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ノーベル経済学賞2氏が語る「バブル」と「政策」

2013年のノーベル経済学賞の受賞が決まったシカゴ大学のユージン・ファーマ教授とラース・ハンセン教授が、10日の授賞式を前に日本経済新聞記者とそれぞれ単独会見した。受賞者は両氏とエール大のロバート・シラー教授の3人。株式など資産価格の形成についての実証研究が評価された。

すべての情報が正確に価格に反映されるとする「効率的市場仮説」を提唱するファーマ教授は、投資家の熱狂など非合理的な行動がバブルを招くとするシラー教授の主張に「証拠がない」と反論。また、米連邦準備理事会(FRB)が進めてきた量的緩和政策は無益だと強調した。

一方、ハンセン教授は今後の経済政策の焦点は財政政策や金融監督になると強調。金融政策は限界に直面しているとの見方を示した。一問一答は以下の通り。(聞き手は米州総局編集委員 西村博之)

ファーマ教授「量的緩和は無益、FRBは物価安定に注力を」

――教授の研究は投資家の資産運用に大きな影響を与えてきました。

「かつて資産運用は控えめに言って未熟だった。運用成績の評価もないに等しかった。私の最初の貢献は、価格にはすべての情報が反映されているとの『効率的市場仮説』の提唱だ。これが市場平均並みの運用をめざす『パッシブ運用』を発展させたといわれている」

――市場平均を上回る運用成績をめざす投資会社はなお多いですね。

「今日でもパッシブな資金の運用は全体の25%ほどだ。残りは投資する株価を選び、市場平均を超えようとする『アクティブ運用』だ。ただ、その成績はパッシブ運用に劣る」

――市場平均を上回る成績を上げるのは不可能なのですか。

「手数料などを引いた成績をみれば平均を上回るファンドも下回るファンドもある。理屈上、運用は勝者も敗者もいるゼロサム・ゲームだ。問題は勝者が優れているのか、幸運なだけなのか調べようがない点だ。実際は大半が幸運によるもの。手数料を差し引くと話にもならない」

――とすれば、資産運用の役割とは何なのでしょう。

「大事なのは、どの程度のリスクをとるかの判断だ。国際株、国内株、割安株、成長株、小型株、大型株などの区分は、いずれもリスクの度合い。株と債券の割合もそうだ」

――自らも投資会社を立ち上げて成功させました。

「1981年に投資会社の設立にかかわった。私の理論に沿って資産を運用し、当初5万ドルだった運用資産は今は3200億まで膨らみ、成功している」

――経済学者が立ち上げた会社では、LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)などの失敗もありました。

「LTCMはアクティブ運用をしていた。ヘッジファンドは、借り入れをテコに運用額を膨らませているため、ミューチュアル・ファンド(日本でいう投資信託)より運用成績は3倍前後もばらつく。偶然に頼って大きなリスクをとっているので、失敗の確率は50%に近い」

 ――効率的な市場とは、アダム・スミスのいう「神の見えざる手」のようなものですか。

「色々な比喩があるが、分かっているのは情報によって価格は即座に調整されるというだけだ。メカニズムはよく分かっていない。それに、あくまでモデル上の話だ。完全に正しいということはあり得ない」

「大事なのは実践的な目標を達成するのにどう考えるのがベストか。少なくとも投資に際しては、市場が合理的だとの前提に立って行動すべきだ」

――つまり基準のようなものだと?

「そう。基準だ。完全に真実ではないにせよ、それが(適切な)行動を導く」

――研究の対象は主に株や債券ですが、どんな市場も効率的だと言えますか。

「不動産市場の分析は、同じ物件が繰り返し売買されないから難しい。だが商品市場ではきれいに結果が出る。モノが秩序だって取引される市場で、効率的でない例をさがすのは難しい」

――市場に「バブル」は存在しないとの主張です。

「私のバブルの定義は『価格が上がり、その後の下落を予想できる』状況。だが価格下落を予想できるとの証拠は、統計学的に存在しない」

――市場の振れを引き起こしているのは何なのでしょう。

「ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)だ。株なら、予想配当率、業績、投資の動向、それからリスクに対する人々の姿勢などだ」

――人々の姿勢とは、つまり行動のことですね。その行動にバイアスがかかることはありませんか。

「もちろんある。経済学のすべては、行動に基づいている」

――では、エール大のシラー教授が主張するように、人々の心理によってバイアスが大きくなり、市場が非合理的な動きをすることもありうるのでは。

「それが、どう価格に表れるかが不明なのだ。可能性はあるが、大事なのは、それがどのくらい起きているか。さらに心理状況が、いつ価格を上下させるかという点も予想できなければ(論理は)空っぽだ」

――シラー教授は、株価の振れが配当の変動よりも大きかったとの研究結果を示して、バブルの根拠としています。

「株価には配当以外にも多くの変数が含まれる。株価を左右する予想利益率も、刻々と変わる。だから、配当だけをみるのは一面的だ。株価、広くは資産価格の変数の多くは、実は景気循環が根っこにある」

――IT(情報技術)バブルや、住宅バブルも予言しました。例が少なすぎますか?

「予想した時期も早すぎる。長い時間を与えられれば、不作為の数字でも必然的にいつかは当たる。統計学的な証明、つまりもっと多くの事例が必要だ。逸話だけでは不十分だ」

――人々の心理を重んじる行動経済学の考え方そのものをどう思いますか。

「すべての経済学は行動がベース。伝統的な経済学は合理的な行動を前提とするが、個人が非合理的な行動をとることは分かっている。問題は、それがどう価格に影響するか。個人が非合理的な行動をするからといって、価格にも大きな影響が出ていると主張するのは飛躍だ。きちんと分析して証明しないと。私の研究では証拠はない。個人の行動と、市場の動きの間には大きなギャップがある」

 ――資産価格の乱高下を防ぐ手立てはないのでしょうか。

「景気循環をなくせば、資産価格の変動は少なくなるが、それは無理というものだ」

「経済の振幅を減らすという意味でなら、マクロ経済学は手法を獲得したと思っていたが、08年の金融危機で幻想だったと分かった。経済学は、好不況の原因について実はうまく説明できていない。多くの論理はあるが、想像の産物という面がある」

――政府介入や規制の役割をどうみますか。

「つくるのは政府でなくてもいいが、ルールは必要。市場の効率が高まるからだ。サッカーをするのに、一人ひとりが勝手なルールに従っていたら試合にならないのと同じだ」

――米国の規制の実情はどうでしょう。

「歴史的にひどい失敗を繰り返してきた。ルールがまともでも、やがて規制担当者が業界のために働き始めるからだ。例えば、鉄道や航空業界の規制は価格の抑制を狙ったが、逆になった。そして規制を緩めたとたん価格は下がり誰もが喜んだ」

――状況は変わると思いますか。規制は増える時代も減る時代もありました。

「私は懐疑的だ。規制には波もあったが、大きくは増える傾向にある。当局は自己増殖を始めるから、葬るのは容易でない。私は(政府介入は最低限にすべきだと信じる)リバタリアンだから、どの党も信頼していない」

――規制の最大の弊害とは?

「低成長や技術革新の停滞だ。今日だったら、私も会社をつくれなかっただろう。今、金融業を営むには、規制対応のために必然的に大量の弁護士を雇う必要があるから」

――一方で、銀行の自己資本規制の強化を訴えています。

「これは別の理由からだ。大きな金融機関が危機に陥ったら政府は救済することが、金融危機で分かった。許し難い市場原理からの逸脱だ。金融機関に過度のリスクを負う動機を与えている。だから金融機関を破綻させないよう規制することが重要。多くの方法があるが、一番簡単なのは十分な株主資本をもたせることだ」

――足元のFRBの政策をどう評価しますか

「量的緩和は無意味だ。FRBは長期国債などを買って資金供給しているが、お金は準備預金として積み上がっている。FRBが超過準備に金利を付けているのが一因。つまりFRBは長期の債券を買い、短期の債券を発行しているのと同じ。無意味な行動だ。FRBは働いている"ふり"をしているだけだ。今回の景気回復が、1930年代以降で最も鈍いことが、すべてを物語っている」

――FRBの役割はどうあるべきでしょう。

「本来、FRBの役割は緊急時に、健全な銀行に一時的に流動性を供給する『最後の貸し手』の機能だった。ただ危機時には誰が健全か判断しにくいのが現実だ」

「平時は、物価の安定に注力すべきだ。FRBができることは結局それくらいだ。通貨の価値、つまりモノの尺度を安定させることは効率的な経済活動に重要だ」

――今の株高は何を語っていますか。

「企業の利益は、とても堅調だ。経済全体よりはるかにいい。企業はリストラを進めているから完全雇用時に比べ経済全般の活動は低迷が続く。ただ企業の生産性が高まれば、長い目では労働者のためにもなる。大事なのは、技術革新や創業を促すことだ」

 ユージン・ファーマ氏 情報は即座に資産価格に反映されるとする「効率的市場仮説」の提唱で受賞。資産運用などに多大な影響を及ぼした。資産運用会社の立ち上げに関わり、成功を収めている。タフツ大卒業後、シカゴ大で経営学修士(MBA)、経済学博士。1963年からシカゴ大で教える。マサチューセッツ州出身、74歳。

ハンセン教授「今後の焦点は財政と金融監督、金融政策には限界」

――自身の経済学への貢献をどうみますか。

「ノーベル賞授賞の理由の1つに挙がったのはマクロ経済と金融市場の関連に関する研究。中でも力を入れてきたのが、投資家の予想や不確実性といった要素が絡む経済モデルだ」

――モデルの役割を重視していますね。

「そう。経済モデルは非常に重要で、経済学の発展に不可欠だと考えている。時折、モデルは単純すぎ、間違っているようにも見えるが、それはどの学術分野でも同じこと。経済学では、間違いが目立ちやすいだけだ」

「問題は分析を先に進める上で、誤りが致命的かどうか。だからモデルが有効かどうかを評価する手法も研究した。これによって問題点が浮き彫りになれば、新たな発想によってモデルを改善することが可能になる」

――政策にはモデルをどう生かせますか。

「経済モデルは物事を明確にするから、政策課題を解く上でも非常に有益な道具になる。専門家は金融危機の前まで、金融市場の混乱が実体経済を大きく振り回すことは避けられると考えていた。だから金融危機は専門家を驚かせた。多くの経済モデルに穴があることが分かり、金融市場とマクロ経済をつなぐモデルは、とりわけ欠陥が明確になった」

「同時に経済モデルへの需要が急速に高まった。例えばマクロ経済政策と矛盾しないよう金融市場の監督をどう進めるかといった問題意識からだ。個別の金融機関だけでなく、金融分野すべてが経済全体とどう結びついているか見ようとする動きが強まった」

――いわゆるマクロ・プルーデンス政策ですね。

「その通り。中央銀行などの当局者は目先の対応に追われていたが、5年あるいはもっと先を見越した次世代のモデルが必要だと多くの経済学者らは感じ始めた。それが、政策づくりの指針になるからだ。より良いモデルなしに適切なマクロ・プルーデンス政策や金融市場の監督は考えにくい。政策を裏付けるモデルなしには規制が裁量的になり、政策の狙いとは逆の効果を生みかねない」

「金融政策に関しては、ずっと前から多くのモデルが存在しているが、マクロ・プルーデンス分野ではまだ十分な蓄積がない」

――不確実性とリスクの違いについても指摘していますね。

「経済モデルを使っても、あす何が起きるかは予想できなない。しかし何が起きうるかは、経済モデルで想定されている。これがリスクの概念だ」

「一方、どのモデルを使っていいか分からない。あるいは、モデル自体が間違っているかもしれない。そんな状態が、不確実性だと考えている」

――複雑な世の中をモデルで理解することに問題はないですか。

「問題は複雑だが、我々の知識は限られている。そんな中で、複雑な解決策をとれば、むしろ弊害の方が大きくなりうる。シカゴ大の故フリードマン教授も、金融政策がマクロ経済にどう波及するかの経路に強い関心をもっていたが、十分に解明できずにいた。十分な理解がないのに、理解したかのように金融政策を運営するのは危険だと考えた彼は、だからルールは複雑でなく、シンプルにすべきだと主張した。知識の限界を認識することは重要だ。金融危機後、その視点は一段と大事になった」

 ――不完全な海図で航海をするようなものですね。

「海図はあるが、粗っぽい海図だ。細かい部分はなく、部分的に間違っているかもしれない。でも、前に進む必要がある。あきらめるわけにいかない。知識が限られる中で、どう現実的に状況を把握し、政策を採用するかという問題だ」

――金融政策をめぐる論争や研究は今後、どう進展するのでしょう。

政策金利がゼロとなった後の対応に関しては多くの研究がある。ただ、個人的には金融政策でできることはすでに限られているとみている。大事なのは先に挙げた金融市場の監視・監督、そして財政問題だ」

――財政問題では、公的債務の膨張を懸念する声が長年上がっていますが、問題は起きていません。

「だが議論をテーブルから下ろすのは危険だし、早めに対応すれば問題を正しやすい。私は政治学者ではないが、議会と大統領が政治ゲームを繰り返し、長い目で見た問題の解決よりも、目先の政治的な得失ばかりを考えているのが腹立たしい。これが問題の解決に向けた本質的な議論を妨げている」

――市場は効率的な否かという、シラー教授とファーマ教授の相反する主張をどうみますか。

「報道のせいもあるが、低いレベルの論争が繰り返されている。完全に合理的な投資家を想定するのは間違いだし、それを間違いだと指摘すること自体にはそう意味がない。真の論点は、市場が完全に効率的になることをどんな要素が、どの程度阻んでいるのかだ」

「合理的とか、非合理的な行動とは一体、何を意味するかという問題もある。私自身、政策当局者が複雑な環境の中で、どう的確な意思決定ができるのかについて、よく思い悩む。人の行動が合理的か否かを判断するのは難しい。また行動経済学において、この環境では人々はこう行動し、違う環境ではこう、と環境ごとにモデルがあるのでは有益でない。より一般的で、よく練られたモデルが必要だ」

――実証研究が弱い分野では、政策論争が落ち着きにくい、と指摘をしています。モデルや計量経済学の発展で、政策論争における溝が少なくなると思いますか。

「良いモデルは、間違いなく溝を埋めるのに役立つだろう。ただ溝は完全には埋まらない。政策面での難題は存在し続ける。歴史的にも多くの理論を巡って、そうした状況が繰り返されてきた」

――例えば経済格差の拡大にどう対応するかという問題では、リベラル派と保守派で意見対立が鋭くなるばかりです。

「まず所得の再分配を強めた場合、意欲の低下によって成長がどれくらい阻まれるかという問題がある。この点の証拠ははっきりしていないから論争は続くだろうが、実証研究で少しずつ理解は深まると思う。一方、より格差の少ない社会がいいか否かは好みの問題だから、経済学がどう貢献できるかは定かでない」

「個人的には技術革新などに取り組む動機が弱まることは心配だ。この不況から抜け出すには、企業や雇用創出が不可欠だからだ。他方、多くの人々が社会は不公正だと感じていることの弊害も大きい。機会は平等だが、結果は個人しだいという『アメリカン・ウェー』について、よく考える。いまだ十分に実践されたとは言い難いが、誰もが成功できるという考え方は大事だと思う」

――いわゆるアメリカン・ドリームは色あせているようにも見えますが。

「この建物の保守・管理を担当している人物がいる。移民で、明らかに優秀な人物だ。そして彼の娘は近く、このシカゴ大を卒業する。つまり一代で学業的な飛躍をとげたわけだ。才能のある人々を引き上げる力学がこの社会にはある。それが増えるのが理想だ」

 ――例えば、学費ひとつとっても、大学への進学が難しくなっています。

「興味深い論点だが、聞く人を間違っているかもしれない。というのも、私が初めに学んだ大学は、超一流というわけではない。ある日、私の息子がやって来て『お父さんの大学の合格率はどれくらいか知っているか』と聞かれたので、分からないと答えると『96%だ』と教えてくれた。つまり、ほぼ誰でも受け入れる大学だった」

「幸運にも私は、そのユタ州立大学で何人かのいい恩師に出会い、知的に多大な影響を受けた。だから私の考えでは、多くの親や若者は一流大学に入ることばかりを考えすぎている。米国には質の高い教育を提供する大学がたくさんあり、本人しだいで多くを学ぶことができる」

 ラース・ハンセン氏 投資家の予想と資産価格の関係などを統計的に分析する「一般化モーメント法」の開発で受賞。計量経済学の分野で研究実績がある。経済学会と政策当局を橋渡しする活動にも力を入れる。ユタ州立大で数学と政治学を学んだ後、ミネソタ大で経済学博士。1981年からシカゴ大で教える。イリノイ州出身、61歳。

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