私のへそくりが夫の財産? 相続で泣かない備え
「これらの預金は通帳の名義は奥様ですが、実質的にはご主人のものと思われます。名義預金として相続税の課税対象になります」。2年近く前に夫を亡くしたA子さんは税務調査官からこんな指摘を受けた。夫から毎月渡された生活費をやり繰りし、残ったお金を預けた自分名義の通帳だ。「主人は残ったお金は好きにしていいと言っていました」と反論したが、課税対象になった。

コツコツ台無し
日本では法律上「夫が稼いだお金は夫のもの」「妻が稼いだお金は妻のもの」だ。「名義ではなく、そのお金はだれが稼いだのか、大きな支出の権限を持つのはだれかといった事実で判断する」と税理士の福田真弓氏は説明する。妻が専業主婦なら、相続や贈与あるいは結婚前からためていたお金以外に自分の財産を持つことはない。夫婦で協力してためたお金も多くは夫のものと見なされる。
A子さんがためた「へそくり」の原資は夫の稼ぎ。夫からA子さんに贈与をしたという証拠もないので、名義はA子さんでも夫の預金となる。
明治安田生命保険が「いい夫婦の日(11月22日)」に合わせて発表したアンケートでは「へそくり」を持つ妻はほぼ2人に1人。年代が上がるごとに金額は増えて60代以上は200万円を超える。別の会社の調査では平均416万円という数字もある。これらは相続の際には名義預金に該当する可能性がある。
贈与でも注意が必要だ。B子さんの夫は退職金の一部を新たに作ったB子さん名義の口座に移した。ペイオフ対策に加え、長年支えてくれた妻に感謝を込めて贈りたいと思ったからだ。だが、打ち明けずに夫は死亡。B子さんは初めて知ったこの預金を夫のものとして申告するように税理士から指摘された。
いわゆる「したつもり贈与」だ。名義を変えるだけでは贈与にならない。「贈る側だけでなく、受ける側も認識したうえで、受ける側は通帳や印鑑を管理し自由に使える状況が必要」と話すのは税理士の松岡章夫氏。夫が妻や子、孫のためにお金を贈っても、相手がそれを知らなかったり、使えなかったりしたら贈与は成立しない。
亡くなった人のうち、財産が規定額を超えて相続税の課税対象になる人は年間5万人程度。財産の構成比を見ると土地が約5割と最も多く、現金・預貯金等が25%程度、有価証券が12~13%だ。
ところが税務調査で指摘される申告漏れ財産では、現金・預貯金などが37%と最多で、土地の17%を大きく上回る。税務調査は名義預金を探すのが目的ともいわれ、現金・預貯金の中には名義預金が多く含まれるとみられる。悪意がなくても、申告漏れを指摘されれば修正申告が必要となり、納付が遅れたことによる利息(延滞税)や制裁金(過少申告加算税や重加算税)までかかるので厄介だ。

贈与契約で安心
名義預金はちりも積もれば1000万円や2000万円に膨らむ場合もある。夫の相続財産は最終的には半分以上は手厚い税額軽減の適用が受けられる妻が受け継ぐというケースが多いが、遺言や遺産分割協議で多くを他の相続人に渡すこともある。妻は当てにしていた金額が手に入らず、老後の資金計画が狂うこともあるので注意が必要だ。
女性は男性より平均寿命が長いので、老後に自由に使えるお金を多く持っておきたい。そこで福田税理士は「堂々と小遣いや財産を夫からもらう」ことを提案する。
贈与契約書を作り、毎月決まった額を夫から受け取る。年間110万円までなら非課税だ。口座に移すなら振込記録を残し、現金なら家計簿に記録する。自分の印鑑を作り、ためるだけでなく、ときには使うことも必要だ。共働きなら日常の生活費は夫の給料で賄い、妻が稼いだ給料は妻の財産として蓄えるのもいいだろう。

相続の際に話題になるお金がもうひとつある。「手持ち現金」や「手もと現金」と呼ばれるものだ。被相続人が亡くなる前に妻や家族が被相続人の口座から引き出した現金を指す。死後の口座凍結に備えるのが目的で、葬儀費用や病院への支払いに充てるケースも多い。死んだ時に残っていた金額を相続財産として計上すれば問題はない。
ところが被相続人の療養期間が長くなると引き出す回数が増えて金額も膨らむ場合がある。相続人にとっては遺産分割の基になる相続財産が減るので、看護していた妻らに使途を明確にするよう求めて遺産分割協議でもめることがある。
「引き出し履歴や領収書、明細などを残し、説明できるようにしておくことが重要」と税理士の村岡清樹氏は指摘している。(土井誠司)
[日本経済新聞朝刊2013年12月18日付]