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上原、14年後の歓喜 つながった2つの涙

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2013/11/6 7:00
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1999年、巨人のルーキーだった上原浩治は不本意な「歩かせ」を指示されて、涙を流した。ワールドシリーズでレッドソックスのクローザーとして流した涙の源流をたどっていくと、14年前のあの悔し涙にたどり着く。

ベンチからの「歩かせ」指示に耐えかね

大体大から巨人入りするときすでに、メジャー入りか、という話もあった。もともと海外志向はあったわけだが、それが決定的なものになったのはあの"事件"がきっかけではないか。

1999年10月5日。上原は新人としては木田勇(日本ハム)以来20年ぶりとなる20勝をかけて、神宮のヤクルト戦の先発マウンドに上がった。

すでに中日が優勝を決め、いわゆる消化試合であるこの一戦でみるべきものは並外れた新人の快記録の行方のみだったが、ここで予期せぬ一幕があった。

いつものストライク先行の投球で、快調にヤクルト打線を抑えてきた上原が、七回1死無走者からロベルト・ペタジーニにストレートの四球を与えてしまう。目をつぶってでもストライクが取れそうな上原としてはありえない四球だった。

ベンチの指示だった。本塁打王を狙う同僚の松井秀喜が、1本差でペタジーニに迫っていた。そのタイトル取りをアシストし、ペタジーニに打たせまいというベンチの配慮だった。もともとヤクルトサイドが松井との勝負を避けていたからでもあり、巨人ベンチとしてもやむを得ないものだった。しかし、上原は"敗退行為"とも取られかねない四球を与えることに耐えられなかった。

ベンチで号泣「やっていい敬遠と…」

日本球界では恒例だった「タイトル奪取のためなら何でもあり」の悪習に、プロ初登板以来「ただ負けたくないという気持ちだけでやってきた」という新人が巻き込まれた。悔しさのあまり、ベンチの中でも号泣した。

「大学でも敬遠をしたことはある。ただやっていい敬遠と……」。通常の言い回しとしては当然その先に「やってはいけない敬遠がある」とくるのだろうが、上原はすんでのところで踏みとどまっている。そこまで話したら、首脳陣批判とされる恐れがあった。

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