ブラジルW杯、FIFAが焦る開催準備の大幅遅れ
サッカージャーナリスト 沢田啓明
今年6月に開幕するサッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会で使用予定の12会場のうち、1月末までに完成したのは7会場だけ。ポルトアレグレ、クイアバ、マナウスの各会場は2月中に何とかできあがりそうだが、開幕戦を行うことになっているサンパウロ会場は完成予定が4月末から5月とギリギリの状況だ。極端に遅れているのがクリチバ会場で、2月18日には国際サッカー連盟(FIFA)がW杯会場から除外するかどうかを判断する。

■ブラッター会長、開催国を怒らせてでも…
2002年の日韓大会のとき、日本側の10会場は01年10月までに、また韓国側の10会場も02年2月末までに完成していた。それと比べると、何とも遅い。
ここまで遅れている理由はプロジェクトのずさんさ、工事の非能率、資金不足による遅延などだろう。私自身、ブラジルのことだから02年大会や06年ドイツ大会のようにすんなりいくとは思っていなかったが、ここまでひどいとは予想していなかった。
FIFAのブラッター会長が「私が会長になってからこれほど準備が遅れているW杯はない」「10年南アフリカ大会のときよりも遅い」などと、わざとブラジルを怒らせる発言をして工事を急がせようと躍起となっている。だが、ブラジルのルセフ大統領は「14年大会はW杯の中のW杯になる」と言い返す。これは「史上最高のW杯になる」という意味だが、そのココロは「ブラジルをなめるなよ」。FIFAのいらだち、焦り、不安はほとんど伝わっていないようだ。
■空港の改修など交通システム整備も
スタジアムだけではない。空港の改修など交通システムの整備も大幅に遅れている。
予定された工事の75%が大会に間に合わない見込みで、とりわけリオのアントニオ・カルロス・ジョビン(通称ガレオン)空港とフォルタレザ空港の改修工事が遅れている。大会期間中、利用者は相当な不便を強いられることになりそうだ。
ただ、FIFAとW杯組織委員会にとって最も深刻な問題はデモだろう。
昨年6月のコンフェデレーションズカップ期間中、教育、健康、治安、公共交通機関など公共サービスが劣悪であるにもかかわらず、W杯に莫大な費用をかけてスタジアムを建設していることへの批判が高まり、全土で延べ数十万人規模のデモが発生した。
ただし、このときのデモには「世界の耳目が集まる機会を利用して騒いでみた」という側面があり、W杯開催に真っ向から反対する声は少なかった。コンフェデ杯後にはデモが沈静化していた。
■デモの一部が暴徒化、150人以上逮捕
ところが1月25日、国内13都市で「W杯をぶっつぶせ!」というスローガンを掲げたデモが発生。参加者は合わせて1万人に満たなかったが、一部が暴徒化して150人以上の逮捕者が出た。
デモ隊の主張は基本的にはコンフェデ杯のころと変わらないが、ブラジルに過大な投資を強いてきたFIFAへの反感がより強くなり、ダイレクトにW杯開催反対を主張する声が高まっている。
このような状況はW杯史上前代未聞。FIFA、組織委、開催地のある地方自治体にとって極めて憂慮すべき事態だろう。
ブラジルでは10月に大統領、州知事、国会議員の選挙を予定している。再選を目指すルセフ大統領や開催地の州知事にとっても、「W杯をいかに乗り切るか」が重要な政治課題のひとつとなっている。
デモ参加者の多くは学生で、平和的なデモを志向する者も多い。しかし、「ブラック・ブロック」と呼ばれる黒覆面のアナーキスト集団がデモに加わり、官公庁や銀行、マスメディアなどに無差別な破壊行為を行う。さらに、混乱に乗じて商店などへの略奪行為を働く無法者もいる。
■興味本位で騒動に近づくのは危険
ブラック・ブロックは大会期間中、FIFA関係者や各国選手団への襲撃や空港の閉鎖、スタジアムへの道路封鎖などをもくろんでいるとされる。
国民の多くは破壊行為や略奪行為を容認していないものの、デモ隊の要求自体には理解を示す。
これに対し、ブラジル政府は「連邦警察、軍警察、市警察に加え、国際スポーツ大会の警備を専門とする1万人余りの隊員を投入し、暴力行為を徹底的に取り締まる」と対決姿勢を鮮明にしている。
W杯期間中、各会場とその周辺でデモ隊と警察・警備側が激しく衝突するのはまず間違いない。
サポーターはこの騒動に興味本位で近づくと非常に危険だ。また、デモ隊の一部はマスメディアを敵とみなしているため、メディアにとっては命懸けの取材となる恐れがある。
一方、大会直後に選挙を迎える大統領と州知事は、仮に大会を立派に運営して対外的には評価されたとしても、ブラジル代表が優勝を逃せば、国内的には「大失敗のW杯」とみなされるという現実がある。
■大統領も願う代表優勝の意味合い
ブラジルが優勝するためには、大会をつつがなく運営する必要がある。しかし、それでブラジル代表が優勝を逃したら、それはルセフ大統領らの政治的な敗北を意味しかねない。
大統領はあらゆる意味で、ブラジルの戴冠を願っているはずだ。
サポーターにとっては、別の重大な懸念材料がある。大会期間中の航空運賃とホテル代の高騰だ。
航空業界や観光業界を監督する官庁は「価格が無秩序に高騰しないよう監視する」と言明している。しかし、価格を強制的に押さえ込むのは法的に不可能で、値上がりをどこまで抑制できるかどうかは疑問だ。
となると、サポーターは自ら知恵を絞って対抗するしかない。
■サポーターも情報収集や危機管理を
ブラジルは大陸のように広大な国であり、長距離列車がほとんどない。このため、遠隔地へ行くには飛行機での移動が必要なことが多い。
ただし、南東部のサンパウロ、リオデジャネイロ、ベロオリゾンテは互いに長距離バスで片道6~8時間(夜行バスもある)。日本代表が1次リーグで試合を行うレシフェとナタルも、バスで4時間半程度で移動できる(ナタルから1次リーグ最終戦の会場であるクイアバまでは3500キロ以上の距離があり、飛行機で行くしかない)。
ブラジル人は明るく陽気で、ホスピタリティーにあふれており、極めて親日的で、心の底からフットボールを愛している。無事にさえ進行すれば、過去の大会の中でも指折りの素晴らしい大会となるはずだ。
その一方で、サポーターには安全確保、交通機関と宿をリーズナブルな価格で手配すること、遠距離移動による疲労の蓄積といった障害が立ちはだかる。
W杯ではサポーターも情報収集能力、危機管理・対応能力、体力、忍耐力などをたっぷり試されることになりそうだ。