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TPP前夜 変わる「聖域」

写真は語る

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で焦点となる農産品関税の撤廃案をめぐり政府内で調整が続く。参加12カ国は来月開催予定の首脳会合で大まかな枠組みで協定案の合意を目指している。日本はコメ、麦、牛・豚肉、乳製品、甘味資源作物の「重要5品目」を「聖域」と位置付けて守りたい考えだ。交渉次第では農畜産業への影響も予想される中、生産地はどうなっているのだろうか。効率化やブランド化に挑む各地の生産者の姿や企業の取り組みを追った。

「乳製品」 関税率360%(バター) 牛が回って乳搾り効率化

10分間で1回転し、一度に50頭を搾乳できる「ロータリーパーラー」を導入する農場が増えている(北海道上士幌町)

バターやチーズなどの加工乳製品は外国産と比べて品質格差がほとんどないため、関税撤廃による影響が大きいといわれている。北海道上士幌町の大規模酪農牧場「ドリームヒル」では、一度に50頭を搾乳できる米国製の「ロータリーパーラー」という装置を導入して作業の効率化に挑んでいる。約10分間で1回転し、6人で約1400頭を搾乳、日産約45トンの生乳を生産する。

あらゆる効率化の可能性を探ってきた同社の小椋幸男社長だが、「これからは国内の流通の仕組みを変えないとやってゆけないかもしれない」と語る。北海道産の生乳は流通による品質管理が難しかった時代のなごりで、道外では主に加工用として流通している。TPPの交渉次第では古くからの仕組みが崩れ、道産の生乳が牛乳として本州に流れ込み、酪農家同士の競争が激化する可能性がある。

「牛・豚肉」 関税率38.5%(牛肉) 霜降りビーフ 世界へ

「神戸ビーフ」のもととなる但馬牛の精液の入ったストローをマイナス196度の液体窒素に沈めて保管する。純血にこだわり、厳格な管理体制が「霜降り」の源の品質を維持している(兵庫県加西市の兵庫県立農林水産技術総合センター)
神戸市中央卸売市場で行われた品評会を視察するモナコの食肉卸会社「ジラウディ」の会長(左)と社長(神戸市長田区)
県の施設で厳格に管理されている但馬牛の種雄牛。神戸牛と認定される産肉能力が高いスーパー種牛もいる(兵庫県加西市)

米国やオーストラリア産の牛肉は価格競争力が強く、ファストフードなどを通じて既に国内に浸透している。兵庫県産の「神戸ビーフ」は品質に厳しい認定基準を設け、高級食材としてブランド化に成功している。昨年から輸出も始め、アジアや米国へ向け250頭以上を出荷した。

今月神戸市内で行われた品評会には、欧州全域に販路を持つモナコの食肉卸会社「ジラウディ」の経営陣が訪れ、神戸ビーフを扱うための契約を交わした。輸出先は欧州市場にも広がる見通しだ。同社のジラウディ社長は「和牛の需要は高い。霜降りを広めたい」と語った。「神戸ビーフ」を輸出する食肉大手、エスフーズ(兵庫県西宮市)は「TPPの影響はない」と自信をのぞかせる。

「麦」 関税率252%(小麦) 製粉 ブレンド勝負

大量の小麦を乗せたタンカーが着岸。重機を使い2日間かけて約7000トンを積み出した(香川県坂出市)

コメの転作作物として国が生産を奨励してきた。国内消費量の約9割を輸入に依存するが、小麦は国家貿易という形で国が穀物商社から関税なしで買い取り、一定額を上乗せして製粉会社などに売り渡すため、購入業者は高い関税を払わずに済んでいる。香川県の坂出港に上陸したタンカーから、うどんの原料となる豪州産小麦が重機で積みおろされる。

同市で製粉会社を営む吉原良一さんは「外資などの大型小売店が独自の流通経路を使い、品質度外視の激安な商品で攻勢をかけてくるかもしれない。県下のうどん店ごとの食感に合わせた小麦の配合を行い差別化をはかっている」と話す。

「甘味資源作物」 関税率328%(砂糖) 島の黒糖 輸出に活路

新たに植えるサトウキビの株をつくるため畑を刈る農家(沖縄県・伊江島)
できあがった加工黒糖をチェックする北部製糖の従業員。アジアで飲食店を展開する「えんグループ」がこの一部を香港に向け輸出している

砂糖の原料となるサトウキビは、主に日本の南端の沖縄県や鹿児島県の南西諸島で栽培されている。台風が常襲するこのエリアでは作物転換が難しく、サトウキビ栽培と製糖業が地元経済を支える存在となっている。白砂糖は輸入品との品質の違いがほとんどなく、関税撤廃となれば国産がなくなる可能性が指摘されている。黒糖はミネラル分が多いなど外国産と比べて差別化が可能なため、沖縄県の北部製糖(浦添市)では輸出用加工黒糖を生産している。健康志向の強い台湾や香港の人々に人気で、食の安心や安全への関心の高まりからアジアを中心に海外での引き合いも強まっている。沖縄県の砂糖輸出額は2010年から増加傾向にあり、昨年は約2900万円と過去最高を記録した。

粗糖が山となって保管されている倉庫。他の原料の糖蜜などとあわさり、加工黒糖はできあがる(沖縄県今帰仁村の北部製糖)

「コメ」 関税率778% 直播きOK 労力省く鉄粉米

鉄粉をコーティングした種もみが磁石に吸い寄せられた。農機メーカーのクボタは今まで、全国約5400戸の農家にこの種もみを普及させた
(右から時計回りに)鉄粉をコーティングする前の種もみ、コーティング直後、日がたつにつれてさびていき、最終的には赤茶けた色になる(上)

日本が生産技術を最も蓄えてきた穀物で、食料自給率や国土保全の面から重視されてきた。いままで農家は手間のかかる苗づくりに時間と労力が費やされてきた傾向があった。農業・食品産業技術総合研究機構は、その手間を軽減するために鉄粉でコーティングした新タイプの直播(じかま)き用種もみを開発した。自重でしっかりと田んぼの中に植わり、鳥などに食べられる被害がなくなったと評判だ。農機メーカーのクボタが実用化し、全国で多くの農家が実際に使い始めている。

携帯端末で日々の農作業記録を蓄積できる「アグリノート」。勘に頼っていた部分をデータ化し、広大な田んぼの管理を効率的に行う(新潟県新発田市)
タブレット用のソフト「アグリノート」は地図から作業日誌のメニューに入ることができるため、いつどこで何の作業をしたかが一目でわかる

新潟県新発田市の大規模稲作農家、下條荘市さんは田んぼの一部で鉄コーティング米を使っている。「いずれは作付面積の半分にまで広げたい。タブレットを使って広大な田んぼの管理も行っている」と話す。外国産米との価格競争をにらみ、農地が大規模化していく中で新たな技術が農家の生産性向上を手助けしている。

(写真部 瀬口蔵弘、寺沢将幸)

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