フィギュア・羽生結弦、敵は今や自分自身
いまやフィギュアスケート日本男子のエース、そしてソチ五輪の金メダル最有力候補の一人と言っていいだろう。羽生結弦(ANA)は12月のグランプリ(GP)ファイナルで初優勝、全日本選手権も2連覇を果たした。長足の進歩で世界のトップスケーターへと上り詰めた19歳は、一気に五輪の頂点をうかがおうとしている。

■やるべきことを精いっぱい
最近よく口にする言葉がある。「自分がやるべきことを精いっぱいやる」。教訓を生かすように自分に言い聞かせる。
五輪シーズン序盤はどこか浮足立っていた。10月のGP第2戦スケートカナダは散々な内容に終わった。試合前には直接対決する世界王者パトリック・チャン(カナダ)の話題を自ら切り出して、対抗心をむき出しにした。GP初戦に出場した高橋大輔(関大大学院)と町田樹(関大)の演技を見て表現の大切さに気づかされたが、試合では「自分も何とかしなくちゃと思ったけど、ジャンプや表現力などすごく中途半端になった」。周囲に振り回され、我を見失っていた。
12月のGPファイナルでは「自分自身にしっかりと集中する」ことを目標に掲げた。そして、ショートプログラム(SP)で世界歴代最高をマークする99.84点をたたき出すと、フリーも1位となり合計293.25点の高得点で優勝。今季3度目の直接対決で世界選手権3連覇中のチャンをついに破った。ライバルとしのぎを削ることで「自分自身を見つめ直すきっかけとなった。成長し切れた」と実感を込める。シーズン中に一段と精神面がたくましくなった。
■総合力で戦えるスケーターに
羽生の武器は2種類の4回転ジャンプを軸とした技術点の高さにある。「なるべく力に頼らずに流れで跳ぶようにしている」というジャンプは高く、勢いがあり、出来栄え点で高い加点を得る。表現力やスケーティング技術などをみる演技構成点は伸び悩んでいたが、GPファイナルのフリーでは5項目全て9点台の高評価を得てチャンに肉薄。スタミナ面や体調管理など課題も次々と克服してスキがなくなった。ジャンプだけでなく、総合力で戦えるスケーターとなった。
採点競技だけに、五輪本番へ向けて「肩書」が増えた意義も大きい。「2012年世界選手権銅メダリスト」に加え、「13年GPファイナル王者」の称号も得た。ジャッジへの大きなアピールとなったはずだ。
■金メダルについて口閉ざす
頂点への下地は整ったが、羽生は金メダルについては口を閉ざすようになった。「昔は勝ちたい、勝ちたいだった。今は勝ちたいという思いと、自分に視点を向けるという思いと、そのバランスが大事」と冷静にソチを見据える。
小さい頃から夢見てきた五輪の舞台に初めて立つ。かつてないほどの緊張や重圧に見舞われることだろう。「どれだけ自分に挑戦して、自分に集中した状態で臨めるか」。ライバルは自分自身。19歳が自分との戦いに勝ったとき、最高の色のメダルが見えてくる。
〔日本経済新聞朝刊1月7日掲載〕