田中獲得に巨額投資、大リーグ資金源のカラクリ
スポーツライター 丹羽政善
田中将大がヤンキースと7年総額1億5500万ドル(約159億円)で契約。大リーガーで続く年俸高騰傾向が、メジャーでまだ1球も投げていない選手にまで波及した格好だ。
彼の年俸は平均で2000万ドルを超えるが、2014年に2000万ドル以上の年俸を稼ぐ選手は、田中も含めて21人(出場停止処分を受けたアレックス・ロドリゲスを含む)。また、総額1億5000万ドル以上で契約した選手は、田中が20人目。そのうち、09年以降に契約した選手は15人。12年以降だと11人もいて、ここ数年のインフレのすさまじさがうかがえる。
■「バブル」を生んだテレビマネー
一部で「バブル」とも形容される状況を作り出したのはテレビマネーだ。放映権料の上昇に伴って、年俸の相場が激変した。
例えば、マリナーズはこのオフ、内野手のロビンソン・カノと、10年総額2億4000万ドルで契約したが、昨年春に20年総額20億ドルで新しい放映権契約を結んだばかり。1年平均1億ドルはこれまでの2倍以上。
ここ数年、有望なフリーエージェント選手と次々に契約しているレンジャーズとエンゼルスの資金源も放映権料で、向こう約20年にわたって年間1億5000万ドルの放映権収入を手にする。
中でも破格なのはドジャース。2年前にオーナーが代わってから、金に糸目をつけない補強を続けているが、彼らには38年まで、年間3億4000万ドルという莫大な放映権料が入ってくることになっている。
■放映権料、全米中継の分配金も
それだけにとどまらない。ここまではすべて地元放送局との契約の話だが、加えて各球団には大リーグ機構(MLB)が一括して契約する全米中継用の放映権の分配金も入ってくる。その額は今季、昨季までの年間約2500万ドルから、ほぼ倍の5000万ドル程度になる予定。各チームの財布はますます厚みを増す。
では、そもそもなぜテレビ局がそこまで巨額の放映権料を払えるかだが、それをたどると、相次ぐ巨額契約の原資がくっきりと見える。
2001年 | 2.6 |
02年 | 2.5 |
03年 | 2.7 |
04年 | 2.7 |
05年 | 2.6 |
06年 | 2.4 |
07年 | 2.3 |
08年 | 2.0 |
09年 | 1.8 |
10年 | 1.8 |
11年 | 1.8 |
12年 | 1.7 |
■米テレビ局、収入源に2本の柱
まず、米テレビ局の収入源だが、日本の民放のようなCM収入とNHKのような受信料という2本の柱がある。
1本目の柱のCM収入に関しては、視聴率が高ければ高いほどスポンサーが集まり、その分、放映権にも反映されるというのが通例。しかし、大リーグ中継の場合は全体的に視聴率が下がる傾向とは逆に、CMスポンサーが集まりテレビ局のドル箱になっている。
例えば、毎週土曜日に試合を中継するFOXの平均視聴率も01年以降、緩やかに下がっている。
この数字だけを見れば、大リーグ中継はむしろ負担とも映る。放映権料だけ高くて、視聴率は伸びない。これではスポンサーも集まらない。
■逆転の裏に視聴スタイルの変化
ところが、06年に18億ドル(7年間)で大リーグと全米中継の放映権契約を結んだFOXは12年、09年以降は視聴率が1%台に低迷しているにもかかわらず、40億ドル(8年間)で契約を延長したのだった。ほぼ倍増だが、それでも元が取れるという見込みがあるのだろう。
にわかには信じ難いが、逆転現象の裏には米国内の視聴スタイルの変化が透ける。
ここ4~5年で、各家庭にはテレビ電波を受信するケーブルボックスにハードディスクが内蔵された「DVR」が一気に普及し、操作も容易であることから、そこに直接録画するのが一般的となった。
米国内の視聴率には様々なものがあるが、そのDVRに録画したものも一部含まれる。ということは、視聴率の高さとその番組が生で見られていることとが一致しなくなってきたのだ。
■生で見る確率の高い番組へシフト
この意味は小さくない。早速対応を迫られたのはCMスポンサー。DVRに録画した番組を見る人の多くはCMを早送りしてしまう傾向が強いからだ。結果として、視聴率は多少劣っても、人々が生で見る確率の高い番組へと彼らが予算をシフトさせたのは当然のこと。そのとき、魅力的に映ったのは大リーグなどのスポーツ中継だ。試合を録画して見る人などほとんどいないからである。
果たして、CM収入が見込めるその優良コンテンツを手に入れようと各テレビ局は躍起となり、結果的に大リーグ中継の放映権料が高騰していった。
ただ、テレビ局の経営を支えているのは、むしろ2本目の柱の受信料の方である。
例えばスポーツ専門局の「ESPN」の場合、110億ドルという13年の収入のうち、約60%を受信料で得ている。CM収入は32%にすぎない(2013年7月1日の「ビジネスインサイダー」)。
■見たい番組、パッケージで選択
米国内でテレビを見る場合、まず地域のケーブルテレビ会社と契約しなければいけない。その場合、見たい番組だけを選ぶことはできず、いくつかの選択肢の中から、自分の見たい番組の多いパッケージを選ぶことになる。一番安いパッケージでも100番組以上が含まれているのが普通で、全く見ない番組があっても抱き合わせで契約させられてしまう。
評判は良くないが、必要悪。これにより各テレビ局は視聴率に関係なく、そのパッケージに入っている限り、安定した収入を受けとれるからだ。その固定収入こそが、広くテレビ業界の経営を下支えしている。
各家庭が払う受信料の中からどれくらいの比率を受け取るか。それが各テレビ局の収入を大きく左右するが、立場が強いのは抱き合わせの主たる番組となっているスポーツ番組で、例えば、平均的なパッケージに入っているスポーツ番組はせいぜい全体の10%程度だが、受信料のうち40~50%が彼らの取り分になるそうだ。
■平均料金、10年間で約3倍に
ESPNは今年、昨年の5.54ドルから値上げして、一世帯当たり7.31ドルを課金する。一世帯の平均ケーブルテレビ料金が80~90ドルといわれているので、7.31ドルという数字がいかに破格かが分かる。
調査会社「SNLケーガン」によると、ケーブルテレビの平均料金は01~11年の間に約3倍に跳ね上がったという。改めて述べるまでもなく、スポーツ番組の増加と彼らの相次ぐ値上げが要因としてあるといえそうだが、それに伴って各球団の財政が潤い、ひいてはそこから田中らの獲得資金が生まれたといえる。
さて、問題はこの状況がいつまで続くかだろう。
■受信料の上昇に不満高まる
実のところ、ケーブルテレビの課金方法については、受信料の上昇に伴い、不満が高まっている。スポーツ番組を見ない人にしてみれば、たまったものではない。解約を防ぐために近い将来、見たい番組だけを選んで見られる仕組みに変われば、現在の収益構造は破綻するだろう。実際、そういうケーブルテレビ会社が出始めている。
それがいつしか新しいスタンダードとして定着したとき、年俸のバブルがはじけるのかもしれない。