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タイム以上に満足 愛媛マラソンで開いた「悟り」

編集委員 吉田誠一

2月9日の愛媛マラソンは3時間25分28秒(ネットタイム)に終わった。自己ベストと比べたら9分も劣っている。だから「に終わった」と書いた。しかし、私は「に終わっちゃった」という残念な気持ちにはなっていない。それどころか、ゴール直後はとてつもなくうれしくなって、実は泣きそうになった。

愛媛マラソンでは沿道からの声援が途切れなかった

きちんと走りきったのは2年ぶり

これほどきちんとフルマラソンを走りきったのはいつ以来だろう。2年前の東京マラソン以来かもしれない。このところ、終盤にだらしなく歩いてしまうことが多くなっていたが、今回は序盤に、ほどけた靴ひもを締め直したとき以外は立ち止まることがなかった。

レースの途中でいつも私の頭の中を占領する「こんなつらいことは2度とやるもんか」という思いが浮かんでくることもなく、レースから逃げ出したいとは1度も思わなかった。「楽に走れた」というのは変かもしれないが、それに近い。

たぶん、無理をしなかったのがよかったのだろう。振り返ってみると、私はこの愛媛マラソンを「無理をしない」というテーマで走り続けたようなものだ。

全国的に記録的な大雪となった大会前日とはうって変わって、9日の松山市はおおむね穏やかな天気になった。午前10時のスタート時の気温は7度。レースが進むにつれ青空が広がった。

勢いに任せず、守った設定ペース

ゴール直後にとてつもなくうれしくなった

まずは余裕を持って5キロを24分10秒(1キロ=4分50秒)のペースで進めようと思っていた。とにかく10キロまでは様子を見る。

愛媛県庁前をスタートして、最初の5キロは24分3秒。次は23分43秒。いつもなら設定ペースを守れず、速すぎるのがわかっているのに「まあ、いいか、勢いに任せてしまおう」となるところだが、この日はうまくコントロールした。

10キロ以降も、5キロごとのラップタイムは23分52秒、23分46秒とイーブン。コースはどちらかといえばタフで、7キロ地点からの約1.5キロで40メートルほど上り続ける。しかも、北上する前半は向かい風が続く。その割に苦しまなかった。それはやはり、無謀なペースで走らなかったからに違いない。

18キロ付近でコースが東に折れ、向かい風ではなくなった。ひどいときにはこのへんで腿(もも)に張りが出始めるものだが、そうならなかったのは調整の段階で疲労が抜けていたからかもしれない。

「無理しても仕方ない」の気持ちに

ゴールを目指して走り続ける大会参加者

大会の2週間前に急なインドネシア出張が入り、実は最終調整のプランは狂っていた。1月26日に出場を予定していた10キロのレースは当然キャンセル。暑いインドネシアではまともに走れなかったため、帰国後の2月1日にレースペースで9キロ、ジョグも合わせて18キロ走った。3日には愛媛のタフなコースを意識して、上り坂のスプリントを入れた。

これで少々、疲労がたまった感じだったので、最後の5日間ではジョグを計15キロ(2日は完全休養)にとどめた。「こんなところで無理をしても仕方がない」という気持ちになれたのがよかった。

大会当日、「今回はのんびりいこう」と思えた訳はもうひとつある。8日は大雪のため、予約していた松山への航空便が欠航になった。午前8時半に羽田空港に着くと、航空便の振り替え、払い戻しを求める客であふれていた。その時点で私は1度、大会への出場をあきらめた。そのまま帰宅しようと思った。

大雪で予定変更、前夜の現地入り

しかし、気持ちを入れ替え、高松への便に振り替え、高松から松山へは鉄道で移動することに決めた。家を出たのが午前7時、移動は1日がかりとなり、午後9時にようやく松山のホテルに到着した。

当初、予約していた航空便の次の便が松山に飛んだというのに、私は高松回り。しかも特急列車が途中で1時間も遅れた。私は当然、いらいらした。腰が痛くなるし、激しいストレスで気分が悪くなった。頭の中は「あーあ」と「まったく、もう」でいっぱいになった。

しかし、そのうち、悟った。いらいらしても状況は変わらない。焦っても仕方がない。この現実を受け入れましょう。そして、思いは「のんびりいこうや」というところに落ち着いた。

さらに、こう考えた。こういうときに、いらいらしてしまうようだから、オレはランナーとして失敗ばかり繰り返しているんじゃないか。こういうときに気持ちをコントロールして、落ち着けるようでないと、いいランナーになれないのではないか。そうだ、あしたは徹底的にのんびりいってみよう。そういうわけで、愛媛マラソンでは自分にブレーキを掛け続けるのだと決意した。

沿道からの熱い声援に応える仮装ランナーら

キーワードは「焦っちゃダメ」

キーワードは「焦っちゃダメ」。付け加えるとするなら「お楽しみは最後に」。様々な意味で、これはいかにも熟年ならではのレース設定ではないか。

こういう姿勢で臨んだから、レース中盤に入っても心身が擦り切れなかった。同走の仮装ランナーに声を掛ける余裕があった。

ゲゲゲの鬼太郎の格好をした若者が大きな一反木綿のフィギュアを背負って走っていた。ゆらゆら揺れる一反木綿があまりに目立つので、沿道の人たちは「頑張れ、一反木綿」と声援を送った。

それって、間違ってるでしょ。だから、そのランナーに言ってあげた。「頑張ってるのは鬼太郎だよなあ」。ポンポンと背中をたたき励ましたが、彼は「もう、かなり、つらいっす」とつぶやいた。

熱い声援、仮装ランナーはつらい

仮装ランナーは老若男女から熱い声援を受ける。沿道の方々を喜ばせ、その分、期待も背負ってしまう。へなへなになってしまうわけにはいかない。たとえばバットマンの格好をしたランナーが座り込むわけにはいかない。それはつらい。

自分の頭の上に、すらりとした首をつけ、白鳥と化した若者も大きな声援を受けていた。しかし、彼も厳しい状況を迎えつつあった。そこにヤジがとんだ。「白鳥! 飛んだほうが速いぞ」。これはかなり、いけてるヤジではないか。

私は大笑いして白鳥の背中もポンポンとたたいた。「ひどいよなあ、飛んだほうが速いって」。白く塗った顔に大粒の汗が浮き上がっている彼はやはり「もうダメです」とつぶやいた。

そんなこともあり、私は松山での42キロを堪能した。どこまで行っても沿道からの応援は途切れず、コース上に不思議なほど温かい空間ができあがっている。ゴール後の食事のサービスなど、おもてなしも最高で、これほどじわーと温かみを感じる大会はなかなかない。

苦しみをほとんど感じなかったのは、大会を包むアットホームなムードのおかげ

大会包むアットホームなムード

苦しみをほとんど感じなかったのは、大会を包むアットホームなムードのおかげでもあったのだろう。20キロからの5キロは23分42秒。このあたりから、できればペースを上げるというプランは実行できなかったが、その後もラップタイムは24分29秒、24分45秒と落ち込みを最低限に抑えた。

35キロからまた1.5キロの間、上りが続く難所があったため、35キロからの5キロは26分4秒に落ちたが、許せる範囲内だ。最後は力を振り絞ってペースを上げ、城山公園のゴールに駆け込んだ。夏以降を今シーズンと考えるなら、3時間25分28秒は今季ベストタイムということになる。

自己ベストから9分も遅いタイムで満足しているようでは甘いと言われるかもしれないが、このレースでマラソンの走り方をつかみかけた気がしている。要は適正ペースで走ればいいのだ。そうすれば、終盤にガタガタになることはない。

「そうか、こうやって走ればいいのか」

ゴール地点からは松山城が見える

もう一つ明らかなのは、いまの私には5キロ=24分あたりが適正ペースということだ。3時間15分、そして3時間10分を狙うには、いまの時点では力が全く足りない。じわじわと力を蓄えていくしかない。

とにかく、私はこの大会(と前日の大雪によるアクシデント)のおかげで大切なことを学んだ。ゴールに向かって走りながら何度も思った。「そうか、マラソンはこうやって走ればいいのか」

焦らず、ゆったりとした心を保って歩を進めれば、いいことがある。10年以上も走っていて、いまごろ気づいたのかと笑われそうだが、すべてにおいてグワーッといってしまう人間なので仕方がない。

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