子供いても、いなくても… 妻の相続守る夫の遺言
トラブルを防ぐ心得
「夫の両親と財産の話をするのは大きな負担だった」。東京都内に住む30代のAさんはこう振り返る。金融機関に勤めていた30代の夫は数年前、病気で他界。遺産分割の対象として預貯金300万円が残された。
法定相続人である義理の両親、Aさんの3人で協議したところ両親は預貯金全額をもらうと主張。遺言書もなく夫を亡くして精神的につらかったAさんは両親の主張を受け入れ、分割対象外の生命保険金1000万円のみを得た。
子どものいない夫婦のどちらかが亡くなると法定相続分は配偶者が3分の2、被相続人の両親は3分の1だ。両親が亡くなっている場合は妻が4分の3、被相続人の兄弟姉妹が4分の1となる。
ただ法定相続人が全員合意すれば規定通りである必要はなく、Aさんの例がそれに当たる。「子どものいない夫婦で築いた財産が配偶者以外の人の手に渡るとは想像できないかもしれないが、現実にはよくあるケース」と税理士の板倉京氏は話す。
子どものいない夫婦で配偶者が亡くなり、遺言書がない場合はトラブルになりやすく、遺産分割協議を進めるのに手間もかかる。協議がまとまらないと、亡くなった配偶者の預金を下ろすのにも相続人全員の同意が必要になる。
贈与財産が問題に
特にやっかいなのは義理の両親から贈与された財産がある場合だ。夫の遺産を相続した妻が亡くなると、その財産の相続権は妻の両親や兄弟姉妹が持つ。例えば夫の生前、夫の両親から譲渡された株式や現金がある場合。相続後に妻が亡くなれば妻の親族に渡ることになるため、夫の親族ともめる原因になりやすい。

「子どものいない妻は夫に遺言を書いてもらうべきだ」と板倉氏は強調する。妻にすべての財産を残すと遺言書にあれば兄弟姉妹に遺留分はなく、妻1人で引き継ぐことができる。両親に遺留分はあるが、妻に残したいので遺留分は主張しないでほしいと書き添えれば納得することが少なくないという。
相続でもめるのは子どものいない夫婦だけではない。「仲の良かった家族がこうなるとは」。東京都に住む女性社長のBさん(52)はこう話す。別の会社を経営していた父(81)が亡くなったのは6年前。20億円以上の相続財産と「事業は次男に、その他の財産の分割方法は妻に任せる」という遺言書が残された。
子どもは男2人、女3人の5人で、Bさんは次女。母(81)が5人への配分を考えれば丸く収まるはずだった。しかし夫を亡くした母は急に気弱になり、話をまとめると言い出したのが次男(58)だ。
法定相続は妻が2分の1で、残りの2分の1が子ども5人の分。だが両親と同居していた次男は事業を継ぐことを理由に「財産はほとんど自分が相続する」と主張。ほかの兄弟との関係が悪化した。
分割協議は被相続人の死後10カ月の相続税申告・納付期限を過ぎてもまとまらず、利子税が発生。負担増を嫌ったほかの4人が折れ、次男が7割以上を引き継ぐことが決まった。母は自宅と預貯金の一部を受け取ったが、2分の1の法定相続分を大幅に下回った。分割協議に疲れ、遺産を受け取らずに絶縁した兄弟もいたという。
子どもがいても、いなくても相続のトラブルを避けるには遺言書が欠かせない。特に残される可能性が高い妻は夫が元気なうちに遺言書を作ってもらう必要がある。
まず一覧表作成を

ただ元気な夫に「遺言を書いて」といきなり依頼してもうまくいかない場合が多い。税理士の飯塚美幸氏は「夫が軽い検査入院をしたときなど頃合いを見計らって、私も心配だからと持ちかけてみるのがポイント」と話す。
遺言書はどんな金融資産や不動産があるのかをできるだけ具体的に書き、遺産の分割方法を明確に記してもらうこと。加えて「最後に付け加える『付言』で本人の思いを十分に書くことも大切」(税理士の近藤伸一氏)という。付言に法的な拘束力はないが、遺産の分け方を決めた思いを書けば遺言書の内容を納得できる場合が多いという。
夫が遺言書を渋る場合は、最低でも財産の一覧表を作ることや生前の戸籍謄本をすべて集めることを頼みたい。いずれも遺産の分割協議には必要だが、本人でないと詳細が分かりにくい。事前に作っておくだけで協議の負担を軽くすることができる。(川本和佳英)
[日本経済新聞朝刊2013年11月6日付]