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イチローと松井氏 つながりつつ、交わらぬ野球人生

スポーツライター 丹羽政善

今のビデオカメラは、それがたとえ家庭用であっても超高性能だ。例えば、ズーム機能を使えば、ネット裏の記者席からでも外野席にいる人の表情が分かる。しかも、なんとなくではなく、鮮明に。8年ほど前に買ったビデオカメラなど今や時代遅れ。今のモデルの方が、性能も上で、値段は半値。時の移り変わりは加速度を増す。

松井氏引退、時の流れの速さ感じ

同じように時の流れの速さを感じたのが、松井秀喜氏の引退。 2003年にヤンキース入り。09年にはワールドシリーズで最優秀選手(MVP)。その後は、エンゼルス、アスレチックス、レイズでプレー。折に触れて取材してきたその彼がついに……。

昨年7月22日、現役最後の打席を目の前で見たが、何でもないショートフライが今も記憶に残る。これが最後の打席かもしれない。そんな思いで見ていたからだ。

その松井氏が引退を決めたのは昨年暮れのことだが、先月28日、ヤンキースタジアムで引退セレモニーが行われている。

元チームメートらとの写真撮影、デレク・ジーターによる額に入った「55」番のユニホームの贈呈。いろいろなハイライトがあったが、同じ時代を並走し、今は松井氏に代わってヤンキースのユニホームを着るイチローとのツーショットこそ、意味深いものがあったのではないか。

イチローと松井氏、和やかに会話

実現したのは、松井氏が始球式を行う直前のこと。久々にヤンキースの55番のユニホームに袖を通し、ダッグアウトで出番を待っていると、その背後から現れたイチローが、「久しぶり」と声を掛けた。

その様子が記者席から見えたが、さすがに表情までは分からない。ふと思いついて、隣にいた友人のビデオカメラを拝借して2人に焦点を合わせると、互いがほおを緩めて言葉を交わしているのが分かった。

和やかな雰囲気の中、松井氏はイチローに「今日はチームメートですね」と話し掛けていたそう。同じピンストライプのユニホームを着て並ぶ2人。確かにそう映った。本当の意味でのそれはしかし、ついに実現しなかった。

イチローが生まれたのが1973年10月22日。そのおよそ8カ月後の74年6月12日に松井氏が生まれている。

同世代の2人は、中学時代から互いを意識。プロ入りは1年違い。松井氏が後を追った。

しかし、日本ではリーグが違い、イチローはオリックスで、松井氏は巨人でそれぞれプレーし、オールスターでもチームメートになることはなかった。その後、イチローはマリナーズ、松井氏はヤンキースへと移籍。メジャーの舞台では2003年と04年にオールスターでチームメートとなったが、それ以上はなかった。

WBCでも同じユニホーム実現せず

2人が本当の意味で、同じユニホームに袖を通すことはあるのか?

彼らがプロ入り以来、そういうイメージを抱いたファンは少なくないはずだが、それが現実味を帯びたのは、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の開催が決まったときだ。

メジャーの同じチームでというより、日本代表チームで同じユニホームを着るということのほうが、ひょっとしたらより大きな意味を持ったかもしれない。日本の野球史に照らし合わせても希代の2人。同時代にプレーしていること自体が奇跡だが、その2人がついに日本チームのラインアップに名を連ねる可能性が生まれたのだ。

「1番・イチロー、4番・松井」、あるいは、「3番・イチロー、4番・松井」。

いずれもイメージするだけでしびれるが、残念ながら、イチローが06年と09年の大会に出場してチームを連覇に導いたのに対し、松井氏は第1回大会はシーズンを優先し、2回目は前シーズンのオフに膝を手術していたことから回復に専念した。結局、2人がそろって「JAPAN」のユニホームを着ることはなかった。

最後の最後まですれ違いの2人

イチローが、ヤンキースへのトレードを受け入れたのが昨年7月23日のこと。その2日後に松井氏はレイズから戦力外通告を受け、その後に退団している。実は松井氏がメジャー最後の打席に立ったときの相手が、イチローがトレードされる直前のマリナーズで、イチローのマリナーズのユニホーム姿もそれが最後。そうして最後の最後まで縁を感じさせながら、2人はすれ違った。

「今週の日曜日だよね? テレビで中継されるなら、必ず見るよ」

引退セレモニーの5日ほど前、アスレチックスのボブ・メルビン監督とヒューストンで会うと、触れるまでもなく、彼はその話題を口にした。

2人が同じチームなら「監督は楽」

イチローと松井氏のチームメートになった選手は決して少なくないが、2人の監督を務めたのはヤンキースのジョー・ジラルディ監督とメルビン監督の2人だけである。メルビン監督は03年から2年間、マリナーズの監督を務めた。アスレチックスの監督代行に就任したのは11年6月10日。松井氏のアスレチックス1年目だった。

そのメルビン監督は、イチロー、松井氏と食事にも行く仲。「イチローとは、彼がオークランドに遠征してきたときなんかに食事に行くし、マツイとは昨年のシーズン後、ニューヨークで食事をしたんだよ」

2人とどんな会話をするのかまでは明かさなかったが、「共通するのは」と言って言葉を切ると、こう続けている。

「野球人としても素晴らしいが、ともに人間としても素晴らしい、ということだ。そんな2人の監督だったことを、誇りに思う」

選手としては、「気を使う必要がない」と振り返った。「彼らは、やるべきことを知っている。野球も知っている。監督としてはありがたい選手だ」

では、2人が同じチームにいたとしたら? 「監督は楽になる(笑)」

松井氏へ米国流に「おめでとう」

イチローは松井氏に、「いろいろ、おめでとう」と声を掛けたそうだ。

離婚が成立すると、「おめでとう」と声を掛ける米国。引退も何かの終わりではなく、始まりという捉え方をする。日本のように涙はない。イチローは米国に倣ったが、松井氏が引退を決断したときには、感傷的な言葉も残している。

「中学生の時から存在を知る唯一のプロ野球選手がユニホームを脱ぐことが、ただただ寂しい」

矛盾する2つの思い。とはいえ、ともに偽りはない。その複雑さは、つながりながら平行線をたどった2人のキャリア、関係をどこか暗示するようでもあった。

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