妻の老後と子供のために 円滑なマイホーム相続
遺言や贈与、リフォームを活用
共有回避が基本

東京近郊の一戸建てに住む主婦、山村紀子さん(仮名、71)は最近、夫の勇さん(同、74)とともに出向いた公証役場で思わず目頭が熱くなった。「まず妻の生活安定が最優先」と考えた勇さんが作成した遺言書は、自宅すべてと金融資産の大半を紀子さんに相続させるもの。さらに遺言書の最後に付け加える「付言」には紀子さんへの感謝の気持ちがつづられていた。
この遺言書の作成を支援した三井住友信託銀行の財務コンサルタント、後藤真二氏は「自宅は生活の基盤。法定相続分を超えても、配偶者がすべてを相続したほうがいい」と助言する。紀子さんと同じ71歳の女性の半数は90歳まで、4人に1人は95歳まで生きる。後藤氏は「自宅を単独で相続しておかなければ、まとまったお金が必要になった時に自分の判断だけで売却できなくなる」と指摘する。
総務省の調査によると、65歳以上の高齢者世帯の純資産は平均で約5000万円。その約6割がマイホームなどの不動産だ。分割が容易でなく、トラブルの芽になりやすいため不動産の共有を回避することは円滑な相続の基本だ。
実は勇さんと同時に紀子さんも遺言書を作成しており、夫婦の死後、自宅は2人の息子にいったん共有で相続させるが、その後売却して現金を均等に分けるよう付言事項を付けた。もっとも夫婦の気が変わって息子らに相続させずに売却するのは自由で、遺言を書き換える必要もない。

子どもが2人以上いる夫婦が何らかの理由でだれか1人に自宅を相続させる場合、遺言の付言事項などで念入りに説明するとともに、どの子にも等しく愛情を注いできたことを強調しておきたい。
「相続の手続きが不安だったけれど、これで気持ちが楽になった」。夫に先立たれた高齢の妻にとって、相続はトラブルがなくても荷が重いもの。世田谷区の主婦、安藤文子さん(同、76)は昨年12月、夫の茂さん(同、85)の名義だった自宅を夫婦共有にしてもらった。基礎控除が縮小される15年以降に茂さんが亡くなっても税務署への相続税の申告を不要にしたのだ。
安藤さん夫婦は、20年以上連れ添った夫婦の間で居住用不動産を最高2000万円まで非課税で贈与できる「おしどり贈与」の制度を利用した。茂さん名義の財産は自宅を含めて約6000万円あったが、文子さんへの贈与で約4000万円に減った。15年以降に文子さんと長男(53)の2人が相続しても基礎控除の4200万円に収まる。
この贈与を扱った税理士法人チェスター(東京・千代田)の福留正明代表は「登録免許税と不動産取得税で約60万円かかるが、税理士と契約して相続税の申告をする手間とコストを考えれば、十分に検討に値する」という。おしどり贈与には長年連れ添った妻の「内助の功」に報いるという面もあり、11年は約1万4000組の夫婦が利用した。相続財産が基礎控除を少しだけ上回りそうな夫婦には選択肢の一つになりそうだ。
夫から相続した都内の一戸建てで一人暮らしをしている田中節子さん(同、75)は昨秋、築30年近い自宅をバリアフリー構造に改修し、浴室設備を最新のものに入れ替えた。離れて暮らす娘2人が「お母さんがずっと快適に住めるように」と勧めてくれたからだ。思い切って約700万円を投じたが、実はこのリフォーム費用の約3割は相続税の節税でまかなえる。
評価額上がらず
田中さんの自宅の土地は約740平方メートルと広く、これだけで評価額は1億4000万円。家屋やその他の金融資産を含めると相続財産は2億円近くにのぼる。基礎控除が縮小される15年以降に田中さんが亡くなり、娘2人がそのまま相続すると税率30%で約3200万円の相続税を納めることになる。

一方、田中さんが預金を取り崩してリフォーム費用に充てても、その分だけ家屋の評価額が上がることはない。固定資産税は基礎と柱だけを残して改築したり、大幅な増築をしたりしない限り、リフォームでは評価額が変わらないことが多いからだ。このため田中さんの相続財産は約700万円減り、結果的に約210万円の節税になる。
税理士法人レガシィ(東京・千代田)の天野隆・代表社員税理士は「日々の生活の精神的な満足感が高まるうえ、結果的に節税にもつながる」とこうしたリフォームを評価する。もっとも、一人暮らしの高齢者が自分だけのために数百万円のリフォーム工事をするのはためらいもあるので、天野氏は「相続対策を進めるきっかけとして、相続人となる子どもから提案してはどうか」と助言する。(表悟志)
[日本経済新聞朝刊2013年11月20日付]