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スポーツを科学する イチロー、4000安打生んだ「逆転の発想」

ヤンキースのイチローが日米通算4000安打を達成した。180センチ、77キロと野球選手としては決して恵まれた体格とはいえないイチローが、なぜこうした金字塔を打ち立てられたのか。モチベーションの保ち方、成功に導いた発想は……。臨床スポーツ心理学者で「イチロー思考」などの著書で知られる追手門学院大客員教授の児玉光雄氏に聞いた。

打率ではなくヒットの数重視

「(打率は)割り算だからね。ボクは小学校のころから割り算が嫌いだったんです」とイチローはいう。

イチローが大切にするもの。それは打率ではなくヒットの数だ。「終盤戦に首位打者を狙う駆け引きで、打率を下げないためにわざとベンチに下がる選手になりたくない」とも口にする。

「打率ではなく、こうしたヒット数に重きを置いていることにこそ、イチローが常にハイレベルなモチベーションを維持していることの秘密がある」と児玉教授は語る。なぜならば、打率の場合は上がっているときには高いモチベーションが保たれるが、下降局面になるとモチベーションも下がっていく。「そんな一喜一憂はしたくない、と考えているのではないか」

ファンの期待もモチベーションに

打率ではなく、ヒットを積み重ねることだけを考えれば、目標は日々達成されて高いモチベーションが保たれる。その高いモチベーションが、さらなるヒットを生むという好循環が生まれるわけだ。

そして「ファンが何よりも自分のヒットを見にきていることを知っている」と同教授。だから四球を選ぶことは少なく、早いカウントから積極的に打ちにいく。ファンの期待も自らのモチベーションに変えている。

イチローの卓越したところは、こうした高いモチベーションの保ち方である。「天才といわれる人は能力に満ちあふれた人と考えられがちだが、それは誤解」と児玉教授。卓越した能力があっても、頭角を現せずに埋もれてしまう人は数多い。「天才に共通する点は、こうした高いモチベーションを維持する能力」と断言する。

結果出すための過程にも重き

イチローもかつて自らのことを「天才ではない」と語っていた。「毎日、血のにじむような努力をしてきたから、今の自分があると思っている」

重きを置いているのは、モチベーションとともに結果を出すためのプロセスだ。「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行く唯一の道」と話したことがある。ヒットを打つために単調な練習をいとわず、努力を続ける。ヤンキースに移籍したときも、ニューヨークの自宅に真っ先に運び込んだのがトレーニングマシンだったそうだ。

試合前に完璧な準備、最も大切

「ハイレベルなスピードでプレーするために、絶えず身体と心の準備はしている。自分にとって一番大切なことは、試合前に完璧な準備をすること」

「どんな難しいプレーも、当然にやってのける。これがプロであり、ボクはそれに伴う努力を人に見せるつもりはない」

そう話すイチローにこんなエピソードがある。高校時代のこと。愛工大名電の合宿所に「夜になると幽霊がでる」といううわさが広まった。その正体はほかならぬイチロー。みんなが寝静まったころ、こっそり抜け出して素振りをしていたという。

イチローがそうした努力を続けられるのは「確固たる目標を設定し、それに向かって前進しようという執着心と忍耐力を持っているから」と児玉教授。努力をしたからといって、すぐに結果がついてくるものではない。だが続けていれば、あるとき突然に飛躍への扉が開かれる。苦しいことが未来の自分をつくってくれる、という信念を持っているのだ。

自分を変化させることに敏感

そして、成功のもう一つの鍵になったのが一般常識とは違った発想、つまり「逆転の発想」だ。

イチローは自分を変化させることにとても敏感である。「日々変化していることを実感として味わうことが、最強のモチベーションの一つになっている」と児玉教授は指摘する。

「空振りだとか、三振だとかに一喜一憂しないことが大事。そこで打てない、もう駄目だと思ったら、次の打席に立てない。たとえ3打席、4打席ダメであろうと、『次』につなげる打席にしなければ、打ち取られてしまう」とイチローはいう。

徹底的に無駄そぎ落とす

凡打したときでも、その中から次につながるヒントを探し出す。「失敗の中には可能性が含まれている」という。もっというならば、スランプに陥ったときこそ飛躍のチャンスと考える。「普通の人なら落ち込んでしまうだろうが、後退することも一つの進化と考えられるところが偉大さ」と同教授は話す。

また、イチローは無駄なものを徹底的にそぎ落とす。たとえば細身のバットを使用している。「常識的に考えればミートするには太いタイプのバットの方が楽。細いバットはきちんと芯に当たらないとヒットにならない。きちんと芯に当てるバッティングをするために、あえて細いバットを使っている」と児玉教授はみる。

バットスイングにしても走塁にしても無駄な動きが一切ない。だから動きが華麗だ。「スイングの仕方なんて変えられませんからね。考え方としてはある動きを省いているということです」とイチロー。そこにはあるのは「そぎおとしの美学」。児玉教授は「成長しようとするとき、普通の人は何かを付け加えようとするが、イチローの思考は全く逆で無駄を省こうとする」と語る。

打席で待つベストのボール

もう一ついえば、イチローが打席で待っているのは相手投手の失投ではなく、ベストのボール。こうした逃げない姿勢もメジャーリーガーの中でも超一流としてやっていける理由だろう。

イチローはメジャー1年目のシーズンを終えたとき、ある雑誌のインタビューで冗談交じりにこう答えたという。

「50歳のシーズンを終えたときにね、こういいたいんですよ。『まだまだ発展途上ですから』って」

昨年のペナントレースを終えた後にも、テレビのインタビューで「人としての成熟はもっと先にあって、そのときに選手でいたい」と口にしている。

「まだまだ進化の途上に」

こうした言葉からも「イチローがまだまだ進化できると信じているのは間違いない」と児玉教授はいう。

限界に達した自分、最高の自分を見てみたい――。プロ生活22年の歳月でたどってきたのは、ある意味で「自分探求の道」。今年10月に40歳になるイチローの旅はさらに続く。

(鉄村和之)

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