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ダイヤモンドの人間学(広澤克実) 名将に学ぶリーダーシップ論 電子版セミナーから

 野球評論家の広澤克実さんを招き、東京・大手町で11月22日、「電子版スポーツセクションセミナー」が開かれた。19年間、プロ野球選手として活躍した広澤さんが仕えた監督の中でも、師として仰ぐのは野村克也、長嶋茂雄、星野仙一の3氏。野村さんから「野球とは何か」、長嶋さんから「プロとしてのモチベーション」、そして星野さんからは「リーダーとは何か」について学んだといい、その3人の名将の育成、指導論をテーマに講演した。編集長の篠山正幸とのセッションでは、大学時代の指導者の思い出話から阪神が勝てない理由まで語ってもらった。

篠山 野村さんには日経新聞文化面の「私の履歴書」を執筆していただいたのですが、そこで、阪神時代の今岡誠選手についての話がありました。

セミナーで講演する野球評論家の広澤克実さん(11月22日、東京・大手町)

「おれが監督のときは活躍しなかったのに……」とボヤいていたんですね。野村さんのときにはいまひとつだった今岡選手が、星野さんのときに打ち出した。星野さんには選手をその気にさせる力があるんですね。

広澤氏 指導力ということですね。野村さんが指導した打撃理論が今岡の頭の中にあったのかもしれませんが、くすぶっていた今岡の潜在能力に火を付けたのは確かに星野さんです。星野さんはまず今岡選手に危機感を与えました。手を変え品を変え、時には圧力をかけ、時には全く無視をしながら危機感を持たせました。

篠山 人の心をつかむのがうまいんですね。

広澤 星野さんはいつも厳しいわけではありません。もちろんいつも優しいわけでもありません。時々優しいのです。だからやっかいなのですが……。星野さんのもとで阪神時代の私は怒られ役、いじられ役でした。星野さんはチームを和ますため、当時41歳だった私を叱ったりいじったりするわけです。

しかしある日、「おまえの息子、受験、合格したらしいな」といわれ、合格祝いをもらいました。びっくりしますよね。そして気を使ってくれたことにすごく感動しました。

息子の中学校の受験のことは誰にも言っていませんでした。それなのになぜか知っていました。会社の上司にそんなことをされたらどうですか? 感動しますよね。また息子がぜんそくやアレルギーを患っていたのですが、「何かあったらいい病院を紹介してやるぞ」と言われたときは涙が出そうになりました。

篠山 政治家みたいですね。われわれ記者も球団を担当をすることになるとあいさつに行きますが、星野さんからは「おまえのところの社長を知っているぞ」と必ず言われます。

スポーツ紙を含め、他の担当記者に聞いても、同じことを言われたそうです。

自分の会社の上層部を知っていると言われて記事が変わるわけではないんですが、へたなことは書けないぞ、という感じにはなるわけです。

広澤氏 マスコミをうまく使うのは、野村さんも長嶋さんもうまかったですね。名監督はマスコミとの付き合い方がうまいと言えます。

明大野球部時代には島岡監督からも多くの薫陶を受けた

篠山今日お話しされた3人の監督のほかに、広澤さんの明大野球部時代の監督だった島岡吉郎さんも野球人生に大きな影響を与えたと思うのですが。

広澤氏 島岡さんは想像を絶する監督です。大学のリーグ戦では対戦相手に2勝しなくてはならない仕組みなのですが、法政大学に敗れて1勝1敗になったときがありました。

試合内容があまりに悪く、その日の夜は選手全員が合宿所の畳の上に正座させられました。そこで、いきなり島岡さんが日本刀を取り出し、畳に突き刺して「これで全員、切腹しろ」と怒鳴ったのです。殺されると思いました。

篠山 星野さんも明大出身です。島岡さんの鉄拳は有名ですが、星野さんは島岡さんに殴られなかったといいますね。

広澤氏 殴られなかったそうですね。1度、殴られそうになったときがあったらしいのですが、走って逃げたそうですよ。ものすごく足が速かったそうです。

島岡さんは精神野球を極めた監督でした。とにかく負けることが大嫌いな監督でした。

試合に負けたある日、夜中の3時にグラウンドに全員呼び出され、正座させられたことがありました。グラウンドは冷たいんですよね。体が冷えましたが、上級生は誰も立ち上がらないので、私たちも我慢していました。

午前5時ころになり、次第に空が明るくなってきました。もう脚はしびれを越して、感覚がなくなっています。ふとマウンドの頂上を見ると、正座している人がいました。

それが島岡さんだったんですよね。島岡さんもずっと正座していたんです。その姿を見て、この人についていこうと思いました。

篠山 星野さんの話に戻ります。星野さんは「監督には情と非情が必要」と言っていましたが、その通りだと思いました。

今季、楽天は勝率が5割に行きましたし、星野さんは「来季は若手が出てくる」とシーズンの最終戦のあとで来年を見据えていました。

星野さんから指導者のあり方を学び、「監督には情と非情が必要」と教わった

ところがその直後、腹心の田淵幸一コーチと来季は契約を結ばないという発表が球団からありました。これにはびっくりしましたよ。腹心の田淵さんを解雇するという決断をした星野監督の気持ちを察すれば言葉が出ません。しかし、それが来季のためのよい判断であるとした星野監督の決断力に、まさに「情と非情」を感じました。

広澤氏 星野さんが2002年の阪神監督の1年目のシーズン、序盤は成績がよかったのですが、最終的に4位になってしまった。それは、これまでの甘い体質が残っていたからです。

9月に入るとずるずる負け越していき、タイガース特有の悪さが顔を出してきました。そのときミーティングで「おまえら、俺は、情も持っている。しかし、非情も持っている。覚悟しておけ」と言ったんです。「覚悟」とはクビ、もしくはトレードの意味ですよ。しかも、それを私を見ながら言うんですよ。

「おいおい、俺、クビか」と思いましたよ。そのオフ、20人近くがトレードに出されたり解雇されたりしましたね。その後、金本知憲選手や伊良部秀輝投手、下柳剛投手、中村豊選手らが入ってきたんです。星野さんは怖い人ですよ。

篠山 中日時代も、本拠地が狭いナゴヤ球場から広いナゴヤドームに代わったとき、選手をかなり入れ替えましたよね。

足が速くて肩の強い新球場に対応できる選手をそろえました。その場、その場でベストなチームを作ることを星野さんはしますよね。

さて、参加者の方から事前にいただいた質問を聞きたいと思います。名将の定義を教えてほしいとの質問です。

広澤氏 私の自慢はいい指導者に巡りあえたことです。どういう人が名将なのかを分かっているつもりです。

試合に勝つだけでは、名将ではありません。名将には選手を育てることも必要で、勝つことも必要です。それに加えて、自分が指導した選手の教え子、つまり、孫弟子にまで、その人の教えが伝わるのが名将だと思っています。これが重要だと思っています。

その監督の教えが代々受け継がれていく。それが名将です。たとえば野村さんの指導を受けた教え子は野村さんの野球理論を次の世代に伝えています。たくさん勝つだけの監督は、「ただの良い監督」です。

篠山 その人の教えが、遺伝子として孫弟子にまで代々引き継がれていたら、名将ということですね。チームを勝たせ、選手を育てるという名将の条件は当然出てくるわけですが「教えが残る」という条件は新鮮ですね。

「ただ試合に勝つだけでは名将とはいえない」と広澤さんは強調する

ちなみに、前中日監督の落合博満さんは名将でしょうか。

広澤氏 落合さんのことはよく知らないので、なんとも言えませんが、もし彼の教えが代々受け継がれるのであれば名将ですね。

篠山 講演では長嶋さんがいかにファンのことを意識していたかというお話がありました。落合さんも長嶋さんの教えを受けているのに、なぜリップサービスが少ないのですかね。

広澤氏 間接的に聞いた話なので、本当かどうかはわかりませんが、落合さんは「試合に勝てば、ファンは見にくる」と言ったそうです。ということは試合に勝つことが優先順位の1位になります。

しかし、私は違うと思います。私は長嶋さんに「お客さんに夢や希望や感動を与えることがプロだ」と教えられました。勝つことも大切だが勝つことだけで、すべてがうまくいくわけではないということを学びました。お客さんに勇気や元気、感動を得てもらうにはどうしたらいいかを考えながらプレーするのがプロだと思います。その条件のなかに「勝つこと」も含まれる、ということを学びました。

お客さんがまた来てくれるにはどうしたらいいかを考えながら、プレーするのがプロは必要だと思います。

篠山 日本ハムの栗山英樹監督はどうですか。現役引退後は解説者をしていたのに、監督就任1年目で優勝しました。

指導経験がない監督でも勝てるんですね。解説者をずっとやってきた人が、いきなり勝つのは初めてのことですよね。どうしてできたのでしょうか。

広澤氏 すみません、栗山監督のこともあまりよく知らないので、これも私見ですが、来季こそが真の評価になると思います。来季も勝てば、良い監督の仲間入りですよね。1年でも勝つのはすごいことなのですが。

篠山 話題を変えてセ・リーグの話をしますが、阪神はなぜ弱いのでしょうか。

広澤氏 野球はチームプレーです。心を一つに、同じ方向を見なくてはなりません。しかし、今の阪神はそれぞれが違う方向を向いてしまっています。だから弱いのです。

選手がユニホームを脱いだとき、仲が悪いのは別にいいのですが、ユニホームを着たら同じ方向を見るのがチームです。それができないと、うまくいきません。いくら能力があっても、うまくいきません。

阪神の主力には生え抜きが鳥谷敬選手ら2人くらいしかいない。これではだめです。チームにとって編成は心臓部です。ドラフト、外国人、トレード、FAといった編成が間違ってます。また育成の部分も疑問視されます。中村勝広GMのもと、いろんなことを見直し、新しい阪神を作ってほしいと思います。巨人はお金で他の球団から選手を獲得しているという印象をもたれがちですが、生え抜き選手がかなりいて、それぞれが育っています。今の巨人は成功例だと思います。

今の阪神が弱いのは球団も選手も同じ方向を見ていないからだと指摘する

篠山今年のドラフトで、阪神は高校生の藤浪晋太郎投手(大阪桐蔭)や北條史也内野手(光星学院)を取って、じっくり育てる方針に転換したと思いました。

広澤氏 大変良いドラフトでした。しかし、問題はちゃんと選手を育てられるかどうかです。

タイガースには世界一と言われるファンがいます。今のうちに改革して新しい阪神を作らないと、ファンが離れていってしまいます。ファンのことを考えて、手遅れにならないうちに立て直してほしい。

篠山 確かに、ドラフトで高校生を取ったと思ったら、ツインズの西岡剛選手を取るなど、戦略がよくわからないですよね。

広澤氏 西岡を取れば、大和(前田)や上本博紀が控えに回る。じゃ、今シーズン何のために我慢して起用したのでしょうか? 福留孝介も獲得しようとしていますが、だとしたらなぜ新井良太も4番起用に固執したのでしょうか。和田豊監督の「将来のタイガースのための起用」という説明と矛盾します。このままだとタイガースファンが離れていく可能性があります。その前に魅力あるチームに改革してほしいです。

篠山 それでは、ここで会場の方に質問してもらいます。

質問者 今年の日本シリーズの危険球問題をどう見ていますか。巨人の加藤健捕手は(頭の近くに投球がきたとき)どうしてあのようなことをしたのでしょうか。

広澤氏 私も頭部に投球が当たったことが3回あります。あれはやはり怖いし、残像がいつまでも消えません。

いろんなスポーツがありますが、審判をだまそう、ごまかそうとするスポーツは野球やプロレスぐらいではないかと思います。多かれ少なかれ、どの選手もあのようなことはしています。

しかし、それをやっていい限度があります。頭に当たりそうになる球から逃げるのはいいが、加藤は頭を抱えましたよね。あれはよくない。

しかも、やったのが日本シリーズの舞台だった。日本のプロ野球の最高峰である日本シリーズでやることではなかった。加藤は後悔していると思いますね。チームのために演じたのでしょうが、今はVTRで解析されます。観客は球が当たったか、当たっていないかはすぐに分かります。

「野球も誤審を含めて野球」ということをもっと多くの人に分かってほしいという

審判はスロー映像を見ていないのですよ。だから、自分の目や状況で瞬時に判断するしかない。それであのような結果になってしまった。

加藤はいい子なんですよ。チームへの思いが強くて、あのようなことをしてしまったのだと思います。しかしプロ野球の生みの親でもある故正力松太郎の「巨人軍は紳士たれ」であってほしかったですね。

篠山 野球のフェアプレーは難しいですよね。どこで線を引くか。誤審もありますし。

広澤氏 私も悔しい思いをしたことがありますよ。ホームランを打ったのにフェンスに当たって跳ね返ったと判断され、二塁打になってしまいました。

抗議をしましたが、覆りませんでした。その日は悔しくて眠れませんでした。しかしサッカーのワールドカップなんかをみていても誤審だらけなんですよね。しかも野球よりひどいものがある。それでも、ヨーロッパの有名選手が不利な判定をされて負けたときに「誤審も含めサッカーだ」と言っていました。

それで、思いました。「野球も誤審を含めて野球なんだ」と。そういうことをもっと多くの人に分かってほしいですね。

質問者 原辰徳監督は名将になり得ますか。

広澤氏 難しい質問ですね。今、巨人にはライバルがいません。勝ち続けるにはライバルがいない方がいいですよね。

仮にもし今、元気で若いころの野村克也さんや広岡達朗さん、森祇晶さんら、名将ひしめく時代に監督をしていたら、ここまで勝てなかったかもしれません。今は周りにはライバルがいない状況です。

だから、運はもっていると言えますね。周りが弱い状況なので名将かどうかは何ともいえませんね。

篠山 そういう運を持つことも名将の条件ということで……。

(セミナーの一部を再構成したものです)

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