リンクス旅に出かけよう 北海に連なる名コース イングランドの大いなる田舎
ゴルフ作家 山口信吾

■公道越しに高台のグリーン狙う
ロンドン・ヒースロー空港に到着し、レンタカーを借りて午後5時すぎに出発。午後9時すぎに最初の目的地であるケンブリッジに到着。
ヒースロー空港で飛行機を乗り継いで別の空港へ向かうと、車で出発するのが夜になります。異国で夜道を走るのは(特に降雨時には)つらいものがあります。その点、乗り継ぎをしなければ日が高いうちに車で出発して、最初の目的地に余裕をもって到着できます。
リンクス旅でゆっくり観光をすることはめったにありません。プレーするリンクスの数は多いのに旅程にゆとりがないからです。それでも、ケンブリッジを素通りするわけにはいきません。

ヘンリー6世の命によって1446年から100年の歳月をかけて建設されたイギリス・ゴシック様式の代表建築、キングズカレッジ礼拝堂は見逃せないのです。ケンブリッジに2泊してゆったりと過ごし、その後の強行軍に備えることにしました。
3日目の早朝、「フェリックスストウ・フェリー(Felixstowe Ferry)」に向かいます。高低差が少なくほとんどのホールで、ティーグラウンドからフェアウエーを見通すことができる短めのコースです。時差ボケの解消と肩慣らしを兼ねて、まずは手ごろなコースでラウンドするのがオススメです。
手ごろなコースとはいえリンクスなのですから、ラフは手つかずの原野。気楽にプレーしているうちに、油断して深いラフに打ち込んでボールを4つも失ってしまいました。今年は雨量が多くて、ラフの野草が例年より長く密集して生えているのだそうです。ラフにも作柄があるのです。


137ヤードの12番パー3では、車が行き交う公道越しに高台にあるグリーンを狙います。道路の前にフェンスが設けられているとはいえ、目前を横切る車が気になります。意を決して6番アイアンを振ると、ボールは高く飛翔(ひしょう)し、真っすぐグリーンに向かったのです。うれしい!
■「海辺のチェルシー」で優雅にゴルフ
イングランド東部の北海に丸く突き出た半島一帯は、6世紀ごろに成立したアングロ・サクソン七王国のひとつにちなんでイーストアングリアと呼ばれます。ここにあるバーナムマーケットという小さな田舎町に滞在しました。

バーナムマーケットは、田舎町らしからぬ都会的な雰囲気にあふれています。近年、ロンドンの裕福な人々がこの地に別荘を構えるようになり、ロンドンの高級住宅地チェルシーにちなんで、「海辺のチェルシー」と呼ばれているのだそうです。ロンドンからやって来て、別荘やホテルで休暇や週末をすごす人々が多いのです。
バーナムマーケットでは、ホステアームズという名の古い馬車駅を改造した「宿付きレストラン」に泊まりました。ぼくが宿の予約をするときにいつも頼りにしている『ミシュラン・レッドガイド』では、レストランとして記載され、「部屋もある」と付記されています。この宿付きレストランが、連泊してゴルフをするときの滞在先としてなんとも快適なのです。
ホステアームズの朝食は、やわらかな朝日が差しこむ中庭で供されます。10時すぎのスタートなので、朝食をゆったりと食べ、昼食用のサンドイッチをつくってもらって、ゆるゆると出発します。
ラウンドを終えて3時前にホテルに帰着します。シャワーを浴びて着替えても、まだ日は高いのです。表通りをぶらぶらしてから、おしゃれなカフェに立ち寄って紅茶とスコーンのハイティーをします。
夜になれば、ホテルのラウンジに下りて行って、食前酒をのみながらテーブルが用意されるのを待つのです。食事が終わればまたラウンジに戻って食後酒をのみます。少しばかりお酒が過ぎても気にすることはありません。部屋はラウンジの脇にある階段を上ってすぐのところにあるのです。
こんな優雅なゴルフ旅は初体験です。バーナムマーケットに滞在していると、大英帝国が絶頂を極めた19世紀末に戻ったかのような錯覚に陥ります。しかも、こんなぜいたくな命の洗濯をしても、ホステアームズの宿泊代は1人1泊1万6千円、ゴルフ代は6千円。ゴルフ、ハイティー、お酒、夕食を含めても費用はしめて1日約3万円なのです。
■湿地越えの連続ショット、神の造形の妙に感嘆
バーナムマーケットから、のどかな田舎道を10分ほど走れば北海に突き当たります。海に沿ってさらに10分ほど走ると、右手に雄大なリンクスランドが見えてきます。「ロイヤル・ウェストノーフォーク(Royal West Norfolk)」に違いありません。ロイヤルを冠するだけあって優雅な雰囲気のゴルフクラブで、名門にありがちの堅苦しさは皆無です。会員たちも従業員も大変フレンドリーで好感がもてます。


コースの海側には高い砂丘がそびえていて、陸側は広大な湿地帯です。この海と湿地帯に挟まれた細長い砂丘に、18ホールがすっぽり収まっています。また、湿地帯が複雑に食い込んでいます。この食い込んでいる湿地帯を何度も越えて打ち進むのです。神の造形の妙に感嘆します。
8番パー5では、ティーショットに続けて、第2打も湿地越え! たまたま干潮時にプレーしたので、潮が引いて水生植物が顔を出しています。満潮時には、湿地帯は川を遡った海水で満たされるのです。海に突き出した細長い半島から半島へ、次々と飛び越えてプレーするのは大いなる挑戦に違いありません。

9番パー4でも湿地越えの連続ショットが続きます。第2打を刻んで、湿地帯に突き出した砲台グリーンへの第3打は約90ヤード。満潮時であれば、このグリーンは海にぽっかり浮かんだ小島に見えるはずです。手前に切られたカップを狙ってピッチングウエッジを軽く振ると、当たりが悪く一瞬ヒヤッとします。ボールはなんとかグリーン手前に残り、安堵の胸をなでおろします。
翌日、今度は「ハンスタントン(Hunstanton)」に出かけました。北海と川に挟まれた細長い砂丘に、10番ホールで突き当たって戻る古典的なレイアウトの18ホールがすっぽりと収まっています。

12番パー4、13番パー4、14番パー3は盛り上がったコース中央の尾根を横切って進みます。狙い目を示す標柱だけを頼りに何度もブラインドショットを打つのです。212ヤードの14番パー3では、7番ウッドを握って、尾根の向こうに見えるグリーンの位置を示す白黒しま模様のさおを狙って思い切って振ります。思わぬ好ショット!
走り出したくなる気持ちを抑えてゆっくり歩いて尾根を越えると、グリーンに鎮座している白球が目に入りました。うれしい! ブラインドショットをうまく打てたときのうれしさは格別なのです。
バーナムマーケットにゆったりと滞在しながら、2つの名リンクスでプレーする幸せにすっかりはまってしまいました。3連泊では足りず、もっと長居してゴルフ三昧を続けたいと思ったくらいです。ゴルフをしながらこんなに気持ちのよい時間を過ごせる土地はなかなかありません。
■絵のような田園地帯を抜けて
リンカンシャーに入ると、美しい田園風景が続きます。この辺りはイギリス有数の肥沃な土地です。どこまでも広がる田園地帯を抜けて「シークロフト(Seacroft)」に向かいました。
シークロフトは、自然保護区に指定されている5キロにわたって続く美しい海岸と湿地帯と砂丘地帯の一角を占めています。そのため、農薬や肥料の使用が制限され、ラフも勝手に刈ることは許されません。コースと自然環境の調和が図られているのです。そのことはコースに踏み込めばすぐにわかります。自然の中でプレーしている感じがして、なんとも気持ちがよいのです。
高低差もあり変化に富んだ地形を巧みに生かしたコースは、75カ所もあるバンカーもあいまって、手ごわい一方で、大変楽しめます。なかでも、ティーグラウンドからグリーンまでずっと公道に接した8番パー4は忘れられないホールです。車が行き交う公道をかすめてティーショットを打つのです。右の公道を避け、左を向いて構えてドライバーを振ると、なんと、ボールは大きくスライスして公道へまっしぐら!


恐れおののきながらボールの行方を確かめると、幸い車の姿は見えません。ボールは道路で大きく弾んで隣の牧草地へ向かいました。よかった! 打ち直しの第3打を、今度は引っかけて左の深いラフへ打ち込んでしまいました。自信のあるクラブでティーショットを打てばよかったと反省しても後の祭りです。
■巨大バンカーに度肝を抜かれる
シークロフトからさらに北上し、イングランド最大の州で「イングランドの庭園」とも呼ばれるヨークシャーに入ると景色が一変します。木々の数が増え、遠くに山や森が見えます。

ヨークシャーにある「ガントン(Ganton)」に長く憧れていました。いつか必ずここでプレーしようと心に決めていたのです。辛口の評価で知られる『プジョー・ゴルフガイド』が、ガントンに最高点の19点を与えているのです。19点を与えられたコースは、全ヨーロッパでわずか17カ所にすぎません(うち15カ所はイギリス在)。
ガントンは、海岸から14キロ離れた標高130メートルの丘陵にある「内陸のリンクス」です。ガントンの辺りは、太古の昔に北海の入り江の底に堆積した厚い砂の層が、地殻変動によって隆起した土地なのです。
林の向こうにガントンのクラブハウスが見えてくると、期待感で心が弾みます。ガントンの駐車場にはずらりと高級車が並んでいます。さすがに名門だと感心しながら受付に行くと係員がにこやかに迎えてくれます。1番パー4のティーグラウンドに行くと、気さくなスターターが待っていてコースについて説明をしてくれます。

ガントンの大きな特徴は、巧妙に配置された様々な大きさと形状の120余カ所ものバンカーです。16番パー4のティーグラウンドに立つと、目前のフェアウエーを占拠している巨大なバンカーに度肝を抜かれます。バンカーの先は見えません。勇気を奮ってドライバーを振ると、ボールは軽々とバンカーを越えたのです。
ただ、ボールが左へ飛んだので気になります。行ってみると、案の定、ボールは灌木(かんぼく)の群落に転がり込んだようで見つかりません。巨大バンカーに威圧され、右手に力が入って引っかけたのです。後から思えば、軽く振ってもバンカーは越えられたのです。
深いバンカーの底には階段を伝って下ります。バンカーに足を踏み入れると、砂にたくさんの貝殻が混じっています。この地が、太古の昔、海底であったことの確かな証拠です。
ボールを硬く締まったフェアウエーに運べば、思わぬ距離が出ます。しかし、少しでもボールを曲げればバンカーが待ち受けています。大きく曲げれば、ゴースなどの灌木の群落や深いラフに打ち込んでしまってロストボールになります。ガントンでは、「狙った方向に真っすぐ打つのがゴルフの基本である」と思い知るのです。

11番ホールを終えると、イギリスでは珍しい小さな茶店があります。そこに待っていた整った服装のキャプテン夫妻がにこやかに出迎えて、茶菓を振る舞ってくれるのです。たまたまこの日は「キャプテン招待日」なのだそうです。うれしい驚き! ラウンド中にハイティーをするのは初体験です。受付もスターターもキャプテンも、気さくで気持ちのよい人々ばかりです。
ガントンでプレーした翌日、ノースヨーク・ムーアズ国立公園を訪れました。エミリー・ブロンテの長編小説『嵐が丘』やコナン・ドイルのミステリー小説などの舞台となった広大なムーアランド(荒れ野)を、自分の目で見てみたかったからです。ヒースに覆われたゆるやかにうねる不毛の大地がどこまでも続いています。荒れ野にじっと立っているだけで不思議に心地よい。モノや情報があふれる現代社会で疲れた心がやすらぐのです。
■ゴルフの起源に思いをはせる
さらに北上して、今回のリンクス旅の最後の訪問地、「シートンカルー(Seaton Carew)」に向かいます。シートンカルーは、全体的に平たんながら小さな起伏に富んでいて、大変楽しめるコースです。
151ヤードの3番パー3のティーグラウンドに立つと、たけだけしいラフの向こうに、砲台グリーンの前面に連なる5つの深いバンカーが見えて圧倒されます。背後にも4つのバンカーが隠れていて逃げ場はありません。真っすぐグリーン中央を狙うしかないのです。

17番パー4は、わずかに右ドッグレッグしている名物ホール。高台にあるティーグラウンドから、右側に立ち並ぶ木をかすめて、斜めにフェアウエーを狙って打ちます。右側の木を気にすると引っかけて深いラフへ打ち込んでしまいます。試されているのは胆力です。
シートンカルーからさらに北上すると、スコットランドとの国境線に至ります。この国境線上に、紀元122年、古代ローマ帝国が皇帝ハドリアヌスの命によって10年の歳月をかけて築造した、118キロにも及ぶ長城の遺跡があります。前々から機会があれば一度訪れたいと思っていました。
はるか1900年前の石造りの城壁や兵舎の遺跡を眺めていて、ふとゴルフの源流は古代ローマにあるという有力な説のことを思い出しました。

古代ローマ帝国の最盛期には、羽毛をつめた革製のボールを先の曲がったつえで打つ「パガニカ」という球戯が人気を博していました。古代ローマ帝国が領土を拡大するとともに、駐屯した兵士たちがパガニカを各地に広めたのです。パガニカを基にして、ヨーロッパ各地でボールを先の曲がったつえで打つ様々な球戯が生まれ発展したのです。
この辺りに駐屯していた兵士たちがパガニカを楽しんでいたかもしれないのです。果てしなく続く城壁のそばにたたずんで、しばし感慨にひたりました。
イングランドのゴルフ界で日があたるのは、全英オープン開催コースが居並ぶリバプールを中心とする西海岸です。一方、イングランド東海岸のリンクスはどちらかというと隠れた存在です。しかし、あまり知られていないからこそ、ゴルフも宿泊も食事も、上質なのに価格は手ごろなのです。しかも、気さくで親しみやすい人たちが大歓迎してくれます。イングランド東海岸の由緒あるリンクスを巡るのは多彩な魅力にあふれた至福の旅です。
(次回は11月下旬掲載予定。毎月1回、掲載します)