2019年1月17日(木)

アルペンスキー、日本人の魂を見せる
ソチ五輪開幕迫る(2)

2014/2/2付
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スポーツ用品販売のアルペンの系列会社、ジャパーナの営業部長、大高弘昭(55)はメール送信を押す指を止めた。19日、ウェンゲン(スイス)でのアルペンスキー・ワールドカップ(W杯)男子回転第5戦で教え子の湯浅直樹(30)が転倒、途中棄権した。左足だけにスキーをつけ、右足を宙に浮かせながら山を下る姿をテレビで見た。「スキーが壊れたのか。それとも右足に何かあったのか」。レース後の湯浅に必ず送るアドバイスのメールは様子を確認してからにしよう、と思い直した。

アルペンスキーの湯浅直樹選手(左)と師匠であるジャパーナの大高弘昭氏(岐阜県)

アルペンスキーの湯浅直樹選手(左)と師匠であるジャパーナの大高弘昭氏(岐阜県)

湯浅は15歳から大高らが開発した国産スキー「ハート」に乗る。欧米の選手、メーカーが君臨するこの競技にあって日本製スキーで世界を転戦するただ一人のトップレーサーだ。「日本製の板で世界一になって日本人の技術力の高さや日本人の魂を見せる」と湯浅。大高もいう。「スキー業界が苦境だからこそ、日本製の力で世界を負かしたいとの思いが強くなってきた」

2006年トリノ五輪で7位入賞、2人の野望は回り道をしながらも前進を続けてきた。今季は6日のW杯第3戦で4位となり、トップ選手の称号といえる第1シード(スタートランク15位以内)入り。しかしすぐに暗転した。転倒した第5戦の後に右足首骨折が判明、20日にオーストリアで手術した。「骨がつくのに3週間。ソチ五輪の男子回転は2月22日だから間に合う可能性はある」と大高。

大高自身は世界の頂を経験している。1992年アルベールビル五輪男子回転金のヤッゲ(ノルウェー)が使ったヤマハスキーは大高らが開発した。「当時は日本人では無理と思っていたし、こんな機会は二度とないと思っていた」。ヤマハの撤退で新天地を求めたころ、中学生の湯浅と出会い、夢の第2章が始まった。湯浅のスキーは岐阜県御嵩町の工場でつくる。木材ではなくメタルを多く使うことで反応を良くし、バネが武器の湯浅の能力を引き出す逸品だ。

昨季、湯浅は椎間板ヘルニアに苦しみながら、12年12月のW杯で初の表彰台となる3位に入った。今季はドイツ人医師の治療で腰痛は改善、ハードルを一つ乗り越えたのにまた災難。「昨季の湯浅は歩けないほどの腰痛だったのに『滑っている時は痛くない』と言って表彰台に立った。あいつなら……」。20日、電話で話した2人の思いは一致した。「可能性がある限り挑戦する。現実を受け入れ、焦らずいこう」

(敬称略)

〔日本経済新聞朝刊1月22日掲載〕

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