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能登の地震、社員が結束 休業約1カ月で再開業

加賀屋相談役 小田禎彦氏(9)

地震後、営業再開前に訓示。社員の結束が強くなった

石川県内にとどまらず、日本の旅館の代表格である加賀屋(同県七尾市)。3代目の社長で現取締役相談役の小田禎彦氏は、旅行業界紙の「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で長く連続日本一に選出されたサービスの礎を築いてきた。小田氏の「仕事人秘録」第9回では、能登半島地震からの立ち直りを語ります。

◇  ◇  ◇

ゴールデンウイーク前の開業目指す

1990年代に入ると景気は低迷するが、加賀屋は80年代の大型投資の効果で乗り切る。経営に大きな影響を与えたのは、2007年3月25日に発生した能登半島地震だった。

当日は東京で知人の結婚式があり、午前9時半頃に羽田空港に着いた。女性秘書に業務の指示を出そうと携帯電話で話していると、秘書が「すごい地震や」。ただならぬ声に深刻な事態だと直感した。

同行していた娘に結婚式の挨拶を任せ、戻ることにした。小松空港から能登半島に入ったが、あちこちで道路が壊れ、震度6強の揺れの激しさを物語る。夕方到着すると、4棟ある建物は無事に残っていた。ただ、各棟をつなぐ水道管はぼろぼろ。畳やじゅうたんはすべてだめになった。

吹き出した湯でやけどをした社員が1人いたが、あとは無事でひとまず安堵した。だが施設は傷みがひどく、営業は当面無理だ。大林組に「4月末からの大型連休に再開したい。なんとか間に合わせてほしい」と頼み込んだ。

再開がずれ込めば倒産するかもしれない。営業中止による売上高への影響は1カ月間で約10億円。これも大きいが「大型連休に開業できないほど被害が深刻だ」と思われると、イメージが悪くなる。客商売はパンチを食らってもすぐ立ち上がることが大事だ。

大林組は700人もの工事担当者を動員してくれた。大工さんの中には、自分の家も復旧していないのに、工事にあたってくれた人もいた。いわく「加賀屋が復興しないと、能登の復興もないんだから」。力が湧く言葉をもらい、1カ月後に向けて万全の準備をしようと誓った。加賀屋も能登のお客に見舞いにうかがい、互いに力づけ合った。

休業生かして、研修を実施

社員の解雇や給与カットはせず、研修の期間にした。

00年に社長を弟の孝信(現会長)に任せて会長になっていたが、危機に際して私も最前線に立つ決意をした。地震から10日後、全員を集めた集会で「縁あって加賀屋に来てくれた皆さんのために、全力を尽くす。今後のことは心配しなくていい」と語りかけた。

妻で女将の真弓も「今まで仕事が忙しく、みんなで話す時間もなかった。休業はコミュニケーションを取るいい機会になる。めげずに頑張ろう」。涙、涙の集会で従業員の結束が強まった。

再開時には一段上のおもてなしをしようと、研修を実施した。旅館組合の部屋を借り、客室係はサービスやお茶の訓練を受けた。板前は石川県出身の料理人、道場六三郎さんに紹介された有名店や、最新の調理器を使うレストランで指導を受けた。先々で収入につながるのは、社員のスキルアップだと確信していた。

4月28日、再開にこぎつけた。「もっと高い部屋に入れてくれよ」。普段は旅行をしない知り合いも応援を兼ねて泊まりに来てくれた。補修費は10億円、宿泊の収入は1カ月なし――。ただ、危機を経て社員の気持ちが一つになるという大きな財産を得た。

[日経産業新聞 2015年3月9日付]

「仕事人秘録セレクション」は金曜更新です。

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