ベルマークが縁、へき地の子供に「こけし走り」伝授 - 日本経済新聞
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ベルマークが縁、へき地の子供に「こけし走り」伝授

ランニングインストラクター 斉藤太郎

商品に付いているマークを集めて学校に備品を導入するベルマーク。この制度の一環で、へき地の学校に講師が赴いてランニングを教える活動があります。へき地の学校でも物品の導入が進んできていることから、モノの支援に加えて「心に残るソフトをプレゼントしよう」という目的で、このほかに一輪車教室、理科実験教室などが展開されています。

走るのが嫌いな子も楽しめるように

私はベルマーク運動の走り方教室の講師として、今年は富山、和歌山、愛知、奈良での教室を担当しました。2002年から10年以上、年に3~4カ所、南は沖縄・石垣島から北は青森・下北半島まで色々な学校へ行きました。

教室を担当するのは全児童・生徒30人前後の小学校や中学校がほとんどです。小学校と中学校が併設された学校もあります。1・2年生、3・4年生、5・6年生という教室で授業する学校もありました。

今年赴いた奈良県中部の山あいにある中学校は全生徒14人。うち2年生は4人全員が男子という状況でした。先生方の情熱が子供たちに行き届くのが良い半面、仲間が少ないために部活動でスポーツチームを組めない、スポーツをする機会や選択肢が限られてしまうといった悩みも抱えます。

このような学校訪問型の教室で気を付けているのは、受講者自らが申し込んで集まる募集型のランニングクリニックとは違って、「走るのは苦手で嫌だな」という子も含まれているかもしれないということです。

走るのが苦手、嫌いな子たちも含めて一緒に楽しめる、みんなが今までよりも楽に走れるようになったと感じてもらえる内容になるようにしています。一番大切にしているのは、その場でおしまいではなくて、いつまでも印象を残してもらえるようにすることです。

骨盤・肩甲骨・姿勢の3要素を意識

約3時間の教室では、私のランニング理論である「こけし走り」を中心に教えています。こけし走りとは効率の良い走り方をするためのポイントを指したもの。骨盤と肩甲骨を活発に動かし、正しい姿勢で背骨が上半身と下半身の動きをドッキングさせて末端の手足に力を伝達、走りのパワーを生み出します。

「骨盤・肩甲骨・姿勢」の3要素の頭文字から取って「こけし走り」です。連載でもこの3要素を意識して走ることの意味、そのために役立つエクササイズを紹介してきました。

私が「こけし走り」のネーミングを思いついたのは、実はこの教室で東北地方に赴いた時でした。それまでは欲張ってあれもこれもと多岐にわたる指導をしていたため、終了時に今日何を覚えたかを尋ねてみると、ぽかーんとした顔をしていた子がちらほらいました。

確かに笑顔あふれる楽しい教室だったかもしれないが、これから先も今日みたいなフォームで走ることができるだろうか、何かを思い出してくれるだろうかと考えさせられました。「最低限これだけは覚えよう」みたいな簡潔な要素でまとめられないものかと考えていました。そんな時、温泉街のお土産屋さんでこけしを眺めていると、「骨盤・肩甲骨・姿勢」の「こ・け・し」でどうだろうとひらめいたのでした。

教室で教えた子供たちから受け取る手紙には「こけし」とか「骨の模型」といった言葉が書かれていることが実に多いです。我が意を得たりの思いで、教えがいを感じます。

上手に走るコツは1日でつかめる

走り方教室では、はじめに次のような話をします。

今日はみんなに「もっと走れ!」と言ってあおるようなことはしません。体育の授業でもないです。走る力をつけるには毎日の練習を積み重ねるしかありません。でも上手に走るコツをつかむことは今日一日だけでも可能です。みんなの走りのフォーム、走る時の意識・感覚を改善する、そういうことは1日でもできるのです。

ランニングは自分の体重をスタート地点からゴール地点まで運ぶ運動です。みんなが持っている力を100とすると、そのうちの40や30くらいの力がどこかへ逃げてしまって、実際には60くらいしか体を運ぶことに生かせていません。電気でいうと漏電、無駄が多い走り方なのです。

だからすぐ疲れてしまい、スピードが続きません。漏れてしまったエネルギーを前に体を進めることに使えるように変えていく練習をすることで、100の力は変わらなくても楽に速く走れるし、スピードが最後まで持続するような走り方になります。今日の教室はそういう時間です――。

体幹使って進む動きを目で確認

はじめの話の後、まずチーターが走る映像、赤ちゃんがハイハイする映像を見せます。これらの共通点は体幹を使って進んでいることで、決して腕や脚の枝先だけで進んでいるのではないということを理解してもらいます。体幹から生み出したエネルギーを四肢の枝先へ伝えていく。効率の良い走り方、あらゆるトップアスリートの動きです。

理屈を目で見た後で実技へ移ります。基本的な流れは(1)緩める(2)目覚めさせる(3)組み立てる――です。

ストレッチで筋肉を緩めただけで脚が軽く感じられ、腕が振りやすくなります(1)。走る時に大切な筋肉だが普段使わずに眠っている筋肉を、エクササイズで目覚めさせます(2)。一つ一つ磨いたパーツを最後は体全体でダイナミックに走れるようにドッキングさせます。ツイストジャンプや何種類かのスキップを取り入れます(3)。

子供対象の教室なので、遊びやゲームの要素を織り交ぜた内容にしています。特別な機材は使わずに、基本的にはその学校にある物を利用してトレーニングします。例えていうとお金をかけた特別な料理を提供するのではなくて、冷蔵庫のありあわせの材料で作るチャーハンみたいな発想です。

フラフープや棒のようなもので枠やマス目を作ってステップを踏む練習や、膝くらいの高さの椅子やコーンをハードルに見立てて股関節を使ってまたぐ練習、新聞紙を胸に当てて姿勢を真っすぐにして走る練習などがそうです。

真面目な子ほど力んだ腕振り

骨盤と肩甲骨の動きを活性化するために、この連載でも紹介したエクササイズやストレッチをいくつか試してもらいます。

肩甲骨の動きの活性化では、2人組になり肩甲骨を触って確認、そこを使って腕を後ろに引くエクササイズも教えます。今まで「腕を振れ」と何度も言われてきた子供たちは、真面目な子ほどガチガチに肩を力ませて腕を振ります。うまく走るきっかけをつかみ損ねてしまっていたのです。

両肩をリラックスさせて肩甲骨を内側に寄せるようにして腕を引く。するとその動力が背骨を通して骨盤に伝わります。腕を引けば、そちら側の骨盤が前に出る、だから脚が動いてくる。そんなメカニズムを体感してもらいます。

正しい姿勢を意識するためには、3人組で振り子の動きをしてもらいます。正面と背後に立つ人に支えられ、真ん中の人が前と後ろに倒れては押し返されて振り子のように振れる。体の軸が曲がらないよう一直線を維持するのがポイントです。

人間の体の仕組みをかみ砕いた言葉で説明しますが、良いフォームと悪いフォームの違いと、それが体の仕組みとどのように関係するのかをセットで覚えると、それまで漠然と腕を振って脚を動かしていたのがクリアになるはずです。

速く走れる子との違いを単に力の差だと思っていたのが、実はそれだけではないということに気付いてもらえます。一緒に取り組んでいた先生の走り方が最も改善することもよくあります。

歩く距離が少なくなる田舎の子

田舎の大自然は素晴らしい、そんなところで育つ子供たちは純粋無垢(むく)です。ただ、田舎だから運動量が多いとはいえません。学校の統廃合により通学距離が延びてしまうと徒歩では通えない子が出てきます。車やスクールバスによる送り迎え、家の近くには遊べる友達がいない、そうなると歩く距離は激減します。むしろ都会の子の方がよく歩くというデータがあるそうです。

へき地への移動は列車、飛行機、バスなどの乗り継ぎだらけ。往復で10時間を超えることは珍しくありません。それだけで疲れてしまうこともありますが、子供たちと笑顔で触れ合いながら走っていると、ものすごく元気をもらえます。

私からは一言も「がんばれ」などと声を掛けたりはしないのですが、いつも最後には呼吸を荒くして競うように走る光景になります。もともと人間は走ることが好きなんでしょうね。

中には磨けば光る原石のような逸材も。トップアスリートの中には、幼少期にこうした環境で心も体もたくましく育った選手がたくさんいます。そうなるためには電球がピカッと発光するような、飛躍のきっかけが必要です。いつの日か、実はあの時「こけし走り」を習っていたんですよという五輪選手に出会えたらうれしいですね。

 ▼ベルマーク運動 学校が協賛会社の商品に付いているマークを集めてベルマーク教育助成財団に送れば、1点を1円として協賛会社の資金提供で学校預金になる。学校はこの預金を使って15の協力会社(2013年12月現在)から備品を購入することができる。ベルマークを商品に付けている協賛会社は61社(同)。1年間で使われるベルマークの点数は約5億点(5億円分)。学校が備品を購入した協力会社は、その額の10%をベルマーク財団へ寄付する。この仕組みによって集められた年間約5000万円が、へき地学校などへの教育支援に使われる。

<クールダウン>写真写りのいいランナーを目指そう
 年賀状を準備する時期になりました。快走記念や仮装ランなど、笑顔で走っている写真を載せた年賀状を送ってくれる人が増えてきています。走る姿の写真ではランニング雑誌の表紙を飾る人のフォームはとてもきれいです。最高の一枚を選んでいるということもありますが、そもそもフォームの動作の中に崩れるような隙がありません。
 レースを走る自分の写真を見て、「ずいぶん腰が落ちているな。もっといい瞬間を撮ってはくれないものか」とカメラマンの腕を疑うことがあるかもしれません。でも、それはカメラマンのせいではなくて、着地時に体を支え切れていない証拠なのです。
 良いフォームの着地時間が非常に短いのに対して、悪いフォームの着地時間は長い。地面を捉え損ねて体がゆがみ、まるで空気が抜けたボールのように腰が沈むのです。長い着地時間中の悪いフォームのショットが増えるのも納得がいきます。骨盤・肩甲骨・姿勢の「こけし」を意識してフォームを改善すれば、良い写真を撮ってもらえる可能性が高まるはずです。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)など。

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