2019年1月22日(火)

元祖「カーリング娘」は母親に
ソチ五輪開幕に迫る(4)

2014/2/4 7:00
保存
共有
印刷
その他

カーリング女子日本代表の小笠原歩(旧姓・小野寺、35)と船山弓枝(林、35)がチームを結成したのは、オホーツク海に面した人口5千人ほどの北海道常呂町(現北見市)の中学校に通っていた1991年のことだ。以来、2人はずっと同じ道を歩んできた。故郷を離れ、青森に渡った時も一緒だった。ともに引退、2009年にそろって1児の母となり、そして競技復帰。3度目となる五輪に挑む。

小笠原選手はカーリングから初の日本選手団旗手に選ばれた(20日、東京都港区)

小笠原選手はカーリングから初の日本選手団旗手に選ばれた(20日、東京都港区)

「多くの人に迎えられてトリノ五輪を思い出した」。ソチ五輪の出場権を獲得して帰国した昨年12月17日、成田空港で100人ほどの報道陣を前に小笠原は感慨深げだった。「カーリング娘」としてちょっとしたブームを起こしたトリノ五輪以来の大舞台をどんな思いで迎えるのか。「トリノの初戦の前も船山さんと泣きそうになった。青森に行くとかいろいろあって。今回は違う思いがこみ上げてきて、ウルウルきそう」

02年ソルトレークシティー五輪に出場した後、仕事も用意してくれた青森で新チームをつくった。トリノ五輪の後に北海道に戻り、結婚、出産。船山の話をする小笠原は楽しそうだ。「船山さんは姉妹よりも近い存在。私が休みたい、といえば一緒に休んだし、私が結婚したら結婚したし、子供ができたと言えば『子供ができた』と言うし」

小笠原から再開したい、と言われる前に船山は運命を感じていた。「3カ月違いで妊娠するなんて……。『もう一回やれ』とだれかに言われたような気がした」。11年に札幌を拠点にチーム「北海道銀行」を結成、3人の後輩を引っ張り、日本代表選考会、五輪世界最終予選を突破した。「氷上のチェス」ともいわれるカーリングは40代選手も活躍し、経験とチームワークがものをいう。この世界、海外では当たり前のようにママさん選手が頑張っている。

元祖「カー娘」も母となって五輪に戻ってきた。ソチ五輪の日本選手団は冬季では初めて女子が男子の選手数を上回ることになる。2人に続いた女子選手が主役となり、今や札幌にも、北見市にも長野県軽井沢町にもカーリングの通年型施設ができた。ソチを目指した今回の挑戦。子供と離れての長い遠征はつらく、家族の負担も大きいが、それも乗り越えてみせるのが開拓者としての責務だ。日本の旗手にもなった小笠原はいう。「母親は頑張っていたんだな、と息子にいつかわかってもらえればいいな」(敬称略)

〔日本経済新聞朝刊1月23日掲載〕

日経電子版が2月末まで無料!いつでもキャンセルOK!
お申し込みは1/31まで

保存
共有
印刷
その他

カーリングのコラム

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報