イチローが抱く危機感 あったはずのものが…
スポーツライター 丹羽政善
前半戦最後となった14日の試合前、ヤンキースのクラブハウスにはかつてホワイトソックスでプレーした高津臣吾氏、日本人で初めてメジャーの舞台に立った村上雅則氏らが訪れ、いつもよりにぎやかな雰囲気になっていた。
■最後は覇気なく敗れ4位で折り返し
午前10時にクラブハウスがオープン。どこかから戻ってきた黒田博樹に高津氏が近寄ってしばらく談笑していたが、取材者などに対してクラブハウスが閉まる同11時までにイチローが現れることはなく、前日の試合前同様、その姿を見ることはなかった。
その前半の最終戦で、メジャー通算2000試合出場の節目を迎えたイチローは本塁打を含む5打数3安打と気を吐いたものの、ヤンキースは4-10で大敗している。蒸し暑い、典型的な夏のニューヨークのデーゲーム。ツインズに覇気なく敗れたチームは、前半を地区首位のレッドソックスと6ゲーム差の4位で折り返した。
4位とはいえ、プレーオフは十分に射程圏。地区優勝できなかったチームのうち、各リーグとも2チームがワイルドカードを手にしてプレーオフに出場できるが、そのワイルドカード争いでは前半戦終了時点で3ゲーム差の4位。慌てる差ではない。
■存在した「何とかしたい」との思い
ただ、ヤンキースは今、そうした数字以上に際どい状況にあるようだ。少なくともイチローは強い危機感を抱いている。あったはずのものを失ったことに。
「選手たちはここに来ると"何とかしよう"という思いがだんだん生まれてくる。"しなきゃいけない"という思いから始まって、"何とかしたい"という純粋な思いが生まれてくる。それはおそらく、他のチームにはない。そういうものがここにあるはずで、それが前半戦にあったと思う」
今のチーム状態を分析したとき、見えないが確実に存在したものが、過去形で表現されていた。
7月は、オールスター戦前の14試合で9勝5敗だった。決して悪くない。しかし6月11日からの18試合で5勝13敗。これが痛かった。
■相次ぐ主力離脱、悪循環断ち切れず
特に変化を感じるのは、試合後だそう。「勝つといい雰囲気になるけど、負けるとちょっとなんかねえ。その差が、今のチームにはある気がするんですよ。そこが安定している感じがしない。ちょっとらしくないと言えば、らしくない」
確か昨年の移籍直後は、勝っても負けても、クラブハウスの雰囲気が変わらない、ということに驚いていた。それが強さを生み出す、あるいは支えている、というのが彼なりの分析だったが、それが今、崩れている。
無理もない。動じない空気をつくっていた主力が今も戦列を離れ、悪循環を断ち切れない。
昨年のプレーオフで左足首を骨折したデレク・ジーターは、キャンプでその故障を再発させた。7月11日に戻ってきたものの、その試合で右大腿部を痛めて、再び故障者リストに入った。
オープン戦の初戦で右の手首を骨折したカーティス・グランダーソンは5月14日に復帰したが、10日後の24日、今度は左手の小指をやはり死球で骨折し、復帰は8月までずれこむと予想されている。
ワールド・ベースボール・クラシックの米国代表に参加したものの、その時の練習で右手首を痛めたマーク・テシェイラは、5月31日に復帰したのもつかの間、15試合に出場しただけで、再び同じ箇所を痛めて手術。今季を棒に振ることになった。
■選手はいっぱい、いっぱいの状態か
考えてみれば、ヤンキースは今季、一度もベストオーダーを組んでいない。
4月は「何とかしたい、何とかしないと、というところで、いろんなことがかみ合った」とイチロー。しかし、ジーターらが帰ってくるまで、と踏ん張った選手らはもういっぱい、いっぱいか。ようやくバトンを渡せる。そう思ったのもつかの間、バトンを渡す相手が故障して、もう1周。どこまで脚が残っているだろうか。
現状、もう少し今のメンバーでしのがなければならない。ジーターの復帰は早くても7月27日。グランダーソンの復帰は8月上旬の見込み。踏みとどまれるか。
イチローは言う。「(かみ合った)事実が1回ありますからね。ないものから何かを生もうとしてるわけではない。もちろん、当時とメンバーは違うんですけど、技術以外の何かは確実に存在する。まあそれは、(存在)してほしい。しているだろうという希望も含めてなんですけど」
■「やっぱ、ジーターがカギになる」
何かを握るのはジーター。イチローは「ジーターが長いこといないのが大きい」と話し、「やっぱ、ジーターがカギになるというかね」と続けた。
ジョー・ジラルディ監督には申し訳ないが、彼がいかに選手らを叱咤(しった)激励したとしても、ジーターの一言や存在感にはおそらく及ばない。重みが違う。
そのジーターの姿がフィールドにない、クラブハウスにない――少なくともあと1週間ほど。その間、ヤンキースは強豪のレンジャーズ、レイズと対戦予定で、後半のヤマをいきなり迎えている。
正念場だろう。
「この組織では、どんな状態でも今あるものすべてでなんとかすると思う。フロントを含めて」とイチロー。問題は、それが残っているかどうか。
後半初戦、ヤンキースはレッドソックスに競り負けて、その差が7ゲームに開いた。イチローとヤンキースの後半戦は、一歩後退して幕を開けている。