どうする授業のオンライン化 開成や灘の校長に聞いた

新型コロナウイルスの影響で、全国の大半の中学校や高校が休校を余儀なくされている。教室での授業ができない状態が長引けば、生徒らの将来の進路に悪影響が出かねない。毎年多数の生徒を有力大学に送り込む進学校は、この危機をどのように乗り越えようとしているのだろうか。開成や灘など名門進学校の校長らに聞いた。
4月上旬、東京・西日暮里にある開成。中高一貫の私立校で2千人あまりの生徒がいるが、当然1人の姿も見えず、目立つのは工事関係者ばかり。創立150周年記念事業の一環として校舎の建て替え工事が進んでいるためだ。
東大合格者で39年連続トップを走る開成は、他の進学校に先駆けてビデオ会議サービス「ZOOM」を活用したオンライン授業を始めた。電話取材に応じた野水勉校長は「4月早々から先生方がビデオ教材などを使い、工夫しながらやっています。まだ集中力が持続しない生徒がいたり、生徒同士でわいわい話し合いづらい面もありますが、教師の声も通りやすく、黒板もよく見えると、おおむね好評です。ただ体育や芸術、実験が必要な授業はさすがに難しいです」と話す。
野水校長はこの4月に名古屋大教授から母校の開成の校長に着任したばかり。嵐の中の船出になったが、「(3月末退任した)柳沢幸雄前校長がICT(情報通信技術)教育に積極的で、3月にプロジェクトを立ち上げ、先生や生徒の保護者とも協力して準備していたので早く対応できた」という。
ただ、行事は次々と中止や延期に追い込まれている。柳沢前校長(現在は北鎌倉女子学園長)は、「開成のパワーの源は、部活動や運動会などの各種行事だ。4月の筑波大学付属高校とのボートレースに新入生全員が応援に行き、受験生から開成生に変身する。5月の運動会で先輩、後輩が一丸となり、きずなを深める。3年生は運動会後に受験モードに突入する」と語ってきた。だが伝統のボートレースは中止、5月の運動会も延期された。
運動会を毎年継続するため、工期は延びるがグラウンドはつぶさない建て替え工事を進めてきた開成。野水校長は「なんとか運動会は開催したいが、いつ対面授業に戻れるかも分からない。もともと海外に比べて日本のICT教育は遅れていたが、これを機に進めていこうと考えている」という。行事の再開を願いつつ、デジタル教育を加速度的に進めていく考えだ。
慌てず騒がず、じっくり考える時期に
西の雄、灘高校(神戸市)も、インターネットを活用した授業の準備に取り組んでいる。「既にユーチューブを使い、3、4人の先生が英語などのコンテンツを生徒向けに提供している」と和田孫博校長は話す。ただ、リアルタイムの双方向オンライン授業をスタートするためには生徒側の自宅のネット環境が整っている必要があり、4月は準備段階だ。

和田校長も残念がるのは、5月上旬に予定していた灘名物の文化祭の中止。「生徒たちは楽しみにしていた。そこで一部の企画はオンラインで公開したいという生徒側の申し出を受けることにした」と話す。関西が誇る異才集団はネットを活用した新しい文化祭の形を作るかもしれない。
女子の進学校ナンバーワンの桜蔭高校。2020年は東大に過去最高の85人が合格して話題を呼んだ。休校対策として4月からネットを使った課題の配信や回答などを進める。小林裕子教頭は「まだ本格的なオンライン授業というわけではないが、ネットで教師と生徒でやりとりできる環境は構築している。ただうちはやはりリアルの授業を大事にしたい」と話す。
桜蔭の特徴は教室の3枚の黒板を同時に使う授業。休み時間中に宿題の数学などの数式や解答を3枚の黒板にびっしり書き込み、授業が始まるとすぐにその解説から始まる。「真面目でコツコツ積み上げてゆくのが桜蔭生。早く通常授業を再開したい」という。
2020年は東大、京大、一橋大学、東京工業大学の難関4大学と、国公立大学医学部医学科の現役合格者は合計で70人を突破した都立日比谷高校。復活劇を仕掛けた武内彰校長は、自ら教壇に立ってオンラインで物理を教える。ライバルの都立西高校などもオンライン授業のための準備を急ぐ。
「とりあえず段ボール1個分の課題を送っておきました」。4月中旬、渋谷教育学園幕張中学高校の田村哲夫校長はそう話した。自ら調べて自分で考える「自調自考」を是として、男女共学で国内トップの進学校をつくり上げた。サッカーやテニスなどスポーツの育成にも力を入れ、東大など国内難関大学だけではなく、海外の有力大に多数の生徒が進学するグローバル人材養成校として注目を集める。
オンライン授業の対応も急ぐ一方で、「こんな時は慌てず騒がす、自分はどう学び、生きるのか、休校期間中にじっくり考えてほしい」と「自調自考」を促す。
進学校は良質な授業を提供しているだけではない。運動会や文化祭など各種行事を通じて、コミュケーションやプレゼンテーション能力を高め、リーダーシップやチームワークづくりを学ぶ場としている。オンライン授業の対応のみでは限界がある。「部活や行事は大事な教育装置」(開成の柳沢前校長)。しかし、感染症が世界的に拡大するなか、ネット対応は不可欠だ。ネットとリアルを融合した新しい教育の場を構築する時期が来ているのかもしれない。
(代慶達也)
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