/

本田圭佑が心の奥底でたぎらせるマグマ

どんな世界にもあるであろう「格」の問題。一つの仕事を取り合う時、相手が大きな会社だと争う前から「無理かな」と思ってしまう。サッカーでもピッチの中にいるのはこちらも相手も11人ずつ、同じ人間同士なのだからひるむことはない、と監督やコーチが口を酸っぱくして諭しても、相手が名門や強豪だと戦う前から気押された状態に選手がなることがある。長年、日本代表も国際舞台でこの問題に悩まされてきた。それを過去のものにできるかもしれない。1月からイタリアのACミランでプレーする本田圭佑を見ていて思うことである。

名門クラブにも気後れせず

本田を見ていると「日本の選手もたくましくなったな」としみじみ思ってしまう。ACミランというイタリア、いや、欧州屈指の名門クラブに飛び込んでも新参者にありがちな気後れした雰囲気がまるでない。トップ下という攻撃の花形ポジションに入った本田がリードするのは前にイタリア代表のバロテリ、左右にブラジル代表のカカ、ロビーニョ、後ろにはイタリア代表のモントリーボ、オランダ代表のデヨングという面々である。攻撃陣の渦の中心に日本人選手が就き、しかもそこにボールがどんどん集まってくる図は痛快この上ない。

そういう光景を見るにつけ6月のワールドカップ(W杯)ブラジル大会が楽しみになってくる。1次リーグでC組の日本はFIFA(国際サッカー連盟)ランキングなら同組中最下位(48位)で、4位コロンビア、12位ギリシャ、17位コートジボワールに対して苦戦が予想されている。果たしてそうだろうか。

プレーするリーグやクラブに着目

私が着目するのはFIFAランキングではなく、普段どんなリーグ、どんなクラブで代表選手たちがプレーしているか、ということ。そこに切り口を変えると日本代表は全く捨てたものではない。

ACミランの本田は先ほど名前を挙げたような世界各国の実力者を引っ張る立場をいきなり任されている。香川真司はイングランド屈指の名門マンチェスター・ユナイテッドに所属し、長友佑都は古豪インテル・ミラノの押しも押されもせぬレギュラーである。長谷部誠、清武弘嗣(ともにニュルンベルク)、岡崎慎司(マインツ)、内田篤人(シャルケ)、細貝萌(ヘルタ)らドイツのブンデスリーガでポジションをがっちりつかんでいる選手もいる。欧州のビッグクラブに複数の選手を送り込む日本の陣容はC組の他のチームより、むしろ充実していると思うのである。

「日本が格上」と思える材料はほかにもある。W杯の出場枠が1998年フランス大会から32チームに広がってから、C組の中で決勝トーナメント進出経験があるのは日本だけである。それも2回(2002年、10年)。ギリシャ、コートジボワールは本大会に出ても1次リーグ敗退を繰り返し、コロンビアは94年米国大会を最後に本大会に出場すらできなかった。こういう国々に日本が引け目を感じる必要があるだろうか。

今の日本代表の良さはメンタルコントロールの上手な選手が多いこと

C組突破に「勘違い」必要ない

実際、ピッチ状態がいいときの日本のサッカーはかなりのクオリティーに達している。ローリングしながら追い越す動きのスピード、タイミングは日本人にしか表現できない多彩さがある。ちなみに、そういう日本サッカーの美質が十分に発揮されるのは10メートル以下のショートパスがテンポ良くつながっているときだ。筋力、蹴り方などの問題があってそれ以上の長さのパスになるとサイドキックではスピードが落ちてしまい、パス交換による揺さぶりが効かなくなってしまう。

「W杯は優勝を狙う」と常々公言する本田は「そのためには"正しい勘違い"が必要」と付け加える。本当にその通りだと思う。W杯で優勝候補に挙げられるブラジルやドイツ、スペインに勝とうと思えば、自分たちを奮い立たせるために、まだまだある種の勘違いが必要かもしれない。が、C組を勝ち抜くのに勘違いは必要ない。普段着のままで戦えればいい。そういうレベルに今の日本代表は間違いなくあると思う。

心のコントロール上手な選手多く

今の日本代表の良さはメンタルコントロールの上手な選手が多いことだ。昨年10月の東欧遠征が2連敗に終わった後、遠藤保仁(G大阪)と話す機会があったが、そのときも彼は「次(11月のベルギー遠征)はやりますよ」と力むでもなく普通に話していた。本当に「ご心配なく」という感じで「さすが、ぶれない男だな」と思ったものである。女性は失恋すると髪を切るというけれど、今の代表選手たちも伸びた後ろ髪はばっさばっさと切り捨てて、負けをうじうじ振り返ることをしない。常に目を前に向ける力強さがある。

裏返せば、そういう人間だからこそ海外で活躍したり、日本代表まで上り詰めたりすることができた、ともいえよう。

そもそも、日本代表になるような選手は良い習慣を身につけている者が多い。あきらめない、負けない、という気持ちが人一倍強い。それはそうだろう。サッカーの日本代表になることはブラジルほどのサッカー大国ではない日本にしても相当な狭き門である。企業に例えれば、同期の連中はごまんといて、その中でトップとして生き残っているのである。それは持って生まれたアスリートとしての才能、素質だけでは勝ち残れないレースである。

集めた情報、貪欲に取り入れ血肉に

私が育成にかかわった中田英寿や中村俊輔もそうだったが、素質やセンスだけなら彼らを上回る選手はいくらでもいた。おそらく、本田や長友もそうなのだろう。「北京五輪世代」とくくられる塊の中で本田や長友以上に将来を嘱望された選手は十指に余るほどいたに違いない。

その中でどうやって彼らが生き残ったのかというと、共通するのは「アンテナ」の高さだと思う。中田は少年の頃からものすごい「質問魔」で「海外ではどうなってるの」「この練習は何が狙い」といったことを私にしつこく問いかけてきた。本田も名古屋にいたころ、オランダ帰りの藤田俊哉をつかまえて向こうの情報をいろいろ収集していたと聞く。

本田が面白いと思うのは、そうやって集めた情報の中から走法とか時間の使い方とか、自分に役立つと思うことは貪欲に取り入れて血肉に変えてきたことだ。そういう作業を実はきちんと細かくやっている。

外面だけで判断すると「おれはこういう選手だから」「こういうスタイルだから」と「自分」なるものに固執するタイプに見えるけれど、現実の本田は勝つため、上手になるためなら何にでもトライするタイプなのだと思う。目に見えない小さな単位でレベルを上げていく、本人にしか分からない手応えを大事にするというか。だからこそ着実にレベルアップを遂げてきたのではないだろうか。

アンテナの高さは向上心の裏返し

コーチとしての私の経験上からいっても、人の言葉に耳を貸さないことが自分のスタイルを貫くことだと履き違えている選手は大成せずに終わっている。

アンテナの高さは向上心の裏返しだ。目指す目標が明確にあるから、そこにたどり着くには何が必要か、知りたくて仕方なくなる。知ったからできるようになるとは限らないが、成功と失敗を繰り返しながら、意識の低い者には分からない、たくさんの気づきを得られるようになる。自分に必要なもの、自分の武器、自分に不必要なもの、自分の弱点、そういう整理がどんどんできていく。

その気づきが、成功も失敗も含めてこの経験を次にどう生かせばいいかという修正能力につながっていく。単純に反省するだけではダメで、反省を土台に次にどうするかまで考え、具体的に行動できて一流の選手になれるだろう。

「結果を出す」ことの大切さ理解

本田が「W杯に優勝する」と公言するのも、長友が「世界一のサイドバックになる」という目標を掲げるのも身の程知らずなのではない。彼らはジュニアユース、高校、大学という成長の過程で多くの挫折を経験している。「どうして自分は評価されないのか?」という悔しい思いもたくさんしてきた。そういうプロセスを経て「結果を出す」ことの大切さが身に染みているのだと思う。

「僕なりに一生懸命やっています」というだけでは評価の対象にならない。目に見える成果を上げてこそ世界は開ける。だからこそ、中途半端な目標ではなく、最高の結果を公約に掲げるのだと思う。

サッカーの見方として今は戦術をロジカルに語ることに分がある。それを否定する気はさらさらないが、同時にサッカーは極めてエモーショナルなスポーツだと私は思っている。「絶対に負けない」という心の奥底にある熱い思いが試合の行方を左右することは本当にある。本田に対して「必ず何かやってくれる」というファンの期待が他の選手に比して多く寄せられるのも技術、戦術うんぬんより、本田の心の奥底でたぎるマグマのせいだとにらんでいる。

心の耳を澄ませて聞けば、聞こえないはずの彼らの叫びが聞こえてくる気がする。

(サッカー解説者)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン