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ダイヤモンドの人間学(広澤克実) ボール問題の根底に「国際化幻想」

広澤克実氏

テレビの解説などで「ツーボール・ワンストライクですから、動いてくるかもしれませんね」と言いながら、心の中では「ええい、面倒だなあ」とぼやいている。2010年から、日本のプロ野球も"国際標準"にならい、ボールカウントのコールを「ストライク→ボール」の順から「ボール→ストライク」の順に変えた。私もそれに従わざるをえないのだが、どうも感じが出ない。しっくりとくるイメージがわかないのだ。

ストライク・ボールのコール順を逆に

カウントの組み合わせには「0-0」から「3-2」まで12種類あって、それぞれ"顔"が違う。「打者有利カウント」「投手有利カウント」「五分五分カウント」があり、そこにそれぞれ打者心理、投手心理、捕手心理がある。

例えば、昔でいう「ワン・ナッシング」=1ストライク0ボールの状況で、打者側は「2-0(ツー・ナッシング)」にされたくない、という心理が働く。だから少々ボール球でも手が出てしまう傾向がある。投手はその打者心理を巧みに使い、ボール球を打たせる投球をする。

新方式、面倒なうえにリズムも悪く

反対に「0ストライク1ボール」というカウントは、投手からすれば「0-2(ノー・ツー)」にしたくないという心理が働く。打者はその投手心理を考え、置きにくる甘いボールを狙い打ちする。かつての言い方だと私も「0-0」から「2-3」まで、打者と投手の心理のイメージがわくのだが 「ボール→ストライク」という順で表現するようになってから、全くそのイメージがわかなくなってしまった。

新方式で「1-2」と言ってから、頭の中で「2-1」と変換して解説をするものだから「ええい、面倒だなあ」となってしまうのだ。

しかも以前なら「ワン・ツー」で済むところを 視聴者のみなさんの誤解を招かないように「ツーボール・ワンストライク」と、わざわざボール・ストライクを付けて言わなくてはならないから、面倒なうえに、リズムまで悪くなる。

特にラジオだと顕著に出る。画面にカウント表示が出るテレビなら「ツー・ワン」といっても、「ツーボール・ワンストライク」のことだとわかってもらえるかもしれないが、ラジオだと勘違いのもとになる。だからボール・ストライクを省かずにしゃべっているのだが、まどろっこしくていけない。

ボールが先というコール方式は高校野球では1997年のセンバツから採用された

テレビならわかると書いたが、実は私はいまだにこのボール先行のコール方法が定着したとは思っていない。日本に野球が伝わってもう140年になるとか。その間、変遷はあったようだが、ほぼ一貫してストライク先行のコール順で来たわけで、急に「回れ右」とはいかない。

100年の伝統をあっさり捨てる軽さ

野球というスポーツと出合って以来、日本人は独自の方法で発展させてきた。カウントの数え方もまた「ベースボール」とは違う「野球」の文化の土台となってきた。

投球を組み立てるとき、打席のなかで狙い球を絞るとき、作戦を立てるとき、我々はすべてこの日本式のカウントの数え方を"公用語"として物事を考えてきた。それは一つの文化といっていいだろう。

カウントのコール順が逆になったからといって、大きな違いはないのでは、という人もいるだろう。確かに「慣れの問題」といってしまえばそれまでだが、ここで言いたいのは100年の伝統をあっさり捨てて、グローバルスタンダードに従う「軽さ」と「危うさ」である。

100年も野球に親しんできた国はそうはない。日本は発祥の米国に次いで、野球の立派な伝統国といえる。自らの野球文化にもっと誇りを持っていいはずだ。私はラジオの解説の手間がかかるから、新しいカウントの言い方が嫌だと言っているわけではないのだ。

世界で通用するよう高校野球から導入

ボールが先というコール方式は高校野球では1997年のセンバツから採用されている。理由は世界で通用するようにするためということだった。プロ野球がコール順を変えたのもやはり、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などの国際舞台で戸惑わないように、という狙いがあったようだ。

そういうことならば、日本の国際化はストライク・ボールのコール順を変えるだけではすまない。つまり、日本独自の表現、あるいは日本でしか通用しない表記を変えていく必要もある。

例えば四球のことを「フォアボール」と言っても海外では通じない。「base on balls」(ベース・オン・ボール)か、カジュアルに「walk」=「ウォーク、(一塁へ)歩く」と言わなくては駄目だ。死球はデッド・ボールでなく「hit by pitch」(ヒット バイ ピッチ、投球が当たる)という。「フォアボール」とか「デッドボール」は日本独特の言い方である。

「殺」「死」など何とも物騒なスポーツ

また国際化というのであれば「刺殺」「補殺」「封殺」といった野球の専門用語から、「憤死」といった表現上の用語に至るまで見直す必要があるだろう。時代背景として「殺」「死」といった言葉は軍国化する近代の歴史の流れのなかで、採用された訳語だろう。baseの訳の「塁」も小さな砦(とりで)のことだから、これも戦争関連用語といえる。まして、トリプルプレーを「三重殺」と訳しているわけで、よくよく考えれば野球とはなんと物騒なスポーツだろうと思う。

例えば、あまり野球に詳しくない通訳がいたとしよう。もし国際試合の場などで彼が「日本チームはランナーを刺殺しろと指示しました」などと直訳してしまったら、どうなるのだろう。また、日本の野球では盗塁を仕掛けられたとき、ベンチから「殺せ」と大声を出すことがある。

日本が主体となって、世界に野球を普及させていこうとなったときに、攻撃側の指導者が「盗め!」とけしかけ、一方の守備側は「殺せ!」と叫び、それらを直訳してしまったら、教わる国の人々はどう思うのだろう。

笑い話で済めばいいが、少なくとも日本人は何と恐ろしくて乱暴な言葉を使っているのか、ということにはなるだろう。

「ファインプレー」に戸惑う外国選手

「ファインプレー」の意味合いも日本と海外では大きく違う。来日したばかりの外国人選手が素晴らしいプレーをしたときに「ファインプレー」と声をかけてもキョトンとするばかりだ。

ファイン=fineという言葉には素晴らしいという意味もあるのだが、日常のなかでは「まあまあ」とか、関西弁でいう「ボチボチ」の意味になるらしい。

"How are you?""I'm fine thank you"という挨拶の決まり文句を思い浮かべてもらえるとニュアンスがわかると思う。

クリーンアップ・トリオは4番が3人?

関西風の挨拶でいうと「儲(もう)かってまっか?」」と聞かれて、「ボチボチでんな」と答える。 「ファイン」もそのような使い方をする。

"I'm fine"と答えたとき、そのニュアンスとしては「まあまあだよ」とか「ボチボチでんな」と解釈するのが普通らしい。だから、外国人に対して、褒めるつもりで「ファインプレー」と言っても、言われた方は「まあまあのプレーだったね」と受け止めることになり、真意が伝わらないのである。野球界では何年もそうした間違った言葉遣いをしてきた。ちなみに褒める気持ちをちゃんと伝えるなら、niceとかgreatとかexcellentというのが正解だそうだ。

その他、英語にはない、間違った使い方としてタイムリーヒットという表現も挙げられる。クリーンアップとは本来4番打者のみを指す。したがって外国人に3、4、5番打者のつもりで「クリーンアップ・トリオ(3人組)」といっても「4番打者3人組」ということになってしまうのだ。

「ツーベース・ヒット」や「スリーベース・ヒット」も、あちらでは「ダブル」や「トリプル」という表現になるし、併殺を意味する「ゲッツー」も完全な和製英語である。

「国際化」の響きにからきし弱い日本人

このように笑うに笑えない日本独特の表現を我々は日常的に使ってきた。とはいえ、国際化のためなら、これまで養ってきた日本独自の野球文化を何もかも捨ててしまうのか? 上っ面だけを取り繕うことに果たしてどんな意味があるのだろう?

中途半端な国際化は混乱のもとになるだけだ。WBCなどの国際試合に対応するため、世界標準に合わせるといっても、毎年あるわけでもない大会のために、そこまでして備える必要があるのだろうか。100年も続いた文化をあっさり捨てていいのだろうか。

よく言えばそこが日本人の柔軟性かもしれないが、危うさもある。「国際化」とか「グローバルスタンダード」という言葉にからきし弱い日本人が、そこにいる。

プロ野球では来季、ゲーム中にベンチ前でキャッチボールをすることを禁じる。今までは攻撃側のチームが2死になると、次のイニングに備えて投手がベンチ前でキャッチボールを始めていた。これがプロアマ問わず、日本の野球の慣例になっていたのだが、それをやめさせるという。

ベンチ前のキャッチボール、実害あるか

ルールブック上、攻撃側は次打者とベースコーチ以外はベンチの中に入っていなくてはならず、この処置はルールにのっとったものだ。メジャーではルール通り、ベンチ前でキャッチボールはしない。日本も来季からこれに倣うわけだが、規則を厳格に適用するのはいいけれど、今までに何か"実害"があったかというと、さして思い浮かばない。

試合の終盤、2アウトになったときに、先発投手がベンチから出てくるかどうかで、続投か降板かがわかるといった具合に、ベンチ前のキャッチボールは日本ならではの野球の楽しみ方も提供してきた。今更変える必要があるのかどうか。

そして、中途半端な国際化の最たる問題が、例のボール変更問題だったといえる。2011年からの低反発球の採用は国際球に仕様を合わせるのが目的だった。しかし、それがあまりに飛ばなさすぎるということになって、2シーズンで撤回する事態に至った。

起こりうる第2、第3のボール問題

あの"国際化"はなんだったのだろう。グローバルスタンダードといわれると、黄門様の印籠みたいに、みんなが疑いもなく「へへー」となりがちだ。本当はその前に国際化の意味や目的、重要性を深く考えることが必要だろう。

自分たちの文化の重みを顧みることなく世界に右へ倣えをするばかりなら、この先ボール問題と似たようなことはいくらでも起こりうる。

(野球評論家)

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