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脳波で操る「分身ロボット」 高齢化社会の助っ人に、産総研など

脳で念じることで、人型ロボットが「自分の分身」として自由自在に動き回る――。「アバター」「サロゲート」などのハリウッド映画では、人間が遠隔操作で人型ロボットを思いのままに操る近未来の世界が描かれている。そうした光景が想像以上に早く実現するかもしれない。

産総研の吉田氏(左)とCNRSのケダー氏

人型ロボットと人工知能研究のそれぞれの分野で強みを持つ日仏の政府系研究機関がタッグを組み、脳波で人型ロボットを操る研究が進められている。体を自由に動かすことが難しくなる高齢者や障害者のパートナーとして、または、人が立ち入ることができない状況に陥った原発事故の助っ人としてなど、幅広い分野での活躍が期待されている。

「(ロボットが)振り返る角度をもう少し変えた方がいいんじゃないか」「足の部分のモーターの調子は」――。独立行政法人産業技術総合研究所(茨城県つくば市)のAIST-CNRSロボット工学連携研究体長の吉田英一博士やフランス国立科学研究センター(CNRS)のアブデラマン・ケダー教授らが、パソコンの画面に映し出されたアルゴリズム(演算手法)を見ながら議論を交わす。脳波で人型ロボットを自在に操ることを目指す「CNRS-AIST JRL」ジョイントロボティクスラボラトリー)の研究開発メンバーだ。産総研の研究棟では、英語やフランス語が飛び交い、ロボットやアルゴリズムの解析などが日々繰り返されている。

脳波で「缶つかみ、歩行」

電極を付けたヘッドギアを装着した仏人研究員が、目の前の画面に映し出された赤、黄、青の缶やペットボトルの中から実際に並べてある黄色の缶に神経を集中させると、人型ロボットが黄色の缶をつかみ、横に設置された机まで歩き、その缶を机に静かに置いた。

ヘッドギアを装着した研究員の脳波をセンサーが読み取って人型ロボットに伝達する

ヘッドギアを装着した研究員の脳波をセンサーが読み取って人型ロボットに伝達する

缶やペットボトルはパソコンの画面上で点滅している。信号処理装置は、視覚をつかさどる神経が集中する後頭部の脳波(=画像情報)から、被験者がどの物体に集中しているかというデータを読み取る。BCI(ブレインコンピュータインターフェイス)という技術だ。認識した物体から、「つかむ」といった行動をあらかじめ関連付けさせている人型ロボット「HRP-2」にその情報を伝える。

ロボットを歩かせたい時は、画面の上下左右の矢印を、机のどの場所に置くかを選択する時は、画面に表示される4つの円に「集中」することでロボットがその方向に動いたり、決まった場所に置いたりすることができる。

産総研とCNRSは2010年6月から共同プロジェクト「VERE(Virtual Embodiment and Robotic Re-Embodiment(ヴェレ)」に取り組んでいる。CNRSから派遣、共同プロジェクトに携わるケダー教授は、「ヒューマノイドロボット(人型ロボット)の先端を行く日本と人工知能研究で強みを持つ仏が得意なところを持ち寄ることで、相乗効果を出せる」と期待する。 同氏によれば仏政府はこのほど、1億ユーロ(120億円)の予算を計上し、高齢者の助けとなるようなサービスロボットの開発に力を入れていくことを表明。特に人型ロボの研究で世界をリードしてきた日本との連携を重視しているという。

 「ヨーロッパでは高齢になっても、自立して生きていきたいというお年寄りは多い」とケダー氏は脳波で操る人型ロボの潜在需要の大きさを確信する。日本と同様、フランスにも複数の原子力発電所があるため、災害対応のほか、軍事技術への応用にも活用できる可能性が高い。

画面上の前後左右の矢印に集中することでロボットの方向を変える

人型ロボ「HRP-2」は、経済産業省が1998年から5ヵ年計画で実施した「人間協調・共存型ロボットシステムの研究開発」の一環で、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が産総研らと開発した。日本の先端技術を結集させたものだ。  一方、「HRP-2」の目の役割を果たすのは、米マイクロソフトのジェスチャー入力機器「キネクト」。そのほか、カメラやモーター30個やカード型パソコン2台や電源、手首や足にはものを持ったときの力や床からの力を計測するセンサーなどが装備されている。身長は158センチメートルで重さは電源を入れて58キログラム。ホンダが開発する二足歩行する「アシモ」と異なり、人の大きさにより近いのが大きな特徴だ。

「人型」にこだわり

ケダー氏は、同プロジェクトの説明中に「魂が乗り移る」「化身」という意味を持つ「embodiment」という言葉を繰り返していた。ロボットを「人型」にすることの重要性を強調するためだ。神経科学の研究でも、人の手助けをするロボットは人型をしていることが大きな意味を持つという。

「ロボットの操縦は疲れないですか?」。ヘッドギアを装着し長時間にわたり「念じる」行為を繰り返す仏研究員のダミアン・プティ氏に聞いてみた。 すると「ロボットが自分の分身のように動かせるので苦にならない」と笑う。産総研の吉田氏も「災害現場など、もともと人間が作業する想定で設計された場所にもアクセスしやすい」と話す。

日仏の政府研究機関が連携して開発を進める(中央が被験者のプティ氏)

プロジェクトが始まり3年近くたった現在、脳波でロボットを操る行為は「画像を認識する」「4方向に動く」「止まる」「缶やペットボトルをつかむ」「ものを置く」などと限られる。 被験者が念じてからロボットが動くまでの時間も1分程度かかる場合もある。また、被験者の脳波の情報を正確に読み取るため、コンピューターを学習させる時間も必要だ。今後はモノを認知し、特定の行動を促す信号(アフォーダンス)の種類も増やしていく予定だ。

4月には頭部から下がまひした患者に被験者になってもらい、実用化への本格的な実験も始める。「将来は健常者の日常生活でも、自然な形で自分の手足として分身となること」(ケダー氏)が目標だ。福島第1原発事故などをきっかけに米国防高等研究計画局(DARPA)が災害対応向けのロボット開発コンテストを始めるなど、世界中で人工知能技術を持ったロボット開発が活発になっている。吉田氏は、「世界で様々な開発が進められているが、脳波でものをつかみ、歩くといった複雑な動作をこなすことができるロボットはまだない」と自信を見せる。

これまでパソコンなどの「機械」にマウスやキーボードというインターフェースで人間は信号を伝えてきた。脳波で操ることができれば、機械がまさに人間の手足や分身となり、究極のインターフェースとなる。国をまたいだ研究開発は、大きなイノベーションを生む可能性を秘めている。

(電子報道部 杉原梓)

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