新型コロナ・北京ダイアリー(2020年2~3月)
中国総局長 高橋哲史

2020/3/31 23:59
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■北京でいちばん高い場所(3月31日)

北京のビジネス街にそびえ立つ完成間近の「北京中信大厦」

北京のビジネス街にそびえ立つ完成間近の「北京中信大厦」

2カ月ぶりだろうか。北京を代表するビジネス街の国貿を一望できる展望デッキに上がった。新型コロナウイルスの感染が広がった1月下旬から閉鎖されていたが、最近になって開放されたと聞いたからだ。

ショッピングモールの6階にあるこのデッキは、奇抜なデザインで有名な中国中央テレビ(CCTV)の新社屋がいちばんよく見える場所として知られる。ゆがんだ台形のような不思議な外観をひと目見ようと、いつもは多くの人でにぎわっている。しかし、再開したことをまだ知らない人が多いのか。この日、デッキに人影はなかった。

CCTVビルのすぐ南側には、完成間近の「北京中信大厦」が見える。中国の国有複合企業大手の中信集団(CITIC)が建設したこのビルは、地上108階建てで高さが528メートルあり、北京で最高層の建築物となる。開業後は中国ネット通販最大手のアリババ集団など名だたる企業が入居する予定だ。

ただ、新型コロナの影響で内装工事が大幅に遅れているのだろう。開業の日程はなかなか聞こえてこない。北京で最も高い場所にある展望デッキから、首都を見下ろす日はまだ先になりそうだ。

中信ビルの南側には新たな再開発エリアが広がる。新しいビルの建設や敷地の整備が続く場所だが、2カ月前と比べて工事が進んだようすはない。北京の経済発展を象徴する国貿エリアの拡張計画にも、新型コロナが影を落とす。

北京ダイアリー、英文の最新記事をNikkei Asian Reviewに掲載しています。(https://s.nikkei.com/3bFHhDT)
高橋哲史が執筆するニューズレターを隔週で配信しています。ワシントン支局長の菅野幹雄と「往復書簡」の形で、米中の「今」と「これから」を考えます。登録はこちら。https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?me=B001&n_cid=BREFT032

■「英雄」たちが眠る墓地(3月30日)

墓参の人より警官や警備員の方が目に付く(八宝山革命公墓)

墓参の人より警官や警備員の方が目に付く(八宝山革命公墓)

中国語で墓参りは「掃墓」と書く。文字どおり、墓を掃除するという意味だ。4月4日の清明節は日本の彼岸にあたる。中国の人たちにとって、先祖代々の墓を掃き清める大切な日だ。

多くの中国人は清明節の墓参りを3月末から4月初旬の間に済ませる。この期間、いつもなら北京市内の墓園はどこも墓参りの人でごった返す。しかし、新型コロナウイルスの感染が続く今年はちょっと違う。墓園に人が集まりすぎないように、北京市が墓参りを予約制にしたからだ。

週末の3月28日、北京で最も有名な「八宝山革命公墓」の近くまで行ってみた。正門は閉じられ、別の門から入るよう指示する看板が掲げられていた。

ひとつの墓につき1日3人までといった厳しい入場制限がかかっているせいか、墓参の人より警官や警備員の方が目に付く。駐車場に入るのを待つ車の列もそれほど長くない。

八宝山は中国共産党の発展に貢献した「英雄」が眠る墓地としても知られる。最近では2019年7月に90歳で死去した李鵬元首相の告別式がここで営まれた。李鵬氏のような大物が亡くなると、習近平(シー・ジンピン)国家主席をはじめとする党の最高指導部メンバーや長老が葬儀に参列し、八宝山は厳戒下に置かれる。

中国では故人を弔う活動がしばしば政治を動かしてきた。1989年4月に亡くなった胡耀邦元総書記の追悼運動はその典型だ。当時の学生らは改革派の指導者だった胡耀邦氏の死を悼み、共産党に民主化の要求を突きつけた。それをきっかけに起きたのが、6月4日の天安門事件だ。

当時、武力による鎮圧を主導したのは李鵬氏だった。あれから31年。胡耀邦氏の墓は八宝山にない。

■「鎖国」に向かう中国(3月27日)

東京都の小池百合子知事が新型コロナウイルスの広がりを「感染爆発の重大局面」と表現し、都民に在宅勤務と外出の自粛を要請した。にもかかわらず、なお多くの人が丸の内などのオフィス街を行き交う映像を見て、ほとんどの北京市民が驚いている。

北京は感染者の数がまだそれほど多くなかった1月下旬から事実上のロックダウン(都市封鎖)を実施した。街からたちまち人影が消えてゴーストタウンのようになった。

そんな急激な変化を経験した市民からすれば、東京のやり方はなんとも生ぬるく見える。東京の感染者がにわかに増えている現状に、SNS(交流サイト)上では「東京五輪の延期が決まるまで、本当の感染状況を明らかにできなかったのではないか」との書き込みすら目にする。

北京市当局はいま「復工復産」をさかんに唱える。仕事に戻って生産を再開しよう。そんな意味のスローガンだ。企業に義務づけていたオフィスで働く社員の数を通常の50%以下に抑える規定も、今週に入って「条件を満たせばこだわらなくていい」と緩和した。

しかし、この「条件を満たせば」がくせ者だ。「スタッフ間の距離を1メートル以上空ける」「1人あたりの使用面積を2.5平方メートル以上にする」「対面座席にしてはならない」など実に細かい。国貿地区にオフィスを構えるある日系企業の担当者は、来週から全社員の出社をめざしたが「どんなにがんばっても8割が限界だ」とぼやく。当局者がちょくちょく検査に来るので、ごまかしも利かない。

中国外務省は26日夜、有効な査証(ビザ)や居留許可を持っている外国人でも28日から入国を認めないと発表した。海外から来る外国人をいっさい国内に入れない「鎖国」政策の始まりだ。共産党がすべてを決める中国では、何をやるにも大胆で速い。個人の自由を尊重する民主主義の国には分が悪い局面だ。

■全人代「4月説」の真偽(3月26日)

中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が4月半ばにも開かれるのではないか。そんな臆測が北京を駆け巡っている。

全人代は毎年3月5日に開幕する。しかし、今年は新型コロナウイルスの感染が広がったため、2月下旬の段階で延期を決めた。

全人代は中国の政治カレンダーで、1年のうち最も大事な行事だ。これを終えなければあらゆる政治日程が動き出さない。新型コロナとの戦いに打ち勝ったと国内外に示すためにも、習近平(シー・ジンピン)国家主席が一刻も早く全人代を開きたいと考えるのは当然だろう。

今週初めには「4月18日前後に開幕」と具体的な日付にまで言及したうわさが広く流れた。本当だろうか。

25日午後に、天安門広場の西側に位置する人民大会堂の前を車で通った。マスクを着けた警官がひとりぽつんと立っているだけの光景は、1カ月半前と何も変わらない。人民大会堂の南側にある全人代の事務局が入るビルも、人が出入りしているようすはなく、辺りは閑散としたままだ。

全人代の際には全国からおよそ3000人の代表が集まる。秘書や警備員、メディア関係者を含めれば、数万人が人民大会堂のなかでひしめき合う。欧米で感染者の急増に歯止めがかからないなか、いくら国内の状況が改善したからといって、感染リスクをゼロにするのは不可能だろう。

もちろん、政治都市・北京で流れるうわさに意味がないものはない。「4月18日前後」は習指導部が探っている最短の日程なのか。それとも、無理な日程をさらして習指導部を追い込もうとする勢力の思惑が絡んでいるのか。真相はまだわからない。

■国際線を怖がる国際空港(3月25日)

いつもは長蛇の列ができる出発ロビーの国際線チェックインカウンター(北京首都空港)

いつもは長蛇の列ができる出発ロビーの国際線チェックインカウンター(北京首都空港)

東京五輪を2021年夏までおよそ1年延期するニュースは、中国でも24日夜に主要なメディアが一斉に速報した。北京は22年2月に冬季五輪を開く。東京五輪との間隔が半年程度に縮まった場合、どんな影響が出るのか。まだ、だれも予想できない。

冬季五輪で世界から選手や観客を受け入れる玄関口となる北京首都空港はいま、国際空港なのに国際線が直行できない異常事態にある。航空当局が23日から、北京に向かう乗客を乗せたすべての国際線を対象に、いったん天津など別の空港に着陸するよう指示しているからだ。

北京の外で乗客の検疫を済ませ、海外から首都に新型コロナウイルスの感染者が流れ込むのを防ぐのがねらいだ。検疫で問題がなかった乗客は同じ機体で北京に向かえるが、感染を疑われればその場に留め置かれるかもしれない。北京への道のりは長くなった。

もはや国際空港の面影はない。24日午前、北京首都空港の第3ターミナルでは、国際線の到着出口から出てくる人をまったく見かけなかった。乗客はやっとの思いで北京にたどり着いても、当局指定の施設で14日間の隔離を受けなければならない。隔離先には当局がバスで送り届ける。逃げ道はない。北京市は25日から、新型コロナに感染しているかどうかを調べるPCR検査もすべての渡航者に実施する。

北京首都空港の第3ターミナルが開業したのは2008年2月、北京五輪の半年前だ。グローバル化の波に乗った中国を象徴する巨大空港に、国際線が直行できない日が来るとは、だれも予想できなかった。

■「暖気」の贈りもの(3月24日)

すっかり春めいてきた。この季節の北京は最高気温が20度を超す日もめずらしくない。日中は上着を脱いで街を歩く人が増えてきた。開花した梅や桜の木の前で、写真に収めようと立ち止まる人の姿も目に付く。

ただ、寒暖の差が大きいのもこの季節の特徴だ。朝晩はかなり冷え込み、時には5度以下まで気温が下がる。新型コロナウイルスの流行がなくても、1年でいちばん風邪に気をつけなければならない季節だ。

今年は北京市から市民に、ちょっとした贈りものがあった。北京を含む中国北部に特有の集中暖房システム「暖気(ヌアンチー、Nuanqi)」の期間延長だ。

家庭やビルに張りめぐらされたパイプの中に熱水を通して室内を暖かくする暖気の供給は、北京市の場合、11月15日から翌年の3月15日までと決まっている。しかし、今年は3月31日まで延ばした。新型コロナウイルスの影響で大学や小中高校が休校しており、学生や子どもたちが自宅にこもる生活を余儀なくされているから、というのが当局の説明だ。延長で余計にかかる費用は北京市がすべて負担する。

暖気を供給する主なエネルギー源はかつて石炭だった。冬になると深刻な大気汚染に見舞われたのは、石炭を使いすぎたのが理由のひとつだ。北京市は2017年から石炭の使用を原則禁じ、天然ガスに切り替える政策にかじを切った。おかげで北京の大気汚染は大幅に改善し、暖気を延長しても空気の澄んだ日が続いている。

暖かい部屋の中にいると、ウイルスとの戦いに疲れた心と体が癒やされるのは確かだ。

■よみがえったSARSの遺産(3月23日)

多くの北京市民がいまも「小湯山医院」の名前を覚えている。17年前の2003年春に重症急性呼吸器症候群(SARS)が北京を襲ったとき、感染者を隔離するためにわずか1週間の突貫工事で建設したベッド数1000余りの病院だ。新型コロナウイルスの猛威にさらされた湖北省の武漢市に2つの架設病院を造る際は、当時の設計図をほぼそのまま使ったといわれる。

老朽化が激しかったこの病院をよみがえらせたのは、やはり新型コロナだった。感染が広がり続けていた1月下旬、北京市は患者の急増に備えて大規模な改修に着手した。市内の病院から数百人の医師や看護師が派遣され、3月16日から患者の受け入れを始めている。

北京の中心部から北におよそ30キロメートル離れたこの場所を21日昼に訪れると、ふだんは外来患者が通る正門は固く閉じられていた。新型コロナの専門病院に指定され、通常の診察は停止しているようだ。

そこから北西に進んだところにある別の門では、多くの警備員が人や車の出入りを厳しくチェックしていた。感染者はおそらくこの門を通って、院内に運ばれるのだろう。

3月初旬から、北京市内では新たな感染者がほとんど見つかっていない。小湯山医院に運ばれてくるのは、国外から北京に到着した旅客のうち、感染が疑われる人や軽症の患者だ。SARSとの主戦場だった小湯山医院は、20年近い時をへて新型コロナの首都への流入を食い止める前線基地に変わった。

小湯山は北京で有数の温泉地としても知られる。だが、いまはほとんどのホテルが休業し、あたりはひっそりと静まりかえっていた

SARSの流行を早い段階で止められなかったのは、当局が十分に情報を開示しなかったからだ。小湯山病院というSARSの遺産は復活したが、あの時の教訓は今回の新型コロナへの対応で生かされたのだろうか。

■中国の方が安全だ(3月19日)

ローマ、パリ、ニューヨーク……新型コロナウイルスの脅威にさらされる欧米の主要都市から、人影がどんどん消えていく。そのようすは中国でも大きく報じられている。ちょうど1カ月半前の自分たちと同じ境遇だ。多くの北京市民はそう感じている。

 当時と比べれば、いまの北京は見違えるようだ。地下鉄を利用する人は明らかに増えた。混みすぎると感染リスクが高まるため、一部の路線で入場制限を始めたほどだ。米アップルは世界で直営店の一時閉鎖に追い込まれる一方、北京では逆にほぼすべてを再開した。街は活気を取り戻しつつある。

こうなると、だれもが「欧米より中国の方が安全だ」と考えるようになる。

今週初め、北京市民を震え上がらせる情報がインターネット上を駆け巡った。「今後1週間で欧州から11万人が北京に逃げ帰ってくる!」。欧州にいる中国人の駐在員や留学生が一斉に帰国するというのだ。

当局はすぐさま「単なるうわさだ」と否定した。しかし、火のないところに煙は出ない。ネット上には、北京首都空港の到着ゲートが大勢の中国人であふれかえっている映像が出回った。

関係者によると、航空当局は首都空港の検疫体制がパンク状態になったため、国際線を北京に直行させないよう航空会社に求め始めた。今後、北京行きの国際便は天津や河北省石家荘など周辺の空港にいったん下り、乗客に感染者がいないかを確かめたうえで北京に向かう可能性があるという。

習近平(シー・ジンピン)国家主席が主宰して18日に開いた中国共産党の政治局常務委員会は「北京などの重点地区で特にしっかりと感染予防に取り組まなければならない」と打ち出した。習指導部のメンツをかけた首都防衛の戦いは、最終局面に入る。

故宮で起きた奇妙な事故(3月18日)

奇妙な事故である。16日夜、天安門の北側に広がる故宮博物院の東華門に車が衝突した。警察が運転手を連行して取り調べているという。中国メディアが報じ、インターネット上にはそのときのものとされる映像まで出回った。

16日夜に車が衝突した故宮の東華門(北京市)

16日夜に車が衝突した故宮の東華門(北京市)

天安門広場が近いだけに、故宮の周辺はふだんから警備が厳しい場所だ。ネット上の映像には、門にぶつかった車に警官が駆け寄り、門の装飾の一部が少し壊れたようすも映し出されていた。事故でなく、事件の可能性もあるのだろうか。謎だらけだ。

17日午前、さっそく現場に行ってみた。いつも通り、門の前までは自由に入れる。ざっと眺めた印象では異変を感じない。壊れたとされる装飾も確認できなかった。

ネット上の映像はいまも消されず、そのまま残っている。中国メディアの続報はない。やはり単なる事故だったのだろうか。

天気がよかったので、故宮博物院の正面玄関にあたる午門まで歩いた。新型コロナウイルスのまん延を受け、同博物院は春節(旧正月)の1月25日から一般公開を中止している。ふだんは1日8万人までに入場を制限しなければならないほど人気の世界的な観光スポットは、ひっそりと静まりかえっていた。

故宮は明と清の時代に皇帝の住まいだった場所だ。最後の皇帝である愛新覚羅溥儀は1924年にこの門をくぐり、故宮を去った。それからまだ100年もたっていない。

閑散とした午門の前に立ち、多くの王朝が栄枯盛衰を繰り返してきた中国史の断面を見た気がした。

■外壁は高く、内壁は低く(3月17日)

海外から北京に到着したすべての人を当局指定の施設に送り、14日間にわたって隔離する措置が16日から始まった。中国国内で新たな感染者の数が大幅に減った今、当局は海外から新型コロナウイルスが逆流するのを最も恐れている。

16日午前、当局が指定した施設のひとつとみられる亮馬河飯店に行ってみた。ちょうど白い防護服で身を固めた大勢の係官が中から現れ、小型バスに乗って出発するところだった。おそらく北京首都空港に向かうのだろう。旅客は空港からここに連れてこられたら、部屋の外にはいっさい出られなくなる。長い2週間の始まりだ。

国家移民管理局は16日の記者会見で、世界保健機関(WHO)が新型コロナのパンデミック(世界的な流行)を宣言した11日以降、1日当たりの中国への入国者数が前年の同じ時期より8割以上少ない12万人に落ち込んだと明らかにした。強制的な隔離措置で、北京に来る人がさらに減るのはまちがいない。

北京では「外壁」が高くなる一方、「内壁」の撤去が進む。ビジネス街の国貿地区に近いショッピングセンターの世貿天階は、夜7時までに制限していた営業時間を16日から通常の22時までに延ばした。行き交う人の表情には明るさが戻りつつある。

だが、前途は険しい。国家統計局が16日に発表した小売売上高など1~2月の主な経済統計は、どれも統計を遡れる範囲で初めて伸び率がマイナスになった。国内の感染拡大が収まっても、新型コロナウイルスは世界で猛威をふるっている。混乱する世界経済が持ち直さなければ、中国経済の回復も期待できない。

■故宮にいまだ人影なし(3月16日)

北京で桜の名所といえば、天安門広場から西に6キロほどの場所にある玉淵潭公園だ。広大な園内に日本が贈ったものを含め3000本を超す桜の木が植えられている。毎年この季節になると大勢の花見客が訪れる。

景山公園の万春亭には入れなかった(北京市)

景山公園の万春亭には入れなかった(北京市)

14日昼に訪ねてみたが、中に入れてもらえなかった。ちょうどこの日から4月15日まで、対話アプリの微信(ウィーチャット)を通じて前日までに2元(約30円)のチケットを予約しなければ、入場できなくなったという。理由はもちろん、新型コロナウイルスの感染防止だ。予約のない私はあきらめて引き返すしかなかった。

博物館や映画館がすべて休館になり、公園はいまや市民にとって数少ない憩いの場だ。当局も感染リスクが低いとして基本的に開放を続けている。それでも、桜が咲く季節を迎える玉淵潭公園は、花見客が集まりすぎると判断したのだろう。

気を取り直して、故宮博物院の北側にある景山公園に行ってみた。こちらはいつも通り、その場で2元の入場料を払えば中に入れた。公園のまん中には紫禁城(故宮)の堀を掘った残土でつくったといわれる高さ約45メートルの山があり、その頂上に構える「万春亭」からは故宮を一望できる。私が北京で最も好きな場所のひとつだ。

だが、万春亭には上がれなかった。当局が人の密集を警戒して閉鎖したためだ。仕方なく、万春亭より一段低い場所から、休館中で人影のない故宮を眺めた。

北京市は15日午後の記者会見で、16日0時以降に海外から北京に来たすべての人を指定施設に送り、14日間隔離すると発表した。ウイルスとの戦いは続いている。

■よみがえる「巨大な卵」(3月13日)

中国国家衛生健康委員会の報道官が12日の記者会見で「中国では新型コロナウイルスの感染がすでにピークを過ぎた」と言い切った。感染の拡大で世界が大混乱に陥るのを横目に、中国は正常化に向けた環境づくりを急いでいる。

「巨大な卵」の愛称を持つ国家大劇院では全面的な改修作業が始まった(北京市内)

「巨大な卵」の愛称を持つ国家大劇院では全面的な改修作業が始まった(北京市内)

中国国営の中央テレビ(CCTV)を見ていたら、人民大会堂の西隣にある国家大劇院からの中継が始まった。2月24日の日記で紹介したように、国家大劇院はオペラハウスやコンサートホールなどを備えた北京における文化の一大拠点だ。そのドーム型の奇抜なデザインから「巨大な卵」の愛称を持つ。

新型コロナの感染拡大で、2月と3月に予定していた110の公演はすべてキャンセルになった。払い戻したチケットは5万枚にのぼる。

いまは中にだれもいないだろうと思ったら、違った。3月2日から全面的な改修作業が始まり、175人の作業員が働いているという。CCTVの中継は、北京が正常化に向けて着実に歩を進めている印象を見る人に与えたはずだ。

当局は正常化へのアクセルを一方的に踏んでいるわけではない。市内に300近くある映画館はほぼすべてが休館したままだ。営業を再開した企業には、オフィスの「人口密度」を通常の50%以下に抑えるよう厳しい指導が続いている。

「感染予防の対策を決して緩めてはいけない」。習近平(シー・ジンピン)国家主席は10日に湖北省の武漢を視察した際、過度の楽観論をいさめた。アクセルとブレーキのどちらを踏めばいいのか。最高指導者の意向を忖度(そんたく)しながら、北京の街は恐る恐る日常を取り戻そうとしている。

■スマホの証明書は何色か(3月12日)

街を行き交う人の数が目に見えて増えてきた。10日に習近平(シー・ジンピン)国家主席が新型コロナウイルスの発生地である湖北省武漢市を訪れ「感染拡大の勢いは基本的に抑え込んだ」と訴えたのが効いたのだろうか。最高指導者がひと言発すれば、この国では街の風景まで一夜にして変わってしまう。

久しぶりにオフィス街に出てきた人は、ある変化に気づくはずだ。多くのビルやスーパーの入り口に、「感染防止のために登録してください」などと書かれたQRコードが貼られている。スマホで読み取ると、登録画面が現れて身分証や携帯の番号を入力する仕組みだ。この手続きを終えないと、中には入れない。

中国人にとって、政府が発行した身分証の番号は最も大切な個人情報だ。身分証がなければ、高速鉄道や飛行機だけでなく、スマホ決済も利用できない。政府はその番号を通じ、14億人にのぼる国民の行動をビッグデータとして吸い上げる。

だからこそできる感染予防策が次々と打ち出されている。中国政府は2月半ばに、身分証の番号を入力すれば過去に感染者と接触したかどうかがすぐにわかるアプリの提供を始めた。

外国人は使えないので、何人かの知人に試してもらった。「おめでとうございます。あなたは感染者と濃厚な接触をしていません」。接触していない人のスマホ画面には、緑の証明書のような画像が現れる。しかし接触した可能性があれば、色が赤になるという。幸い、赤の証明書はまだ見ていない。

新型コロナウイルスはハイテクを駆使した中国の監視社会をより強固なものにした。感染拡大の防止には有効だが、空恐ろしさを感じてしまう。

■「社区」がくれたカード(3月11日)

昨日、私が住むマンションから「出入証」と書かれた1枚のカードを渡された。来週以降、これを提示しなければ入館をいっさい認めないという。

自宅のある「社区」から発行された出入証

自宅のある「社区」から発行された出入証

発行したのはマンションでなく、日本で言えば町内会にあたる「社区」だ。「心を一つに、ウイルスに立ち向かおう」。カードの表側には団結を求めるスローガンとともに「東大橋社区」と記されていた。私は初めて、自分が「東大橋」と呼ばれる社区の一員であると知った。

社区は中国独特の地域コミュニティーで、表向きは住民が自主的に運営する自治組織だ。実際は共産党が指導する最小の行政単位であり、それぞれに党が送り込んだ書記がいる。北京市には農村地区の村民委員会を含めるとおよそ7000の社区が存在し、その下部組織としてさらに無数の「小区」がある

1月半ばに新型コロナウイルスが広がってから、社区は感染の拡大を防ぐ最前線になってきた。外国人である私にも出入証を配ったのは、ウイルスの封じ込めに向けて管理をさらに強化するためだろう。

10日に湖北省の武漢を訪問した習近平(シー・ジンピン)国家主席は、「東湖新城」という名の社区を視察した。「感染防止における社区の重要な作用を十分に発揮し、社区をウイルスから守るための堅固なとりでにしなければならない」。習氏はこう訴え、社区の職員らをねぎらった。

社区の政治的な役割が今後、ますます大きくなるのはまちがいない。

■「現金感染」への恐怖(3月10日)

マーケットが大荒れだ。国境を越えて行き交うマネーも、新型コロナウイルスの恐怖におびえている。

そんなさなか、近所のコンビニエンスストアの入り口に「できるだけスマホ決済を使ってください」と書かれた張り紙があるのに気づいた。中国でスマホ決済と言えば支付宝(アリペイ)か微信支付(ウィーチャットペイ)だ。現金でなく、スマホ決済の利用を促す「お願い」は、気がつくと街のあちこちの商店に掲げられていた。

中国ではすべての支払いに占めるスマホ決済の割合がすでに8割を超すといわれる。現金の使用はいまやごくわずかだ。なのに、改めてスマホ決済の利用を呼びかけるのはなぜか。

「感染を防ぐために、微信か支付宝をお使いください」。別の店の窓口で見かけた張り紙を読んで、ようやく理由がわかった。現金には、新型コロナウイルスが付いているかもしれない。人びとはそれを恐れているのだ。

考えすぎとばかりも言っていられない。中国人民銀行(中央銀行)の範一飛副総裁は2月半ばの記者会見で、「感染状況がひどい地区で回収した現金は消毒の上、14日間の保管期間を置いて市場に戻している」と説明した。現金を通じた感染は、当局も否定できずにいる。

北京の中心部に住む50代の孫さん(女性)はこれまでスマホ決済をほとんど使っていなかった。しかし「商店が嫌がるし、感染も怖い」と思い、最近になって微信や支付宝の利用を始めた。ウイルスは中国から現金を追い払うのだろうか。

■隔離83万人の衝撃(3月9日)

週末に外出しようとしたら、マンションの入り口に大勢の警察官が立っていた。一瞬たじろぐ。フロントの女性に「何ごとか」と尋ねると、「検査よ。気にしないで」と笑顔が返ってきた。

外地から北京に戻ってきた人を対象にした「自宅観察」と呼ばれる14日間の隔離がどんどん厳しくなっている。中国国内はもちろん、「感染が深刻な地域」に分類された日本や韓国から戻った人も部屋の外にいっさい出られない。日本人を含む外国人が多く住む私のマンションにも、隔離をきちんと実施しているか検査が入ったのだろう。

北京市当局は6日の記者会見で、自宅観察の人が現時点で市内に82万7000人いると明らかにした。北京市の人口はおよそ2000万人なので、およそ25人に1人が隔離を受けている計算になる。

欧州や米国でも感染は急速に拡大しており、当局は感染の「輸入」に神経をとがらせる。外国人の隔離政策も、さらに厳格になるにちがいない。

閑散とした北京首都空港

閑散とした北京首都空港

これほど厳しく自由を縛られるのなら、いっそ北京に戻ってこない方がいい。そう考える人が増えるのは当然だ。7日午後に北京首都空港を訪れると、到着ロビーは国内線、国際線ともにがらがらだった。

出発ロビーも同じだ。ただ、日本が9日以降、中国と韓国からの入国を制限するのをにらみ、8日は駆け込みで日本に出発する人の列ができたという。

6日にここを視察した李克強首相は「国境をまたいだ感染を有効に防がなければならない」と強調した。人の行き来がますます滞るのは必至だ。

■それでもマスクはない(3月6日)

米国でも新型コロナウイルスの感染が広がり、市民の間に不安が広がっている。ワシントン支局の同僚によると、ドラッグストアやスーパーでは消毒液をはじめとする衛生関連の商品がたちまち売り切れになったという。

北京も最近まで同じような状況だった。消毒液どころか、ふつうのハンドソープすら手に入らず、日本から緊急に送ってもらったのはつい2週間前だ。

1週間ほど前からスーパーでは消毒液などは山積みになっているのだが…(北京市内)

1週間ほど前からスーパーでは消毒液などは山積みになっているのだが…(北京市内)

いまは違う。1週間ほど前からスーパーに行くと、消毒液やアルコールタオル、殺菌効果のあるハンドソープまで山積みになっている。国産品に混じって、日本製も目立つ。政府が国内のメーカーに増産を指示したうえ、企業が日本などからの輸入を大量に増やした効果が表れているのだろう。

しかし一つだけ、どうしても店では手に入らないものがある。マスクだ。いまだにほとんど売っていない。近所のコンビニエンスストアで「被曝予防マスク」と日本語で書かれた商品が置いてあるのを目にしたくらいだ。

いまも品薄状態が解消しないマスクは、企業など「単位」と呼ばれる所属組織を通じた事実上の配給制が続く。企業が社員を出社させるためには、マスクを調達しなければならない。マスクをそろえられないから、社員の在宅勤務を続けている企業もあると聞く。

韓国やドイツはマスクの輸出を禁止した。日本はマスクの転売を原則禁止すると決めた。

世界的なマスクの争奪戦はしばらく終わりそうにない。

■バイデン氏は内臓嫌い?(3月5日)

米大統領選に向けた民主党の候補者争いで、中道派のジョー・バイデン前副大統領が3日の「スーパーチューズデー」を制した。満面の笑顔で支持者に熱弁をふるうバイデン氏の姿を見て、どうしても行きたくなった店がある。北京の有名な観光地、鼓楼の隣にある「姚記炒肝店」だ。

バイデン氏は2011年8月に副大統領として北京を訪問した際、この店にふらっと飛び込んで話題になった。独特の北京料理である「炒肝」は、日本風に言えば豚モツのしょうゆ煮込み。安くてうまくて栄養たっぷりで、北京っ子の大好物だ。「姚記炒肝店」は中でも特に人気がある店として知られる。

4日の午後に行ってみると、新型コロナウイルスの感染防止で店内の営業はやっていなかった。ただ、窓口で買って持ち帰りはできる。さすが人気店だ。こんな時期でも長い行列ができている。一人ひとりが1メートルずつ距離を取って並んでいるのが、いまの時勢を象徴する。

バイデン氏がこの店で注文したのは、当時の報道によるとジャージャー麺だった。なぜか名物の炒肝はたのんでいない。内臓系の食べ物は苦手なのか。気になるところである。

ちなみに、訪中したバイデン氏をホストとして迎えたのは、国家副主席だった習近平(シー・ジンピン)氏だ。習氏はバイデン氏が「姚記炒肝店」を訪れた際は付き添っていないが、6日間にわたって中国を旅した同氏と深く交流し、とてもウマが合ったとされる。

仮にバイデン氏が米国の次期大統領に選ばれたら、米中関係はどう変わるのか。習氏も米大統領選の行方に気をもんでいるはずだ。

■狭まらない人との距離(3月4日)

北京を代表するビジネス街の国貿地区で「一米(1メートル)行動」と書かれた看板をよく見かけるようになった。どんな場所でも人と人との距離を1メートル以上に保ち、新型コロナウイルスの感染をゼロにしましょう、という呼びかけだ。

北京を代表するビジネス街の国貿地区で「一米(1メートル)行動」を呼びかける看板

北京を代表するビジネス街の国貿地区で「一米(1メートル)行動」を呼びかける看板

北京市ではこのところ、新たな感染者がほとんど増えていない。全国でも群を抜く厳しい防疫措置を取ってきた効果の表れだろう。当局は市民に少しずつ職場復帰するよう促している。

国貿地区を歩く人が増えてきたのは確かだ。昼食時のレストラン街をのぞくと、半分くらいの店が再開し、少し前までのようなゴーストタウンを思わせる殺伐とした空気は消えた。

しかし、「一米行動」が必要なほど人の密度が高まってきたかと言えば、そうではない。中国独特の広々とした空間は相変わらずがらんとしており、肩を寄せ合うように歩くのは恋人たちくらいだ。

実は職場復帰を呼びかける一方で、北京市当局は各事業所に「人口密度」を通常の50%以下に抑えるよう指導している。3日には韓国、イタリア、イラン、日本から戻った人に14日間の隔離を求める措置を正式に決めた。ウイルスの制圧に向けた手を緩める気配はない。

「北京での感染を全力で防げ」。習近平(シー・ジンピン)国家主席は繰り返しハッパをかける。中国共産党が本部を置く政治都市・北京はやはり特別なのだ。依然としてがらがらの地下鉄がそれを象徴している。

■「敵は国外にあり」(3月3日)

日本から北京に戻ってきた人たちが続々と「隔離」されている。

ある日系企業の駐在員によると、2月25日に東京から北京に戻った際は何も言われなかったのに、翌日になって自宅マンションの管理室から「14日間、いっさい部屋の外に出てはいけない」と通告された。「同意書」にサインまでさせる念の入れようだ。

同様の措置は韓国やイタリアなどから戻ってきた人にも取られている。言うまでもなく、新型コロナウイルスの感染が急速に広がっている国々だ。

北京市当局は2月26日、「感染状況が深刻な地域」からの入国者に対し、防疫措置を厳しくすると表明した。名指しこそしなかったが、日韓やイタリア、イランなどを念頭に置いた措置だ。それまでは買い物に出るくらいなら許される緩い「自宅待機」だったのが、ここに来て一歩も外に出られない本当の意味での「隔離」に変わっている。

「海外からの『感染輸入』を防ぐのが、目下の最も重要な任務の一つだ」。国家移民管理局の担当者は3月1日の記者会見でこう強調した。初動のミスでウイルスを世界に輸出した事実は棚に置き、いまや防疫態勢が手ぬるい海外からのウイルス侵入こそが中国にとって最大の脅威だ、と言わんばかりだ。

それは国外に敵をつくり、国内の団結に利用してきた中国共産党の巧妙な宣伝工作の一環にも思える。

■注文の少ない人気店(3月2日)

大好きなショウロンポウの店が久しぶりに営業を再開したと聞き、さっそく行ってみた。いつもは長蛇の列ができる人気店だ。しかし、初めて並ばずに入店できた。店内に客は数えるほどしかいない。ふだんは予約が難しい国貿のビル群を一望できる窓際の席も、ほとんどが空いていた。

営業を再開したショウロンポウの人気店も客の入りは悪い(北京市)

営業を再開したショウロンポウの人気店も客の入りは悪い(北京市)

この店だけではない。どんな有名店でも客の入りはすこぶる悪い。新型コロナウイルスの感染は続いており、多くの人はまだ外食を楽しむ気分になれないのだろう。ようやく営業の再開にこぎ着けても、これではまったく商売にならないはずだ。

中国の国家統計局が2月29日に発表した2月の購買担当者景気指数(PMI)は製造業だけでなく、非製造業も2008年秋のリーマン・ショック直後の水準を下回り、過去最低となった。新型コロナウイルスがサービス業に与えた打撃は想像以上に大きい。人びとが外出を控えた結果、消費は大きく落ち込んだ。

3月に入っても、状況が好転する兆しはない。最初の日曜日となった1日、高級ブランドが軒を連ねる僑福芳草地ショッピングセンターに足を運んだ。やはり客はいない。広大な吹き抜けにエスカレーターが縦横に走る斬新なデザインの空間は、不気味な静けさに包まれていた。

中国経済の大黒柱に育ちつつあった消費の先行きが心配だ。

■1つのテーブルに1人(2月28日)

日本経済新聞のオフィスが入る建物のエレベーターに乗ると、中のようすが昨日までと違っていた。黒と黄色のしま模様のガムーテープで、床が四つに仕切られている。「新型コロナウイルスの感染が続く間、このエレベーターには4人までしか乗れません」。よく見ると、そう書かれた通知が張り出してあった。

北京の街では、「人数制限」が当たり前になっている。久しぶりに営業を再開した日本料理店に入ると、テーブルに「会食はできません。一つのテーブルに1人までです」と告げる張り紙があった。

北京市当局は2月初めに「集団での会食」を禁じる通知を出した。「集団」が何人をさすのかは明記していない。3人なのか、4人なのか、当初は市民の間でもちょっとした論争があった。とはいえ、2人でも会食は会食だ。違反すれば処罰されるので、先の日本料理店は安全策を採ったのだろう。

北京市内で清掃員の仕事をする60代の劉さん(女性)は近所のスーパーで入店を止められた。「店内に入れるのは20人まで。客が出てくるまで待ってほしい」。店員からそう言われ、店外でしばらく待たされたという。

北京が厳戒態勢に入って1カ月がすぎた。街のどこに行っても人がまばらな非日常の光景は、制度化された日常に変わりつつある。

■「社区」囲む現代の長城(2月27日)

隣の「社区」にも入れなくなった。先週まではなじみのクリーニング店に行くだけなら、体温検査を受けて名前と携帯番号を登録すれば中に入れてくれた。「入場証がなければダメだ」。おととい、いきなりそう言われて面食らった。

「社区」の入り口で通行人をチェックする人(北京市)

「社区」の入り口で通行人をチェックする人(北京市)

中国独特の地域コミュニティーで、行政の最小単位である社区ごとの出入りがこれまで以上に厳しくなっている。その社区の住民でなければ何を言っても入れてくれない。北京市当局が新型コロナウイルスを封じ込めるために、社区の管理をいっそう強化するよう指示しているからだ。

26日には一部の社区が、日本や韓国から戻った人に対して14日間の自宅待機を求める通知を出した。新型コロナの感染が日韓で拡大していることに、中国でも警戒が高まっているからだ。日本に一時帰国していた人たちが北京に戻れなくなるおそれがあり、日本人社会に衝撃が走っている。

社区ごとに管理の強化を競い合っている面もある。私の入場を拒否した社区は、全体で2キロメートル近い周囲を緑の壁で覆ってしまった。さすが万里の長城を築いた人たちだ、と感心せずにいられない。ずっと向こうまで伸びていく壁を見ながら、いま起きている事態の異常さを改めて感じた。

■「赤い棚」にみる商魂(2月26日)

北京を代表するビジネス街の「国貿」を北東に3キロほど進んだ古い団地街で、「無接触配送」と漢字で書かれた赤い棚をよく見かけるようになった。北京で急成長する高級食品スーパー「T11フード・マーケット」が設置した宅配商品の受け渡し場所だ。

新型コロナウイルスの感染をおそれて多くの人が自宅にこもるようになり、中国自慢のIT(情報技術)を活用した宅配サービスはどこも盛況だ。しかし、当局が人びとに厳しい移動制限を課すなか、一つの大きな問題が生じた。商品をどうやって受け渡しするかだ。

中国には「社区」と呼ばれる独特の地域コミュニティーがある。町内会のような組織で、最小の行政単位だ。

新型コロナのまん延で中国全土が厳戒態勢に入ってから、それぞれの社区は人の出入りを厳しく管理している。入り口を1カ所に絞り、監視員を24時間張り付け、部外者の立ち入りをいっさい認めない。

当然、配送員も中に入れない。だれがウイルスに感染しているかわからないから、見知らぬ配送員との接触を嫌がる顧客も多い。そこでT11が考え出したのが「無接触配送」だ。各社区の入り口に棚を設置し、ここに商品を届ける。スマホに通知を受けた顧客は、入り口まで取りに行く仕組みだ。

T11は100カ所以上に赤い棚を設置し、2月15日からこのサービスを始めた。どんなにネット通販が広がっても、食料をはじめとする商品の受け渡しはリアルな世界でしかできない。逆境の中にあっても、中国企業の商魂はたくましい。

■「強硬派外交官」の反論(2月25日)

「あなたの体温は39度です。入場できません」。いきなり係官に制止され、頭の中が真っ白になった。「そんなわけはない」と再検査を求めると、今度は36度台に下がっていた。簡易体温計の誤作動か。24日午後、私はようやく中国外務省の記者会見場に入るのを認められた。

中国外務省がリアルな記者会見を開くのはほぼ1カ月ぶりだ。新型コロナウイルスの感染を防ぐために、2月3日以降は対話アプリ「微信(ウィーチャット)」上でのバーチャルな会見が続いていた。感染が続く段階で再開したのは、中国社会が少しずつ正常化に動き出していることを国内外にアピールする必要があると判断したからだろう。

会見場に入ると、明らかにいつもとようすが違う。席と席の間が1メートル以上離されている。ふだんは参加が認められ、後ろの方に陣取っている各国外交団の姿もない。どこか重苦しい空気は、いまの中国にウイルスの脅威から逃れられる場所がないことを物語る。

すっかり中国を代表する顔の一人となった華春瑩報道局長が現れた。記者の質問に答えるのかと思ったら、新しい報道官の趙立堅副報道局長を紹介してさっさと会場を後にした。この非常時に新人の報道官を投入するのも、正常化を印象づける演出の一つだろうか。

趙氏はツイッターなどで米国批判を繰り広げてきた外交官として知られる。この日は米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記者3人の記者証を無効にした問題を追及されると「悪意や侮辱に中国は沈黙しない」と色をなして反論した。正常化への道筋が見えない中国の焦りを象徴しているようにも感じた。

■閉ざされた「巨大な卵」(2月24日)

人民大会堂のすぐ西隣にある「国家大劇院」が、3月中に予定していたコンサートや演劇をすべてキャンセルすると発表した。新型コロナウイルスの感染が収まらないなか、北京を代表する文化の殿堂も再開のめどが立たない。

国家大劇院は音楽好きで知られる江沢民(ジアン・ズォーミン)元国家主席の肝煎りで建設が決まり、2007年秋に完成した。ドーム型の奇抜なデザインから「巨大な卵」とも呼ばれ、オペラハウスやコンサートホールなど合計で約6000人を収容できる施設を備える。最近では資金力にものを言わせて世界の著名オーケストラを次々に呼び、クラシックファンの間ではちょっとした「聖地」になっていた。

街から娯楽が消えて1カ月になる。北京市当局によると、春節(旧正月)に伴う大型連休が始まった1月下旬から、市内では260の映画館、183の博物館が休館したままだ。春節に合わせて公開するはずだった大作映画や特別展は、どれもお蔵入りになった。娯楽産業が受けた打撃は計り知れない。

人びとはどこでストレスを発散しているのだろうか。北京が厳戒態勢に入って4度目の週末に、大使館街の一角にある日壇公園を歩いた。家族連れが多いのに驚く。久しぶりに外に出られてうれしいのだろう。マスク姿の子どもたちが元気に走り回っていた。

しかし、親たちの表情はさえない。長引く厳戒下の生活でたまった疲れは、着実に人びとの心をむしばんでいる。

■ぬぐえぬ「官」への不信(2月21日)

地下鉄を利用する人が心なしか増えた。営業を再開するレストランもポツポツと出始めている。状況が最も深刻な湖北省では、20日に感染者の増加数が411人にとどまった。1000人を切ったのは2日連続だ。国営メディアは「状況の改善は明らかだ」としきりに宣伝している。

経済への打撃を気にして、社会の正常化に向けた地ならしを始めているのだろう。来週から在宅勤務をやめ、通常勤務に戻すよう北京市当局が水面下で指導を始めた、という話も聞こえてくる。

だが、当局が「大丈夫だ」と言えば言うほど、不安になるのがこの国だ。実際、「新たな感染者の減少」にはからくりがある。1週間前に変えたばかりの診断基準をまた改定し、これまで「感染者」に入れていた人たちを除外したにすぎない。当局がどんなに説明しても、「状況はさらにひどくなっているのではないか」との疑念がぬぐえない。

地下鉄の駅を出ようとすると、数日前まではなかった「隔離区」と書かれた小さな囲いができていた。体温検査で37.3度以上の人は、一時ここに留め置かれるのだろうか。私が毎日利用するショッピングモールの入り口で体温検査をする係員の服装は突然、ふつうの作業服から白い防護服に変わった。

当局が「状況の改善」を強調する一方、街の厳戒態勢が厳しさを増しているのは奇妙だ。

■静まりかえる金融中枢(2月20日)

北京市内の「赤い点」を確認するのが日課になった。インターネット上で地図上に示される新型コロナウイルスの感染者が見つかった場所だ。今朝は私が住む朝陽区内に58カ所あり「いちばん近い場所まで2.5キロ」と表示された。

新型コロナウイルスの感染者が見つかった場所を赤い点で示す地図

新型コロナウイルスの感染者が見つかった場所を赤い点で示す地図

自宅の近くに赤い点がつくと、やはりドキッとする。だれもが同じ気持ちだろう。北京市当局は「安全が確認されれば職場に戻るように」と呼びかけ始めたが、多くの市民は依然として家から出たがらない。

政府部門で見つかった感染者が話題になっている。北京市は18日の記者会見で「西城区政府の職員が感染し、69人の同僚を隔離した」と明らかにした。西城区役所は中国人民銀行(中央銀行)をはじめ主要な金融機関が本部を置く「金融街」のすぐそばだ。

19日午後の金融街は不気味な静けさに包まれていた。ほとんどの金融機関は窓口を大幅に縮小しており、大通りを行き交う人はほとんどいない。ある大手銀行に務める30代の女性は「銀行から出社は週1日に限り、残りは在宅で勤務するよう指示が出ている」と明かす。

人民銀は20日午前、政策金利である最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)の1年物を3カ月ぶりに引き下げた。易綱総裁も在宅勤務だろうか。余計な心配をしてしまった。

■消えた「民族大移動」(2月19日)

いつも使っている地下鉄への連絡通路がまた封鎖された。今週に入って2カ所目だ。当局は地下鉄からオフィスビルやショッピングモールにつながる道を少なくし、人の流れを管理しやすくしているのだろう。

中国では春節(旧正月)前後の40日間を、「民族大移動」に対応して鉄道や航空などで特別な運輸体制を敷く「春運」と呼ぶ。今年は18日にそれが終わった。本来ならきょうから、北京にも完全な日常が戻ってくるはずだった。しかし、新型コロナウイルスの猛威が収まらない今年は違う。地方から北京に戻る人が少しずつ増えるのに備え、警戒態勢はむしろ強化されている。

北京駅に行ってみた。ふだんなら、旅客でごった返している駅前の広場に人影は少ない。

私が初めてここを訪れたのは、ちょうど30年前の1990年夏。真っ黒に日焼けした汚い服装の人たちにもみくちゃにされながら、半日並んできっぷを買い求めたのを思い出す。

30年たって行き交う人の服装は小ぎれいになったが、ついこの前まで人の多さは変わらなかった。北京駅にもとの活気がよみがえる日は来るのだろうか。

■あるじ戻らぬ人民大会堂(2月18日)

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、中国の政治カレンダーで最も重要なイベントにまで影響が及び始めた。3月5日に開幕する予定だった全国人民代表大会(全人代、国会に相当)だ。同大会の常務委員会は17日、全人代の延期を24日に審議すると決めた。

全人代の舞台となる人民大会堂は天安門広場の西側に位置する。中華人民共和国の建国10周年を記念し、1958年から59年にかけてわずか10カ月の突貫工事で完成した重厚な社会主義建築だ。全人代の全体会議が開かれる巨大な「万人大会礼堂」には、その名のとおり1万人を収容できるといわれる。

17日の午後に、車で人民大会堂の前を走った。ふだんは多くの観光客が記念撮影をしている場所には、マスクを着けた警官がひとり立っているだけだった。向かいの天安門広場にも、警備にあたる武装警察官らの姿しかみえない。新型コロナウイルスの拡散を警戒する張り詰めた空気が、辺り一帯を包んでいた。

全人代の延期が、習近平(シー・ジンピン)国家主席にとって政治的に大きな痛手となるのは間違いない。向こう1年の重要政策を決める全人代を開けなければ、中国の政治カレンダーは始まらないからだ。人民大会堂に、あるじである3000人の代表が戻ってくるのはいつか。それすらもまったく見通せないところに、今回の危機の深刻さがある。

■マスク無ければどこへも…(2月17日)

もう何度目だろう。きょうもマスクを着けないまま自室を出てしまった。マンションの一階に下りてすぐに気づく。周りの人が私をけげんな目で見つめ、避けるようにすれ違っていくからだ。慌てて部屋にマスクを取りに帰る。

北京市内にはマスク姿の習近平氏を大写しにした掲示物がある

北京市内にはマスク姿の習近平氏を大写しにした掲示物がある

いまの北京ではマスクが無ければどこにも行けない。あらゆる建物の入り口に「マスクを着けてお入りください」と書かれた看板や張り紙がある。実際、まちなかでマスクを着けない人は一人も見ない。唯一、数少ない営業中の飲食店で、食事をする人だけが例外的にマスクを外している。

とはいえ、市内のどこに行ってもマスクは売り切れだ。ネット通販でもほとんど買えない。ふつうの人はどこで手に入れているのか。

市内のショッピングモールで働く朱可心さん(25)は「1月に日本を旅行した際に少し買ってきたが、使い切ってしまった。いまはお店が1日1枚くれるマスクを着けて出勤している」と話す。教師の李丹さん(30)は「学校は休みだし、マスクもないので外に出ない」という。マスク問題は市民共通の悩みだ。

習近平(シー・ジンピン)国家主席は10日に市内を視察した際、マスク姿で市民に笑顔を振りまいた。「あのマスクはどこで買ったのか」。そんな冷めた声も聞こえてくる。

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