レースっていい 走っている人はみな仲間
編集委員 吉田誠一
以前はフルマラソンだけでなくハーフマラソンでも、レースに出るたびに自己ベストを狙っていた。しかし、いまは違う。それほどガツガツしていない。
ようやく大人になったということだろうか。ターゲットにしているフルマラソン以外は、そのための練習の一環と位置づけ、強化の段階に合わせたペース設定で走れるようになっている。

■最大のターゲットは来年2月の別大
今シーズンの最大のターゲットは来年2月3日の別府大分毎日マラソンと決めている。そこまでのレースはすべて練習の一環だと考えている。
仕事の関係で、9月末まできちんとした計画をもとに走り込むことができなかった。今季の実質的な脚づくりは10月にスタートしたようなものだ。ここからの4カ月で別大を目指すプランを描き、10月は昨年8月以来14カ月ぶりに月間走行距離が300キロを超えた。
距離がすべてではないが、何となく第1ステップをしっかり踏めた充実感を覚えている。300キロの壁を越えてみたら、不思議なもので、「オレは本気だぞ」という気持ちがふつふつと湧いてきた。「待ってろ、別大」と口に出したわけではないが、心の中はそんな感じだ。
■調整レースとして「いわい将門ハーフ」に出場
とにかく第1ステップは越えた。そこで11月11日、いわい将門ハーフマラソン(茨城)を調整レースとしてこなした。
ハーフマラソンの自己ベストは1時間33分26秒(グロスタイム)。いまの段階では、そこまでのスピードの持続力はついていない。
そこで、立てたプランは「1キロ=4分半、5キロにすると22分半のペースで粘る」。
このペースだと、フィニッシュタイムは1時間35分になる。できれば後半少しペースを上げて、1時間34分台でゴールしようと思っていた。
スタート直後はかなり渋滞し、スピードを上げるのは難しかった。タイム狙いのレースだったら、イライラしただろうが、この日は「前が空くまで待てばいい」という余裕があった。

■肩の力が抜けていたのが良かったのかも
肩の力が抜けていたのが良かったのかもしれない。走り始めて間もなく、ランニングフォームがピタッと決まった。腰の位置が高く、股関節でスムーズに脚が回り、接地の感じもとてもいい。楽に体が進んでいる感じがする。
ウオームアップは軽く500メートルほど走っただけなのに、これだけ早い段階でフォームが決まるとは。「不思議だよなあ」と思いつつ、気持ちよく走った。
スタート直後に尿意をもよおした(冬場のレースではよくあるんです)ため、トイレに駆け込もうかどうかと迷ったが、「せっかくいいフォームで走れているのだから、立ち止まるのはもったいない」と思い、レース続行。そのうち尿意は消えてなくなった。
自分の時計によると(ネットタイム)5キロの通過は22分45秒。スタート直後の渋滞を考慮すれば、目標通り走れていることになる。
■14キロあたりで、つらさを覚える
10キロの通過時に時計のボタンを押し忘れたため、次のラップタイムは不明だが、5~15キロの10キロは44分31秒。5キロ=22分半という設定をやや上回っている。
実は14キロあたりで、しばらくの間、つらさを覚えていた。スピードを維持しようと思えば思うほど、きつくなった。
しかし、そのとき、ふと気づいた。「こういうときは、変に頑張ってはいけない」と。
速度を維持しようと思って頑張ると、余計な力が入る。パワーで走ろうとしてしまう。それでフォームが崩れる。そうなると、さらに苦しくなる。頑張れば頑張るほど、悪循環から抜け出せなくなる。
楽になるにはどうしたらいいか。それは実は簡単。頑張らなければいいのだ。まずは設定タイムのことを忘れる。「ペースを守ろう」という思いを捨てる。

■頑張れば頑張るほど効率が悪く
「私には決まった目標なんてありませーん」ということにする。つまり束縛を解いて、自由になる。時計なんて見ないほうがいい。
そうやってリラックスすると、体の力が抜けて、いつの間にか、いいフォームを取り戻せる。ちっとも頑張っていないのに、スピードが上がるという不思議な現象が起きる。私はこの日、そうやって楽になった。
これはもしかしたら人生にも当てはまることなのかもしれない。目標をクリアしようと、頑張れば頑張るほど、余計な力が入り、作業の効率が悪くなる。
原稿の執筆においても、よくあることだ。たとえば、締め切りまでの時間が短いとき。しゃかりきになって書き始めてしまうと、考えがまとまらず、ムダに時間が流れていく。
■1時間35分6秒でゴール
こういうときほど時計の針が進むのを気にせず、リラックスして、肩の力を抜いて、しっかり原稿の構成を考えてから、ゆったりと書き進める。このほうが、よほどまとまった原稿が苦しまずに書ける。
力んではいけない。頑張ってはいけない。幸いなことに、私は走りながら、それに気づいた。
15キロ以降の6.1キロ余りは27分9秒(20キロ地点でまた時計のボタンを押し忘れた。リラックスし過ぎ?)。結局、1時間35分6秒(グロスタイム)でゴールした。自分の時計によるネットタイムは1時間34分25秒だから、設定タイムをやや上回る記録で走りきったことになる。
調整レースとしてはこれでOK。最後の500メートルほどでかなりペースアップし、余力を残してゴールできたことも、気分がいい。
それにしても、もし1人で走っていたら、投げ出さずに最後までスピードを維持できたとは思えない。直前の練習でも、1キロ=4分半のペースでは5~6キロしか走れていない。途中で「もう無理です」と降参していた。

■「とてもフォームがきれいでしたので…」
ところが、この日は21キロの間、ベソをかかずに我慢し通した。やればできるじゃないの。
これがレースのいいところで、やはりレースは最高のトレーニングになる。川内優輝選手(埼玉県庁)が頻繁にレースに出ることで、強化を図っているのは理解できる。
この日、うれしかったことがもう一つある。ちょっと自慢話になりますが、書いちゃいます。
ゴールして、記録証をもらうための列に並んでいるときのこと。後ろの若い男性が話し掛けてきた。何と、「2キロあたりから、ずっと後ろにつかせていただきました」という。
その理由がいい。「快調に走っていましたし、とてもフォームがきれいでしたので」。えっ、本当? 照れるなあ、そんなこと言われると。
■初対面でも、いきなり和気あいあい
しかし、これはうれしい。自然と顔がにやける。「このレベルのランナーにしては」ということなのかもしれないが、まあいい。
「若いんだから、オレの後ろにつくのではなく、君が引っ張りなさい」と言いたくもなったが、許すことにした。フォームにこだわって走り続けてきただけに、こう評価されると、やってきたかいがあったと思う。おじさんのフォームを褒めてくれるなんて、なかなかいい青年ではないか。
よく考えてみると、いまどき、こういう会話というのは、なかなかないのではないだろうか。大学生のような青年が、見ず知らずのおじさんに気軽に声を掛けることは……。
しかし、ランニングの世界ではこういうことがかなりある。走っているという共通点があるだけで、みな友人、みな同志、みな兄弟みたいなところがある。性別や年齢の差に関係なく、初対面だというのに、いきなり和気あいあいと語り合う。
そのおかげで、私は気分良く大会を終えることができた。レースっていうのはいいねえ、やっぱり。次もまた楽しもう。