ウナギ瀬戸際 それでも食卓へ
写真は語る
国際自然保護連合は今月、ニホンウナギを絶滅危惧種に指定するか検討に入った。国際取引を規制するワシントン条約の議論にも影響する。日本では今、海外種の輸入や完全養殖事業化の動きが進む。我々はどこまでウナギを消費し続けるのだろうか。

「近い将来、スーパーの店頭からニホンウナギが消えるかもしれない」。今年、ウナギ業界の関係者からこんな声を聞くようになった。
ウナギ自体が消えるというわけではない。資源が枯渇し、相場が高騰しているニホンウナギに代わる新顔が、量販店での「お手ごろなウナギ」の主流になる可能性があるというのだ。
筆頭候補は東南アジアに生息するビカーラ種。既に大手スーパーの店頭にも登場している。ニホンウナギに比べると体長が短く、皮が厚いが、かば焼きになると簡単には見分けがつかない。価格は1尾千円以下。ニホンウナギより500円以上安い。
7月22日は需要のピークの土用の丑(うし)。インドネシアでビカーラ種の養殖・加工を手がけるインダスト(熊本県玉名市)の中川勝也社長は「引き合いは強い。色々な取引先からあるだけすべて欲しいと言われる」と話す。
ビカーラ種の養殖・加工はインドネシア以外に、日本や中国でも始まっている。混乱を避けるため、水産庁は5月、ニホンウナギを原料にした国産かば焼き製品には「ニホンウナギ」と明記するよう通達を出した。
暑さの盛りの土用の丑にウナギを食べる慣習は商売上の戦略から始まった。ウナギ屋の店主から客足が落ちる夏の集客策を請われた江戸時代の知識人・平賀源内は、丑の日にウのつくウナギを食べる夏バテ対策を提案したといわれる。元来、ウナギの旬は冬眠に向けてエサを食べ込む秋だったのだ。





現在、日本人が食べているウナギは99%以上が養殖物だ。養殖に使う稚魚のシラスウナギは日本の南方2500キロの西マリアナ海域でふ化した後、海流に乗り、冬から春に日本の河川にやってくる。養殖業者はこの時期に捕れたシラスを仕入れ、成魚に育てて出荷する。ビニールハウスでボイラーをたき、エサを大量に与え、自然界では3~10年かかる工程を半年でこなす力業。高値で売れる丑の日に間に合わせるためだ。


1990年代から2000年代前半にかけて、低価格を武器にした中国産の冷凍かば焼きの輸入が急増した。日本でも負けじと大型加工場が次々と建った。大型スーパーやファストフードもお手ごろ価格のウナギを扱い始め、晴れの日の食材だったウナギは、ワンコインで調達できる日常食に様変わりした。

行き過ぎた商業主義のツケが噴出したのは一昨年だ。需要期の夏を過ぎてもウナギの値段が下がらなくなった。その冬、稚魚が深刻な不漁になるとウナギ相場は高騰した。昨年春には前年同期の2倍になり、ウナギ店の値上げや廃業が相次いだ。
稚魚の不漁は過去の乱獲が原因とみられている。ニホンウナギの後釜と期待されるビカーラ種にしても、資源の状況は未知数だ。ニホンウナギを絶滅の危機に追い込んだ大量漁獲、安値販売を繰り返す愚は何としても避けたい。
ニホンウナギの稚魚を人工的に育てる技術は確立されている。しかし、コストの高さを考えれば天然の稚魚に頼らない養殖の早期実現は非現実的だ。海洋環境の変化により、ニホンウナギの資源が急回復する可能性もなくはないが「それをあてにしてシラスを捕り続けるのは万馬券を狙って原資を減らし続けるようなもの」(北里大学海洋生命科学部の吉永龍起講師)。当たるのが先か、破産が先か。
安いウナギが大量に出回る時代は当分来ないとあきらめた方がいい。今、消費者としてできることは、ウナギを晴れの日の食材として認識し直し、特別な日に、相応の対価を払って食べることだ。ウナギは元来、日常食にはもったいない存在なのである。




商品部 吉野浩一郎 写真部 寺沢将幸、瀬口蔵弘