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ダイヤモンドの人間学(広澤克実) 「動く球」ってなに? 現代野球に不可欠な武器

近ごろ野球中継や新聞記事によく出てくる表現に「球が動く」がある。「あの投手の球はよく動いていた」などと選手もたびたび口に出し、マスコミもそのまま報道しているわけだが、そもそも「球が動くとはどういうこと?」と疑問に思う方もいるだろう。ファンやマスコミ関係者の中にも誤解している人がいるようなので、整理しておこう。

曲がりは似ていてスピードが違う

球を動かして打者を抑える投手の典型例が、新人ではあるけれど菅野智之(巨人)だろう。右打者の内角にちょっと食い込んで沈む「ツーシーム」と呼ばれる球と、外角にちょっと逃げる「カットボール」を駆使している。球速自体は140キロ台前半でも、連勝できているのは新人離れした制球力と球を動かす技術があるからだ。

曲がり方としてツーシームは小さなシュートで、カットボールとスライダーの関係も曲がりは似ているがスピードが違う球、と覚えていただいてもいいだろう。ちなみにカットボールは正確には「ファスト(速い)」が入り「カット・ファスト・ボール」という。ファストが入る分、スライダーより速い球ということになる。

また、フォークボールとスプリットボールの違いもスピードである。人さし指と中指で深く挟むのがフォークボール、浅く挟むのがスプリットボールで、おのずとスピードが変わる。したがって、正しくは「スプリット」と「ボール」の間にもファーストが入り「スプリットフィンガード・ファースト・ボール」、略してSFFという。

決め球にもカウント整える球にも

大リーグ・レンジャーズのダルビッシュ有はカットボールを右打者の外角に逃げる球として使うだけでなく、インコースのボールゾーンからストライクゾーンに入れて、カウントを整えるという使い方もしている。また、ツーシームも右打者の内角に食い込む球としてでなく、アウトコースのボールゾーンからストライクゾーンに入る球としても使っている。

球を動かせない投手ではなかなか厳しい時代になったということがお分かりいただけるだろう。

ちなみにカット、ツーシームのいずれもカット・ファスト・ボール、ツーシーム・ファスト・ボールといわれるだけあって、基本的に「速球」のカテゴリーに入る。「動く球」というのはこうした球のことなのだ。

より丁寧にいえば「ホームプレート付近、つまり打者の手元で小さく変化している速球」ということになる。球が動くと聞いて球が左右に揺れると思っている人も多いようだが、それは勘違いで、一定の方向にしか曲がらない。

小さな変化、左右には揺れ動かず

不規則にぐらぐら変化する球はナックルボールという無回転の球種だけである。フォークボールも無回転に近い球種だから、ときにはぐらぐら変化することもあるかもしれないが、とにかく「球が動く」「球を動かす」というときに意味しているのは基本的に「小さな変化球」のことで、左右に揺れ動くといったことではないのだ。

もう少し細かくいうと「動く球」とは「球をひねらない速球系の変化球で、減速率の低い球」「きれいな直球ではない球」ということになる。

これに対してきれいな直球は、これも最近よく耳にする言葉で「フォーシーム」という握りで投げる。シームとはボールの縫い目のことである。

このフォーシームの握りで上手から普通に投げると、進行方向に向かって"バックスピン"がかかる。「縫い目が4つ」ということの意味は、このスピンの1回転において、縫い目が4回巡ってくるような球の握り、ということだ。これがもっとも直進性が高く、揚力が働き、伸びのある回転になる。当然、スピードも最も速い。

一方、ツーシームはスピンの1回転において、縫い目が2回しか巡ってこない握り方で投げる球のことである。

実は日本にも昔からあった

ボールの重心とか、縫い目の空気抵抗の関係で、ツーシームで投げられた球の軌道は若干不安定になる。らせんのような形を描く縫い目がボールを曲げるわけだ。右投手がこの握りで投げると右打者の懐に少しばかり食い込む球になる。

ツーシームもカットボールも昔からあるにはあった。真っすぐ(直球)とスライダーを併せた「真っスラ」とか「ナチュラルシュート」と呼ばれていた球がそれだ。しかし、それらは投手が意図的に投げていたわけではなく、いわゆる、クセ球だ。

ではなぜ今、「動く球」という表現が増えてきたのか。

これは、皆さんもお分かりのように大リーグの影響だ。大リーグでは以前から「ムービング・ファスト・ボール」(動く速球)というものが定着し、手元で小さく変化させる球が広く一般化していた。

メジャーから輸入、直訳で定着

むしろあちらではきれいな直球、つまり普通のストレートの方が珍しくなるくらいこぞって使われた。現にメジャーリーグから日本に来たほとんどの投手がムービング・ファスト・ボールを投げている。

日本から多くの選手がメジャーに行くようになり「動く球」という表現がそのまま輸入され、定着していったようだ。

ここで見逃してはならないのは、これが単に表現の問題にとどまらず「理想の投球」というものをどうとらえるかという理念の変化が背景にあるということだ。

大リーグでは球数を少なくし、打たせてとっていくのがもともと理想とされ、そのなかで球を動かす技術も発達してきた。

空振りよりゴロ、理想の投球に変化

しかし、日本ではきれいで伸びのある直球で打者を牛耳ることが最高の投球とされてきた。伸びるボールや球威のあるボールによって空振りさせたり、つまらせてバットをへし折ったりすることが投手にとって一番の「理想」とされてきた。

つまり、伸びのある直球を投げることが投手としての最大の努力目標だったわけだ。

ところが最近になって、日本の選手の思考もようやく大リーグ式のゴロを打たせてとるという方向に切り替わって、それまで否定的な意味合いが強かった「クセ球」が肯定されるようになった。「動く球」の背景にはこのような価値観の大転換があったのだ。

さて、話は変わるがジャイロボールという球種を皆さんは、ご存じだろうか?

ジャイロボールは実在する

ジャイロボールについて、私はある"発見"をした。ジャイロの回転はピストルやライフル銃から飛び出した弾の回転がまさしくそれであり、直進性が高く、減速しづらい回転である。ピストルやライフル銃の弾が浮き上がったり、沈んだりしては困るわけで、真っすぐ飛ぶために適した回転なのである。

米プロフットボール(NFL)のクオーターバックが投げるボールの回転は、まさしく、ジャイロだ。物理的に一番直進性が高く、減速率の低い回転である。「ジャイロボールは変化する」と公言する人もいるが、私は、変化しては困るのではないか、と思うのである。

インディアンス傘下の3Aにいる松坂大輔がレッドソックスに入団するときに「ジャイロボール」というナゾの球を投げるらしいと、アメリカで話題になった。

松坂自身がこの球をモノにできたかどうかは分からないが、ジャイロボールは漫画の世界のものではなく、実在するのだということに私は気づいた。

渡辺の投球、スローで見て息のむ

ある年のオールスター中継でロッテのアンダースロー投手、渡辺俊介の投球をスーパースロー再生したときに、ボールの回転がゆっくり、くっきりと映った。「すごい技術だなぁ」と感心して見ていたとき、思わず息をのんだ。まさに、その回転がジャイロ回転ではないか。

再度、ジャイロボールの回転を説明しよう。普通にオーバースローで球を投げるとバックスピンがかかる。打者側からみると、球の手前側が上向きに回転し、球の向こう側が下向きに回る。球の進行方向に対して、回転の軸は直角になる。

ジャイロの回転軸は球の進行方向と一緒で、平行になる。つまり打者からみると(投手からみても同じだが)回転する地球を北極か南極の真上からみたような回転になるのだ。

詳しいことは物理学者に任せるとして、こういう回転を得た物体は右にも左にも変化するわけではなく、ひたすら直進性が増す(その意味では変化球とはいえないかもしれない)。速度が落ちにくいともいわれる。ライフル銃などは銃身のなかに線条が彫ってあり、飛び出すときにジャイロのような回転をつける。こうすることで直進安定性が増すのだ。

山田さんも杉浦さんも投げていた?

人間の手と腕の構造上、オーバースローでジャイロ回転を加えるには相当な無理がある。アメリカンフットボールのような楕円形のボールなら投げられるが、野球のように丸い球にその回転をつけるのは相当難しいと思っていた。

しかし、いとも簡単に渡辺俊介が投げていたのだ。もしかすると、今まで、プロ野球で活躍していたアンダースローの投手は、みんなジャイロボールを投げていたんじゃないだろうか?

もちろん、無意識だと思うが阪急ブレーブスの山田久志さん、南海ホークスの杉浦忠さんはジャイロボールを投げていたんじゃないかと、私はドキドキしながら想像した。

だから、130~140キロ前後のストレートでも打者が詰まるわけで、現役の西武の牧田和久もジャイロボールを投げている可能性が高いのではないかと想像する。

野球とは奥深く不思議なスポーツ

野球というスポーツにはまだ不思議で奥深いものが残されている。

そもそも数ある球技のなかでも、野球だけが違う点がある。サッカー、テニス、バレー、バスケット、卓球などボールを使って相手と戦うスポーツはボールを持っている方が攻撃側となる。しかし、野球(ソフトボールは野球から枝分かれしたので野球と同類)はボールを持つ方がディフェンスなのだ。

つくづく、不思議なスポーツだなぁと感心する。

(野球評論家)

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