トルコへ原発輸出、三菱重に影落とす巨額賠償問題
編集委員 安西巧
トルコへの原発輸出が注目を集めている。三菱重工業などが参加する国際コンソーシアムが10月30日、トルコ政府と原発建設のフィージビリティースタディー(FS=事業化可能性調査)の枠組みについて正式合意に達した。5月と10月、半年間で2回も同国を訪問してプロジェクトを後押しした安倍晋三首相はレジェプ・タイープ・エルドアン首相との会談で「大変喜ばしい」と笑顔で握手を交わした。ただ、盛り上がる政府側とは裏腹に「今後ファイナンスの枠組みや電力販売契約などについて交渉を詰めていく」と三菱重工が同日公表したコメントは慎重。今後FSに2年程度時間をかけ、採算性などに問題がなければ正式に契約を結ぶという。確かに「受注確実」と手放しで浮かれられない事情が同社にはある。米国での補修トラブルをめぐる巨額賠償問題で浮き彫りになった「原発輸出リスク」である。
首相が受注の旗振り

トルコの原発プロジェクトの予定地は北部の黒海南岸シノプ地区。ここに三菱重工と仏アレバ社が共同開発した出力110万キロワット級の加圧水型軽水炉(PWR)「ATMEA(アトメア)1」を4基建設する。2023年に1号機が稼働予定で、総事業費は約220億ドル(約2兆1700億円)を見込んでいる。
事業母体となる国際コンソーシアムには三菱重工と伊藤忠商事、フランスの電力・ガス大手GDFスエズ、トルコ国営電力会社(EUAS)の4社が出資する。出資額は合計約66億ドル(約6500億円)で、コンソーシアムの株式持ち分比率はEUASが最大49%、伊藤忠が10%超とみられる。出資額を超える事業費は日本の国際協力銀行(JBIC)や民間金融機関からの借入金などで賄う方針だ。
トルコにとっては、地中海沿岸のメルシン地区でロシア国営原子力企業ロスアトムの傘下企業が受注しているアックユ原子力発電所(120万キロワット級を4基建設。20~23年に1基ずつ稼働予定。総事業費200億ドル)に続く2カ所目の原発プロジェクトになる。トルコは昨年の1人当たり国内総生産(GDP)が1万500ドル、10年間で3倍の水準になるなど経済成長が著しく人口も増加。発電用エネルギーの約7割を輸入に依存しており、03年の就任以降、目覚ましい経済成長を実現してきたエルドアン首相は電力安定供給を掲げて一時は中断していた原発建設に舵(かじ)を切り、現在は30年に国内発電量の15%を原子力にする計画を打ち出している。
アックユ、シノプに続く3カ所目の原発もトルコは予定している。建設地は未定だが、日本勢がFSを実施することを日本、トルコ両政府間で決定済み。この3カ所目の原発について、トルコ政府は海外勢に全面発注するのではなく、国内勢の参加を想定。そのための人材育成や技術力強化に日本の協力を求めている。先の安倍、エルドアン両首相の会談で署名された共同宣言に、両国の科学技術協力が盛り込まれたのはこのためだ。
トルコの原発プロジェクトの総事業費は1カ所あたり2兆円規模。3カ所なら総額6兆円。世界の原発メーカーが色めき立つのも無理はないが、一方でリスクの多さも際立っている。
まず、トルコは日本と同様に地震多発国である。過去半世紀に1000人以上の死者が出た大地震が7回発生。このうち1999年8月にイスタンブールを含む北西部で発生したマグニチュード7.6の地震では約1万7000人が死亡した。この北西部地震からほぼ1年後の2000年7月、当時のエジェビット首相は地震専門家らの反対を受け、1997年から進めていたアックユ原発の計画を白紙撤回している。また、2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第1原発事故の直後にはギリシャのパパンドレウ首相(当時)がエルドアン首相に電話をかけ、トルコの原発計画を中止するよう要請したこともあった。
トルコ国内にも当然、原発反対運動がある。シノプ地区は1986年のチェルノブイリ原発事故で小麦や生乳に放射能被害が及び、黒海産の水産物も風評被害に遭遇した経緯があり、地元の農業、漁業関係者を中心に根強い反対運動がある。原発建設で生まれる雇用や地元への助成金、さらに高い経済成長などで反対運動の広がりは限定的だが、その抑制効果もエルドアン首相率いる現政権の指導力に左右される。
地震国トルコ、原発反対運動も

今年5月末にイスタンブールで起きた反政府デモは五輪誘致をにらんで進められた都心の再開発計画に対する環境活動家らの抗議(公園の樹木伐採に反対する座り込み)がきっかけであり、そこに現政権の強権政治に不満を持つ世俗派市民が合流して規模が拡大した。高速道路や原発の建設にも批判の矛先が向いており、エルドアン政権のリーダーシップが揺らげばこれらのプロジェクトの先行きが不透明になることは十分考えられる。
さらにトルコの原発プロジェクトで懸念されるのは度重なる計画変更やシビアな契約交渉。シノプ原発を巡っては2010年以降、最初に優先交渉権を持っていた韓国が受注に際してトルコ側の政府保証を求めたために同年11月に決裂、次に東芝や東京電力を中心にした日本勢が交渉相手となったが、11年3月の福島第1原発事故で東電が撤退したため受注活動は白紙に戻った。
12年2月に韓国の李明博大統領(当時)がトルコを訪問して韓国との交渉が再開したが、これも首尾よくいかず、同年4月にはエルドアン首相が訪中して原子力協定を締結。一時は原子力関係者の間で「シノプは中国で決まり」とまでいわれたが、昨年末から年明けにかけ、三菱・アレバの日仏連合が新たに浮上。今年5月には受注内定にこぎ着けた。背景には、サルコジ前政権時代には欧州連合(EU)加盟問題などを巡って悪化していたフランスとトルコの関係がオランド政権になって劇的に改善したことに加え、日本でも原発輸出に前向きな安倍政権が誕生したことがあると解説されている。原発プロジェクトの政治色の濃さを象徴するエピソードといえる。
相手を目まぐるしく替える交渉術は条件面のどん欲さの裏返しでもある。一部報道によると、ロスアトムが受注したアックユ原発は建設費がロシア側の全額負担で電力供給計画の保証義務も負わせた。トルコ電力卸売公社が原発稼働後15年間の電力購入契約を結び、建設費相当額を支払っていく。スマートフォンやタブレット(多機能携帯端末)の分割払いの仕組みに似ており、トルコ側の資金負担(調達コストなど)は大幅に軽減される。これから本格化するシノプ原発のファイナンス交渉でも同様の要求があると見て間違いなさそうだ。
こうした原発セールスをめぐるディスカウント交渉はトルコだけの専売特許ではない。欧州やアジア、中東などの各国の原発市場にフランス、ロシア、日本、中国、韓国、それに米国のメーカーがひしめき、それぞれ政府を巻き込んで熾烈(しれつ)な受注競争を繰り広げている。昨今、受注獲得が目立つのはロシアと中国でいずれも国ぐるみの手厚い資金支援を売り物にしている。例えば、今年8月に決まったパキスタン南部カラチの原発計画(100キロワット級2基を建設)は中国核工業集団(CNNC)の受注が見込まれ、1兆円近い建設費の7割強を中国が融資すると報じられている。
そのCNNCは10月半ば、中国国有企業である広核集団(CGN)と共同で英国南西部ヒンクリーポイントの原発新設計画(仏アレバ社製の欧州加圧水型炉〈EPR〉を2基建設、23年稼働予定)に参入することが明らかになった。CNNCは東芝傘下の米原発大手ウエスチングハウス(WH)社から技術導入して中国国内で原発建設を進めている。

これまで英政府は安全保障上の問題から中国企業の原発事業参入に難色を示していたが、福島第1原発事故などをきっかけに英国内の原発プロジェクトから撤退する企業が相次ぎ、暗礁に乗り上げるケースが続出したことから従来方針を転換。中国企業に門戸を開くことになった。
ヒンクリーポイント原発は当初、英電力・ガス会社セントリカ社とフランス電力公社(EDF)の共同事業だったが、今年2月に「コストと建設計画が不透明」との理由でセントリカ社が撤退。残ったEDFが新たなパートナーを探していた。同原発の総事業費は160億ポンド(約2兆5400億円)。EDFが45~50%、仏アレバ社が10%をそれぞれ出資予定で、新たに加わった中国企業2社の出資比率は計30~40%になる見込み。
このほか、エーオン、RWEのドイツ電力大手2社が昨年3月、英国の原発事業から撤退。両社合弁で設立した英原発会社ホライズン・ニュークリア・パワー社(英国内2カ所で最大6基の原発新設を計画)は、日立製作所が昨年11月、約890億円で傘下に収めた。
原発離れ進む欧州の電力市場
また、英国中部セラフィールドで最大360万キロワット(2~3基)の原発新設を計画していた英ニュー・ジェネレーション(ニュージェン)社は10年に仏GDFスエズ社とスペイン電力大手イベルドロラ社、英スコティッシュ・サザン・エナジー社が共同出資で設立した原発会社だったが、11年にスコティッシュが撤退。ここに来てイベルドロラも保有株(50%)をすべて東芝の子会社WHに売却する方向で交渉が進んでいる。東芝はGDFスエズの保有株も一部買い取り、百数十億~200億円を投じて年内にもニュージェンを傘下に収める方針。
欧州の電力ビジネス市場ではフランスを除く各国の企業が原発から距離を置き、その空白を日本や中国のアジア勢が埋めている構図が浮かび上がる。日立は3.11以降、日本国内での原発新設が見込めなくなったため、英国内で4~6基の新設計画を持つホライズン社買収に踏み切った。だが、建設費だけで投資額は約2兆円と巨額なため、17~18年に予定している着工までに、現在100%保有しているホライズン社株を投資ファンドや電力会社に売却して出資比率を50%未満に下げたい考えだ。
ただ、欧州勢は及び腰なうえ、中国勢も本来はメーカーのため製造が主体。「ものづくりのうまみが無いし、ただでさえ日中合弁は難しい」と関係者は話す。ホライズン社株の売却が難航すれば、日立は過大なリスクを抱え込むことになる。「自動車メーカーが需要確保のためバス会社やタクシー会社を買うようなもの。うまくいく可能性は小さい」(重電担当アナリスト)との指摘もある。
原発メーカーのリスク管理に大きな影を落としているのが、三菱重工が遭遇している米国での巨額賠償問題だ。同社は09~10年に米カリフォルニア州にあるサンオノフレ原発に交換用の蒸気発生器を納入したが、その配管が摩耗し12年1月に放射性物質を含む微量の水が漏れ、稼働を停止するトラブルがあった。
同原発の事業母体である南カリフォルニア・エジソン社(SCE)は再稼働を目指したが地元住民らの反発で断念。今年6月に2基の原発の廃炉を決め、損害賠償を三菱重工に求める方針を通告してきた。10月半ばに明らかになったSCEの賠償請求額は40億ドル(約3900億円)。三菱重工は「不適切な内容で根拠がない。契約上の責任上限は1億3700万ドル(約135億円)だ」と反論しており、双方は国際的な仲裁機関である国際商業会議所(パリ)で争う構え。

三菱重工のみならず、原発メーカーにとって衝撃だったのは、契約で定めた賠償の上限を超えた金額を請求されたことだろう。この件では米原子力規制委員会(NRC)も今年9月、三菱重工が細管の摩耗を予測するシミュレーションで使用した「コンピューターモデルが不適切だったことが、蒸気発生器の設計の欠陥につながった」と文書で指摘している。海外の原発プロジェクトでいったんトラブルや事故を起こせば、国民の関心が強いだけに、官民そろって責任追及に動くという現実を原発メーカーは見せつけられた。
サンオノフレのケースは原発先進国の米国が舞台であり、交換用部品の納入がトラブルの端緒だったが、昨今の日本勢が受注活動に熱心な欧州やアジア、中東の原発市場では事業母体に出資を余儀なくされたり、数十年間の運転保証を求められるなど、各社が背負うリスクは膨らむ一方だ。
インドでは9月に法務長官が原発事故による損害賠償の請求権について「行使を希望するかどうかは原発の運営者が決められる」との法解釈を示し、同国での原発推進のネックになっていた「厳格な製造物責任の追及」が緩和されたと歓迎する声が世界の原発関係者の間に広がった。ただ、この発言がインドでの原発ビジネスのハードルを下げることになるというのは早計かもしれない。いったん深刻な事故が起き、多大な犠牲者が出れば、責任追及は"政治"の色彩を帯びてくるからだ。
「原子力事業、商業的には成り立たない」
運営者がトラブルや事故を起こした原発のメーカーに寛大な対応をすることは考えにくい。国民感情を考慮するなら、メーカーが外国企業の場合は特にそうだろう。サンオノフレのケースでいえば、運営者は巨額の賠償請求を突きつけたSCEであり、監督当局のNRCも同調している。三菱重工の責任追及には地元カリフォルニア州選出の上院議員も暗躍した。
原発ビジネスはセールスからリスク管理に至るまで政治の関与がますます不可欠になりつつある。
「いまの原子力は『国家事業』だ。つまり商業的には成り立たない」(10月10日付日本経済新聞朝刊「真相深層」)
米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフ・イメルト会長兼最高経営責任者(CEO)のこの指摘は確かに的を射ている。日本政府や原発メーカーの経営者はどう解釈するだろうか。