相続トラブルで受難 女性を救う遺言のススメ
「婚外子の相続差別は違憲」。9月4日の最高裁の決定が波紋を広げている。結婚していない男女の間に生まれた子ども(婚外子)の相続分は、法律上の妻との子(嫡出子)の2分の1にするという民法の規定が、導入から1世紀以上たって覆されたからだ。
婚外子も同等の権利

決定が出たのは2001年に亡くなった2人の男性の遺産分割審判の特別抗告審。訴えたのはともに内縁関係の女性との間に生まれた婚外子だ。「法改正はまだだが、下級審は最高裁決定に縛られる。今後、嫡出子も婚外子も相続は同等と考えるようになる」と、弁護士の榊原富士子氏は説明する。
法律上の妻や子には逆風といえる判断。婚外子側は「認められて幸せ」と話す一方、子と妻らは「違憲判断に絶望した」とのコメントを出した。妻の法定相続分は変わらないが、今後、自宅など必要な相続財産を確保するには、夫に遺言でその旨を書き残してもらうことが欠かせない。
15年の相続税改正を前に関心が高まる相続。主役は女性だ。相続が発生すると法定相続人には第一に配偶者が就く。夫婦では夫が先に死ぬ確率が高く、妻になることが多い。
相続する財産が、その後の妻の人生を支える部分も大きい。平均余命でみれば2人に1人の女性が90歳近くまで、4人に1人は95歳近くまで生きる。「妻が先立つと夫は1.5年で死ぬが、夫が死んでも妻は15年生きる」。こんなデータを聞いた人もいるだろう。
子いなくても協議
だが、実際に相続財産を手にするには、子や親族ら法定相続人との分割協議を越えなければならない。もめることは今や珍しくない。もめれば妻が得る財産が減ることも多い。
「相続でもめる典型的なケースは3つ」。三菱UFJ信託銀行執行役員トラストファイナンシャルプランナーの灰谷健司氏があげるのは、まず子がいない夫婦、ついで被相続人が介護を受けていた場合と財産が家しかない家族だ。中でも「最初の2つは妻ら女性が主役になる公算が大きい」。

近年増えている子がいない夫婦の場合、夫の死後、財産はすべて妻のものと思いがち。だが、これは誤りだ。「夫の父母が存命なら法定相続人となる。父母がいなくても兄弟姉妹がいれば彼らも遺産を受け取る権利がある。兄弟が亡くなっていれば、権利はおいやめいが受け継ぐ」(税理士の松岡章夫氏)。
妻は「予期しない」相続人との遺産分割協議を余儀なくされる。全員の戸籍謄本を集め、書類に印鑑をもらう。疎遠な義理の親族らとの話し合いは相当なストレスを強いる。想定していた財産を受け継げないことも少なくない。
東京都に住む90代の男性が亡くなり、4人の子が相続でもめたケースもよくあるパターン。争点は介護だ。足腰が弱った被相続人の生活の面倒を見たのは長女と長男。協力しなかった次男と三男が求める均等配分に納得できなかった。
長女と長男は寄与分を求めて裁判所に調停を申し立てた。だが認められず、4分の1ずつ分けることに。一時期、多めに遺産をもらえるよう遺言の作成を進めた長女は後悔しきり。「あのとき作っておけば……」
寄与分認定難しく
介護の担い手は女性が中心。妻や娘に加え嫁ということもある。貢献に応じた財産をもらうことは相続人全員が承知すれば可能だ。だが、納得してもらえなければ、法定相続人ではない嫁は泣き寝入りせざるを得ない。妻や娘も調停や審判に持ち込むことになる。
しかも「寄与分の認定はかなり厳しい」(弁護士の大江真人氏)。病院に着替えを届けたことを主張する人がいるが「入院中の介護は病院がするのでダメ。被相続人の財産の維持・増加につながる『特別な寄与』にあたらない」(大江氏)。自宅で、それも相当の時間をとられる状況が必要条件だ。もめて親戚関係が断絶すれば、老後の生活の安定にもマイナスに働く。
相続トラブルから女性を救うには、被相続人が遺言で遺産の分け方を指定するしかない。子がいない夫婦でも夫の兄弟姉妹が相手なら、彼らの遺産の取り分をゼロにして全てを妻のものにできる。献身的に介護をした娘に財産を多く残したり、息子の嫁に遺贈したりすることも可能だ。
遺言は増えている。公正証書遺言は約8万8000件、自筆証書遺言の検認は約1万6000件(12年)と10年前に比べてともに約1.4倍に増加した。とはいえ、120万人を超す日本の年間死亡者を考えれば合計でも1割に満たない。

厚生労働省によると、70歳以上の生活保護受給者は11年7月末で57万人弱と10年前のほぼ2倍に急増。その6割が女性だ。妻の老後を安定させるため、夫婦は元気なうちから遺言で財産の残し方を考える必要がある。今後、女性の老後のお金の問題を継続的に取り上げる。(土井誠司)
[日本経済新聞朝刊2013年10月30日付]