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格闘家ヒクソン 恐怖心は味方、不安は敵で最強伝説

世界の格闘技界に大きな衝撃を与えた「グレイシー柔術」。中でもグレイシー一族最強の使い手として1990年代に日本でも活躍、現役時代に「400戦以上無敗」とされる輝かしい実績を残したヒクソン・グレイシー氏(54、ブラジル)は伝説の格闘家だ。「最強の男」は総合格闘技の世界でいかに戦ってきたのか。戦いの足跡、柔術や日本への思いを聞いた。

現役時代に「400戦以上無敗」とされる輝かしい実績を残したヒクソン・グレイシー氏

競争心強く、勝つため人一倍努力

――振り返ると、どういう現役生活だったか。

「まだ若かったときは、自分自身のために戦っていたところが大きかった。それが年齢を重ね、強くなっていくにつれて、自分のためだけではなく、自分の弟子のため、自分のことを目標とする人のために戦うようになってきた。『私は人々に対していい影響を与えることができる』と実感したとき、やりがいというものが出てきた。それは非常にうれしく、幸せなことだった」

――「400戦以上無敗」という成績をなぜ残すことができたと思うか。

「まず父親(グレイシー柔術創始者のエリオ・グレイシー氏)の道場で柔術を教わったということ。2番目は、私はものすごく競争心が強い性格で、とにかく負けないため、勝つために、人一倍の努力をしてきた。3番目は、『絶対に勝てるだろう』と過信をしなかったことだ。努力、努力、努力だと思って、慢心しなかった。一試合一試合を大切に、常に初戦だと思って挑む気持ちで試合に臨んでいた」

リングに立てば心は無の状態に

――気持ちのコントロールは大変難しいと思うが。

「戦う者にとって一番の恐怖は負けることだと思う。ただ、私にはそういう気持ちはなく、リングに立った時点で心は『無』の状態になる。『きょう死んでもいい』という覚悟でリングに立つ。たとえ死んだとしても、ベストを尽くしたという思いだけがあるので、本当に恐怖心は感じない。その場に委ねるという気持ちになると、恐怖心は感じないし、冷静さを保つことができる」

「もちろん試合前には恐怖心はある。恐怖心を持たない者は愚か者だ。私は恐怖心は味方だと思っている。恐怖心がなかったら、自分をここまで磨くこともなかっただろう。ただ、リングに立った時点では、その恐怖心は必要がなくなる」

――試合前の準備で心がけていたことはあるか。

「肉体的には試合までに計画を組んで少しずつ鍛えていき、瞬発力もあり、持久力のある体づくりをめざしていた。そして技をかけるタイミングや、臨機応変に動けているかなど、練習の段階から常に意識していた」

「成功する人としない人の違いというのは、苦労を苦労だと思わないくらい、楽しめるかどうかだと思う」

「技の習得など、自分が一番になろうと思えば、楽しいことだけでは絶対に済まされない。苦しみは付きものだ。だが、成功する人としない人の違いというのは、そういった苦労を苦労だと思わないくらい、楽しめるかどうかだと思う。私は練習中も自分の技術を表現できる場があるということに常に感謝していた。それ以前に、生きていることに感謝していた」

頭に氷水かけられて目が覚める

――これまで一番苦戦した試合は。

「(プロデビューした20歳のころの)レイ・ズールとの一戦だ。1ラウンド目にスタミナが切れ、ものすごく疲れてしまった。一瞬『自分は勝つことができるのか』と不安がよぎった。1ラウンド終了後のインターバルで、父親に『もう戻りたくない。限界がきた』と言った。父親は『おまえならいける。大丈夫だ』と励ましたが、それでも私は『本当に限界だ。無理だ』と言った。その瞬間に、バケツに入った氷水を頭にかけられて目が覚めた。そこから最終的には自分が勝った」

「その試合で、自分の一番の敵は何だったのかというと、自分の心だということに気づいた。あそこで『勝てないのではないか』という不安が自分の一番の敵だった。そこで私は『もう二度と自分にあきらめない』と誓った」

目に大ケガ受けても冷静さ崩さず

――2000年に東京ドームで行われた船木誠勝戦では試合中に左の眼窩(がんか)底を骨折したということだが。

「実をいうと、殴られた瞬間に目が全く見えなくなってしまった。リングに寝そべり蹴られていることは感じていたが、目は見えないままだった。セコンドについた弟から『立て、立て』と指示があったが、そのときは目を触ることもできなかった。触ると目をケガをしたのではないかと相手に悟られてしまうからだ」

「そういう状況でも私はパニックになることはなく、冷静さを崩すことはなかった。目が見えるようになるまで待ち、視界が戻ってくると、私は立って突然攻撃を仕掛けて仕留めた。心がぶれることはなかった」

――日本では心技体という言葉あるが、心が一番大切なのか。

「その通りだ。心が一番大事だ」

――現在の総合格闘技界をどう見ているか。

「(米国の総合格闘技団体の)UFCが世界的に盛り上がっているが、1ラウンド5分間という今のルールでは、技術よりも、始めから終わりまで攻撃をしていることが重視される。昔は階級もなく、時間も制限されていなかったから総合的な強みがある者が勝っていたが、今は階級も細かく刻まれ、時間制限もあるから防御や技術の要素が大変少なくなってしまった。武道からは離れてしまっている」

小さい者が効率良く勝てる柔術

――00年代後半に引退を決めたということだが、現在の生活や今後の目標は。

「引退を決めて次のステップ、第二の人生をどうするか考える必要があった。自分を見つめ直した結果、柔術は自分の人生の大部分を占めていて、柔術にこれからの努力をささげるのは意味のあるものだと気づいた」

「武道の中でも柔術は自分を知るために一番適した格闘技だと思っている。立ち技があり、寝技があり、組み技や打撃技もあり、体の小さい者が大きい者に勝つために一番効率のいい格闘技だ。自分が覚え、これから伝えようとしている柔術は、武士道ともつながっている」

柔術の知名度、世界で上げたい

「現在は日本向けに本を書いたり、世界各国に飛んで柔術セミナーを開いたりしている。今年は米国の8カ所や英国、オランダ、スコットランド、日本やブラジルも回った。日本では全日本柔術連盟を設立したが、世界で柔術連盟を立ち上げるために準備を進めている。柔術の競技人口を増やし、柔術の知名度をどんどん上げていきたい」

――日本のファンへメッセージを。

「私は日本に来るのが大好きだ。『フクシマ』の問題一つとっても、他の国ではあり得ないスピードで復興に向かっていて、日本という国は常に進化していると感じている。ただ、残念ながら社会は忙しく、精神と向き合っていく時間が少なくなってきたと思う。忙しさのなかで日々自分と向き合い、より幸せな人生とは何か、より幸せな人生にたどり着くには何をしなければならないかを考えてもらいたくて、本を出した」

「日本人は優しく、礼儀正しく、おもてなしの心がある。それは、この国に武士道があったからではないかと思っている。武士道の精神をほかの国も活用してほしいと思う」

(聞き手は金子英介)

 ヒクソン・グレイシー氏 柔術家。1959年11月21日生まれ、54歳。ブラジル出身。世界の格闘技界に大きな影響を与えた「グレイシー柔術」の最強の男として知られ、戦績は「400戦以上無敗」とされる。
 総合格闘技の試合では、178センチ、85キロ前後の体で、相手を寝かせてからの絞め技や関節技、馬乗りになってからのパンチで、日本のプロレスラーや格闘家を次々と撃破した。94、95年に総合格闘技トーナメント「バーリ・トゥード・ジャパン・オープン」で2連覇。97、98年に高田延彦、2000年には船木誠勝を下した。結果的には船木戦が現役最後の試合となった。
 08年に全日本柔術連盟を設立し、会長に就任。現在は世界各地を飛び回って柔術の普及に努めている。近著に「心との戦い方」(新潮社)。

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