リンクス旅に出かけよう ゴルフは氷河の贈り物 辺境の地・奥ハイランドへ
ゴルフ作家 山口信吾
■なんとも爽快、大自然を走り抜ける

エディンバラからハイランドの中心都市インバネスまでは、一般幹線道路「A9」を経由して約250キロ。イギリスの一般幹線道路の制限速度は時速60マイル(時速96キロ)と日本の高速道路並み。ハイランドの大自然が織り成す絶景をめでながら爽快なドライブを楽しむことができます。
おわんを伏せたように見える山が次々と現れ、遠くに古城が見え隠れします。峠を越えると、視界が開けて谷間の地が広がり清流が流れています。道を下っていくと、川べりでは牛や羊が草をはんでいます。窓をいっぱいに開けて新鮮な空気に当たれば、なんとも爽やかな気分になります。

インバネスへの道すがら、ぜひ立ち寄ってほしい山間(やまあい)の小さな村が2つあります。そのひとつは、ビクトリア女王が愛してやまなかった「ピトロクリ(Pitlochry)」です。夏目漱石の『永日小品』という短編のなかに、ピトロクリの秋の色を写した『昔』という小文があります。1902年秋、ロンドンに留学中の夏目漱石が訪れたときの滞在記です。
ピトロクリには、美しい山々に囲まれた18ホールのコースがあります。立ち寄ってみると、なんとも魅力的で大いにそそられます。しかし、プレーしたことはありません。長い旅は始まったばかりで、まだ先は長いのです。
もうひとつ見逃せないのは、「ボートオブガルテン(Boat of Garten)」という美しい避暑地です。ここには、魅力的な林間コースがあります。ぼくは、ボートオブガルテンを「山のリンクス」だとみなしています。硬く締まった波打つフェアウエーが素晴らしいのです。14番パー4のティーグラウンドに至れば、眼下にスペイ川が滔々(とうとう)と流れ、背後にはケアンゴームの山々がそびえています。絶景に息をのみます。

■人口1200人の過疎地に偉大なリンクス
インバネスを抜け、マレー湾にかかった長大なケソック橋を渡って、一路、「ロイヤル・ドーノク(Royal Dornoch)」を目指します。
最果ての地にある人口1200人のドーノクに、なぜこのような偉大なリンクスが存在し得るのか、不思議に思えます。過疎の極みのような地域性と、あまりにも見事なリンクスの対比がそう思わせるのです。
しかし、よく考えてみれば、自然のままのリンクスランドの草の一部を刈っただけのコースであり、造成費はほとんどかかっていません。野生の芝草なので維持費もわずか。ロイヤル・ドーノクは、神の手で生み出され、ごく少数の裕福なゴルファーたちの情熱と献身によって維持されてきたのです。

1877年、セントアンドルーズ大学に在学中にゴルフを覚えた地元の名士の1人が中心となって、ドーノクGCを設立し、街はずれにある広大なリンクスランドの一角に、9ホールのコースを開場しました。その後、遠くセントアンドルーズから招かれた当時のゴルフ界の第一人者、トム・モリスの手で、1886年、18ホールに拡張されたのです。
1998年にロイヤル・ドーノクを初めて訪れて、3ラウンドしました。それでも心残りがしたくらいです。それ以来、3度にわたって訪れました。訪れるたびに新たな感動を覚えます。
5番パー4の高台にあるティーグラウンドに立てば、眼下に絶景が広がっています。澄み切った青空に白い雲がぽっかりと浮かび、原野の中を、緑と茶色が入り交じった絶妙な色合いのフェアウエーとグリーンが、波打ちながらゆるやかに伸びています。
絶景に酔いしれているわけにはいきません。吹き寄せる海風をものともしないで、ドライバーを振ると、原野を越えてフェアウエーに落ちた白球が、どこまでも転がっていきます。気持ちイイ!

6番パー3でのプレーを終えて、海岸段丘にある7番パー4に向かって坂道を上ります。段丘の斜面は見渡す限りゴース(ハリエニシダ)で覆われています。坂道の途中で振りかえると、ゴースの群生越しに、ドーノク湾を背景にフェアウエーとグリーンが連なって見えます。空と海とリンクスが混然一体になっています。神の造形に畏敬の念すら覚えます。
ゴースは、春には黄金色のかぐわしい花を咲かせます。2ホールにわたって続く海岸段丘の斜面全体が黄金色に染まるのです。ぜひ一度、満開のゴースをめでながらラウンドをしたいと思っています。
■海風に吹かれてプレーすれば夢心地

ロイヤル・ドーノクのグリーンは硬く締まっていて速く、うねっています。さらに、グリーンの多くは自然の砲台になっていて、正確なショットが要求されます。少しでも距離や方向が狂うと、ボールはグリーンを転がり落ちてしまって、難しいアプローチを強いられます。安全な方向を狙おうとすると深いバンカーが待ち受けています。
少し距離が足りないだけでも、ボールはグリーンの斜面に跳ね返されてしまいます。かといって、キャリーでグリーン中央に届く大きめのクラブを選べば、グリーンで跳ねたボールが奥へ転がり落ちてしまうのです。スピンがかかった正確なショットを打たないと、グリーン上にボールを留めることができません。ゴルフは正確性を争うゲームだと思い知らされます。
9番パー5から16番パー4まで、海に接したホールが続きます。潮騒を聞きながら、海風に吹かれてプレーしていれば、スコアのことを忘れて夢心地になります。

ドーノクから北西に進路をとって、「ヨーロッパ最後の辺境」と呼ばれる野性の地へ向かいました。一車線の細い山道をたどって、ひたすら北へと向かうのです。荒涼とした土地には人家がほとんどありません。次々と現れるとてつもない岩山の威容に目を見張ります。
こんな岩山が続く山道の果てに、はたしてリンクスが存在するのだろうかと思い始めた矢先に、氷河が削った雄大なU字谷に差し掛かったのです。U字谷を下りて行ったはるかかなたに、かすかに海が見えます。そして、海沿いに緑色の土地が目に入ったのです。あれこそが、目指しているリンクスに相違ありません。
■一筋縄ではいかない最果ての9ホールを堪能

さらに巨大な岩山をいくつも過ぎてから、やっとスコットランド本土最北端のリンクス、「ダーネス(Durness)」にたどり着いたのです。見渡す限り岩で覆われた土地に、緑したたるリンクスランドがぽつんと存在するのは奇跡のように思えます。
コースに足を踏み入れると、フェアウエーの幅が狭くて超難しい。狭いフェアウエーの両側は手つかずの原野で、フェアウエーを一歩外れるとロストボール。しかも、一筋縄ではいかない変化に富んだ地形なのです。
8番パー4では、眼下の海に向かってひたすら打ち下ろします。第2打では、海に接した見えないグリーンを狙うのです。目標杭(くい)を頼りにして思い切ってクラブを振ります。丘を下ってグリーンに乗っている白球が目に入ったときのうれしさは格別。そして、最後の9番パー3は海越え! 変化に富んだ地形と深いラフに翻弄されながらも最果ての9ホールを堪能しました。

ラウンドのあとで管理人に、フェアウエーの幅が狭くて難しかったと愚痴をこぼすと、環境保護地区に指定された国有地なので、勝手に草を刈ることはできないとのこと。原野には貴重な生物が生息しているのです。
ダーネスは人口わずか400人の最果ての寒村。そんなところにも9ホールとはいえ、手入れが行き届いたコースが存在することに心打たれます。村の若者たちがコース設計をしたのだそうです。ぼくが訪れたときは、年に1度のレディース競技会の日でした。遠くオークニー諸島からも女性ゴルファーたちが集まっているのです。
■グリーンキーパーは放牧の牛・羊
なぜ岩だらけの土地に緑あふれるリンクスランドが存在するのでしょうか。それを理解するには、リンクスランド形成の歴史をひもとく必要があります。氷河期には、スコットランドは1200メートルにも及ぶ途方もない厚さの氷で覆われていました。約1万年前に氷河期が終わるとともに大地を覆っていた厚い氷は溶け始め、岩を削りながら海へ向かって動き出したのです。

山肌が削られて大量の砕石や砂となって海に運ばれ、海底に厚く堆積しました。やがて氷河の重圧から解放された大地は隆起し、海底に堆積していた砂の層が地上に姿を現したのです。
そこに、長い年月のうちにさまざまな芝草が生えそろって、リンクスランドが誕生しました。この広大なリンクスランドがあってこそ、長い距離を打ち進むゴルフという競技が誕生したのです。いわば、ゴルフは氷河の贈り物なのです。
「レイ(Reay)」「ウィック(Wick)」「ゴルスピー(Golspie)」「ブローラ(Brora)」は、いずれも最果ての趣がある魅力的なリンクスです。なかでも素晴らしいのが、山と海に抱かれたブローラです。しみじみとした味わいがあり心が安らぐのです。

ブローラは、景観に優れているだけでなく、自然の地形を巧みに生かした大変楽しめるコースです。コースの中央を小川が蛇行して流れています。ラウンド中に3度にわたって小川を横切るのです。
ブローラのグリーンキーパーは、放し飼いにされている牛と羊です。グリーンは、牛と羊が上がらないように、電流が流れる鉄線で囲まれています。堂々と振る舞う牛と羊に敬意を払いながらプレーするのです。
■新機軸の壮大なリンクス誕生
2009年、インバネスのすぐ近くに、「キャッスルスチュアート(Castle Stuart)」と名付けられた新機軸の壮大なリンクスが誕生しました。造成を伴ったリンクスとはいえ、ぜひ一度訪れたい圧巻のコースです。

高台にあるクラブハウスから眼前に広がるマレー湾の絶景を楽しんでいると、対岸になんとなく見覚えがある白い灯台が目に入ります。マレー湾に突き出した小さな半島を専有する「フォートローズ&ローズマーキー(Fortrose & Rosemarkie)」ではありませんか。
キャッスルスチュアートの素晴らしさは、たった1度ラウンドしただけで、すべてのホールを手に取るように思い出せることです。コースが記憶に残るのは、低地を回って高台に上がり、再び低地に下って、また高台に上がるという演出のおかげです。

また、橋や灯台、クラブハウスを基準にして、自分の立ち位置をコースのどこにいても理解させるようにしているからです。1番パー4から18番パー5までの視覚体験が1つの物語になっています。なんとも巧妙な仕掛けです。
清らかな大地、どこまでも澄み切った空、乾いた冷涼な空気、大自然の織りなす劇的な風景、そして、心躍る名コースの数々――。奥ハイランドへのリンクス旅は、忘れがたい思い出になります。
(次回は6月下旬掲載予定。毎月1回、掲載します)