちらも軍や党幹部の子弟が多く通う名門校として交流があり、習氏はひとつ年上の劉氏と親しくなったようだ。

劉氏が1979年に中国人民大学に入ってからの「秀才ぶり」を示すエピソードにはこと欠かない。早くから米国への留学を希望し、その理由を尋ねた友人に次のように答えたという。「この大学の図書館にある本はすべて読んだ。もうここで学ぶことはない」。1990年代前半には夢がかない、米国に渡ってハーバード大学のケネディスクールなどで研究生活を送った。

30年近くたって、副首相として対米交渉の最前線に立つとは思ってもいなかっただろう。学究肌の劉氏に米国との貿易交渉をまとめられるわけがない、と陰口をたたく人もいた。今年1月にトランプ米政権と「第1段階の合意」に達したときは、習氏と喜びを分かち合ったにちがいない。

しかし、新型コロナウイルスがすべてを変えた。米中の衝突は貿易にとどまらず、民主主義と一党支配の優劣を争う「新冷戦」に突き進む。米国との戦いはさらに激しさを増すという覚悟からか、習氏も「国内大循環」をしばしば口にするようになった。

トランプ米大統領は7月31日、中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)が運営する動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用を禁じる考えを表明した。米中はデカップリングの崖っぷちまで来ている。 

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