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認められた「馬券のプロ」 競馬払戻金課税で判決

2013年5月23日は、「馬券のプロ」が職業として認められた日として記録されるかもしれない。馬券の払戻金に対する課税のあり方が争点となった大阪地裁の刑事裁判。所得税法違反(単純無申告)に問われていた元会社員に、同地裁は同日、懲役2月・執行猶予2年(求刑懲役1年)の有罪判決を下す一方、申告すべきだった所得額については、被告側の主張を全面的に認めた。

所得額の主張、双方に20倍の落差

競馬脱税事件の判決を受け、記者会見する弁護士(23日)

元会社員の脱税行為が問われた裁判だったが、ファンを含む競馬関係者の注目を集めたのは払戻金の課税に際し、外れ馬券の購入費まで必要経費と認めるか否か。

双方が主張した所得額(07~09年)は、検察側の約28億8000万円に対し、被告側は約1億4000万円。20倍もの開きがあった。この差は必要経費を巡る解釈の違いから生じたが、根本には馬券の払戻金を税制上、どう位置付けるかという問題があった。競馬は払戻金による一定の収益を見込める"仕事"となりうるのか、それとも宝くじと同様、買った後は祈るだけのギャンブルにとどまるのか? 今回の判決はこの問いに回答を示したともいえる。

大阪市在住の被告は04年から、日本中央競馬会(JRA)のネット投票システム「IPAT」を通じ、 100万円の元手で馬券を買い始めたのだが、方法が並大抵ではなかった。古典的なファンのように、個々のレースを予想し、結果に一喜一憂するのではない。多くのレースに網をかけ、効率的に高額配当馬券を的中させることで、投資に対するリターン(回収率)の最大化を図った。

武器は市販の予想ソフト。レースを左右する様々な要素についての分析が瞬時にできる。被告はこれを自ら改良して、各レースで高いリターンの期待できる馬を選び出す方法を編み出した。

40の要素を分析、毎回100通り購入

レースを左右する要素として、被告が選んだ要素は実に40に上るという。その詳細は明かされていないが、裁判資料などによると「前回のレースで5~7着に入った馬は、好走する確率が高い割に人気になりにくく、高いリターンが期待できる」という"法則"があったという。他の要素についても同様に分析を進め、リターンの期待度を数値化。そのうえで各馬を順位付けし、高い馬同士の組み合わせの馬券を購入していた。

データで勝負するから新馬戦や障害戦は買わないが、残りの全レースについて、毎回 100通り単位で購入していたという。中央競馬のレースは原則として週末。本人は週末に家を空けることが多かったようだが、その間も自宅のパソコンで馬券を自動購入するシステムを組んだ。

 競馬脱税裁判
 大阪市の元会社員が2007年から09年の間、インターネットで28億7000万円の馬券を購入し、払戻金30億1000万円を得た。一般的なサラリーマンの場合、一時所得のもうけが年90万円を超えると申告義務が生じるが、元会社員はこれを怠ったとして大阪国税局が税務調査。6億4000万円の所得税が課され、検察は払戻金を申告せず5億7000万円を脱税したとして起訴した。5月23日の大阪地裁判決は所得税法違反は認めて、懲役2月・執行猶予2年(求刑懲役1年)を言い渡した。しかし、脱税額については「利益は外れたレースも含めて継続的に馬券を購入してきた結果によるもので、当たった馬券の購入代だけでなく、外れ馬券の代金も必要経費になる」という元会社員側の主張を認め、5200万円に減額した。

結果は競馬の専門家が見ても驚くべき好成績だった。被告側が提出した資料によると、05~09年の5年間で、約35億986万円の馬券を購入し、払戻金は約36億6493万円。差益は1億5507万円に上り、回収率は 104.4%を記録した。

5年間平均で驚異の4.4%プラス

これがどれほどの数字かは、中央競馬の馬券の払戻率(約75%)と比較すれば一目瞭然だ。払戻率とは、馬券購入というゲームの参加者全員の回収率である。1人の参加者でも、購入を繰り返せば、自然とこの数字に近づいていく。長期的に回収率90%を維持していれば相当なスキル、というのが競馬関係者一般の見方だ。1万円を投じて9000円を回収できていれば上出来、ということになる。こうした通り相場からすると、5年で4.4%のプラスはほとんど神の領域といえるだろう。

だが、08年のリーマン・ショックを機に、被告の運命は暗転した。馬券の差益を株式に投じていたが、相場の急落で約7000万円の損失を出したという。しかも、経緯は明らかでないが、馬券での高収益が国税当局の知るところとなった。大半の競馬ファンと同様、被告も払戻金にかかる税金について、深くは考えていなかったと思われる。だが、課税を巡る攻防は信じ難いような方向へと発展した。

払戻金に課税する際、どこまでを必要経費と見なすか。実は明確な判例がない。そのため当初は国税側も「これはリーディングケース」と慎重姿勢だったようだ。

唯一のよりどころとなったのが、1970年の国税庁通達だった。この通達は馬券の払戻金を、給与所得や継続的な事業による利益とは異なる「一時所得」の一例として挙げている。これに準じて国税側は元会社員が得た約37億円の払戻金を一時所得として処理した。ここで問題となるのが外れ馬券の扱いである。

パソコン内に購入履歴

所得税法34条は、一時所得を「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」としている。「降って湧いたような臨時収入」のイメージか。

ちなみに宝くじの当せん金は法律で非課税とされている。宝くじは本来確定的な収益が見込めるものでなく、売り上げ確保のための政策的な配慮があるからだ。

競馬の払戻金も所得の性格としては宝くじに近いが、非課税とはされていない。政策的な是非は別として、現在の税制ではきちんと申告して納税しなければならない。

問題をややこしくしたのは元会社員の"常識"を越えた手法だった。網羅的、継続的に馬券を買い、高いリターンを追求した被告の手法は「たまたま当たってもうかった」というには程遠く、投資事業にも似た域に達していた。国税当局がよりどころとした通達の一時所得とは、実態として相当のギャップが生じていたわけだ。

被告は詳細な購入履歴を自身のパソコンに残していた。国税当局はこれを手掛かりに全体の購入額約35億円から、的中馬券に投じられた分だけを抽出し、必要経費を1億5350万円と算定。これが冒頭の20倍という落差の正体である。

実は東京国税不服審判所でも、係争中のよく似た事例があるのだが、この件は当事者が履歴を残さなかったため、国税側はIPATの銀行口座の入出金の履歴だけを根拠に税額を算定した。この場合、入出金は週単位で払戻額と購入額を一括表示するため、外れ馬券も必要経費に入ってくる。

「買い方次第で事業になり得る」

結局、大阪の被告は、5年間で35億円近い所得を上げたと見なされ、所得税だけで約6億8100万円、無申告加算税や地方税を加えると、約9億9191万円という納税義務を課された。馬券で出した差益の実に6.4倍に上る。刑事告発されて被告の身となり、勤めていた会社を退職。係争が続く間に約6800万円を納税したが、今では財産も底をつく状況に追い込まれた。

判決は、無申告による刑事責任を認めた一方、今回の払戻金については「雑所得」と明確に判断した。社会通念上、ギャンブルは生計の手段になりえないからといって、それが今回の事例の事業性、営利性の判断に否定的な影響を与えはしない、という論理である。

その上で、被告の購入方法は「網羅的で大量かつ継続的」で「娯楽ではなく資産運用の域」として、「所得が質的に変化した」と判断。商品先物取引や外国為替証拠金(FX)との類似性も指摘した。馬券の購入は一般的に事業とはならないとしつつ、「買い方次第では事業にもなり得る」と判断したのだ。

事業か娯楽かの線引き、極めて重要

「事業か娯楽か」の線引きが極めて重要なのは、失敗に対する扱いが違うからだ。小売業者は仕入れた商品が売れ残っても、仕入れ費用は全額、必要経費となる。メーカーが研究開発で失敗しても同じことだ。買い方次第では営利目的の馬券購入は成り立つとし、外れ=失敗を「費用」と認めた判決は、馬券で生活するプロの存在を認めた意味を持つ。

逆に、払戻金を一時所得と扱った国税当局の立場の背景には、馬券が宝くじと同じく、99.9%は外れるもので、買う側は「最初から捨てたつもりで買っている」という考え方がある。捨てたつもりだから当然、経費にならないし、当たりは偶然だから、当たり馬券の額だけが経費となるわけだ。

こうした議論のなかで、あいまいな立場のまま放っておかれかねないのが、一般のファンだ。一般のファンといっても、近年は「ダービーと有馬記念だけ」といったライトファンが減り、常連の占める比率が高まっている。中央競馬でネット・電話投票の売り上げが全体の6割を占める現状も、常連の多さの表れである。

事業性認められにくい一般ファン

彼らの多くは、今回の被告ほどではないにせよ、リターンの最大化に努力し、データの活用にも熱心だ。だが、こうした人々が「事業性」を認められる可能性は低い。従って、今回の被告のように、国税当局に「いいとこ取り」的に所得算定をされるリスクは残っている。場合によっては、トータルで損をしても納税義務が生じるような事態が起こる可能性は消えていない。

第2次世界大戦前、競馬の存在目的は軍馬育成の費用を出すことだったが、戦後は財政貢献に変わり、中央に関しては売り上げの1割が国庫納付金となる。税金と銘打ってはいないが、馬券を買う側からすれば、90円の商品に10円の消費税(11.1%)が課せられているのと同じことだ。

払戻金への課税は二重取りとの見方もあるし、赤字でも課税となれば、馬券の売り上げが萎縮し、取った税金以上に国庫納付金が急減。差し引きで国家財政の懐勘定としてはマイナス、という本末転倒になりかねない。

被告側の中村和洋弁護士は判決後、「もともとほとんど税収がなかったのだから、宝くじのように非課税にして、安心して馬券を買ってもらえばよいのでは」と話している。

JRA「安心して競馬を楽しめるように」

この問題に関し、当のJRAはどういうスタンスをとっているのだろう。

JRAがこの件を察知したのは実は10年である。国税側の強制調査が及んだためで、保存されていた直近60日分の被告の電話投票の履歴を提出した。

今回の被告はJRAにとっては上客中の上客で、馬券を買えなくなったこと自体、JRAにとって大損害だ。一般のファン心理が萎縮するマイナスも考えれば、黙ってはいられないところだが、JRAは農水省傘下の特殊法人。国の強い影響下にある以上、被告に肩入れするわけにもいかない。

今回のような不幸を避けるためにも、JRAは馬券購入者に納税義務をより周知徹底させるべきだ、という声がある。一方で、馬券を買っている人の9割はトータルで損をし、まれにプラスを出した人も含めて所得申告している人は皆無に等しいとみられる実態もある。

このゆがんだ状態のままでいいはずはないが、JRAは寡黙だ。判決を受けて23日、JRAは「払戻金の課税については、『競馬産業全体に関わる問題』といった観点から、お客様が安心して競馬を楽しめるようなものにしていただきたいと考えております」とコメントしただけだった。

(野元賢一)

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