早大・高梨の完全試合を見た 史上3度目の快挙の瞬間
少年野球でもプロ野球でも、1人の出塁も許さない完全試合は極めて少ない。つい先日も米大リーグでダルビッシュ有が、あと1人というところで快挙を逃したし、日本のプロ野球でも昨年、巨人の杉内俊哉があと1人のところで四球を与えてしまった。めったにお目にかかれない完全試合。その貴重な瞬間に立ち会うことができた。
プロで活躍したスターたちも達成できなかった記録
21日、雨上がりの日曜日、4月下旬にしては肌寒い神宮球場での東京六大学野球春季リーグ、早大―東大2回戦で、早大の3年生左腕、高梨雄平が完全試合を達成した。
1925年(大正14年)から続く東京六大学野球、八十有余年の歴史の中でも、これが3回目。いかに貴重な記録なのかよくわかる。早大投手としては初の快挙だった。
高校時代から全国に名を知られたスター選手が多い早大の中で、高梨は決して有名な選手ではない。甲子園経験もなく、身長も175センチと投手としては大きくない。直球のスピードもせいぜい130キロ台後半、変化球も特筆すべきものはない。
甲子園で活躍し、鳴り物入りで入学した同期の有原航平、1年下の吉永健太郎の陰に隠れ、昨年秋のシーズンは先発の機会もなかった。
そんな高梨が東京六大学歴代のスーパースター、江川卓(法大)や星野仙一(明大)、斎藤祐樹(早大)らもできなかった完全試合を達成した理由を探せば、投球テンポの良さだろう。
捕手からの返球を受けるや、すぐにノーワインドアップの小気味良いフォームからどんどんストライクを投げ込んでくる。テンポがいいから野手も守りやすい。
この日も、右前打と思われる打球を一塁手が横っ飛びで止める場面が再三あったし、外野手の好捕も一度や二度ではなかった。いい当たりが野手の正面をつく幸運も重なったし、中前に抜けそうな当たりを自らの好守で防ぐ場面もあった。
安打性の打球多く、緊張感なく九回へ
前日から何かが起きそうな予感は漂っていた。対東大1回戦に先発した有原も、七回1死まで1人の走者も出さなかった。有原の球速は150キロを超え、ブレーキ鋭い変化球に東大打線のバットは空を切るばかり。5回終了ごろから神宮のスタンドは「いけるのではないか」といったざわめきが広がっていた。
そんな完璧な内容でも結局は走者が出て、やはり完全試合などめったにできるものではない、とも実感したのだったが……。
この日の高梨は、いい当たりが多かったためか、走者が1人も出なくても、球場には前日の有原のときのような緊張感がなかった。あれよあれよという間に最終回を迎えた感じだった。
九回、先頭打者が粘った末に遊ゴロに倒れたころから、ようやくスタンドがざわつき始める。東大OBと思えるオールドファンがわめきだす。「おい、なんとかしろ。このままではやられるぞ」。それでも高梨はすいすい、自分のペースで投げ続けた。最後の打者をワンバウンドになる変化球で三振に打ち取り、捕手の送球が一塁に送られた瞬間、早大ナインがベンチから飛び出した。
慶大・渡辺泰輔(64年春、対立大)、立大・上重聡(2000年秋、対東大)に続く、史上3度目の完全試合。
在学中から三十数年、ここ10年はほぼ全試合、東京六大学野球を観戦してきた筆者にとっても、歴史的な瞬間だった。この日の観客は悪天候もあってわずか2000人。斎藤祐樹が卒業して以来、六大学野球の人気は陰りがみえる。
数少ないスター候補、吉永を押しのける形でこの日の先発の座をつかんだ高梨。2年生の春シーズンまでに10勝を挙げていたものの、昨秋は出番に恵まれなかった。華やかさや豪快さとは無縁だが、ひたむきに投げ続ける雑草のような投手に、野球の神様が粋なプレゼントをした。
(鈴木亮)