訪日客増え混雑や騒音 オーバーツーリズムって何?

「オーバーツーリズム」という言葉をよく耳にするわ。外国人観光客の増加で起きる混雑や騒音などで住民の生活が脅かされ、問題になっているそうよ。解決策はあるのかな。
国内外の観光公害の状況について、坂東橋なおさん(48)と奥村彩香さん(37)が石鍋仁美編集委員に聞いた。
――そもそもオーバーツーリズムとは何ですか。
受け入れ可能な人数を超える観光客の訪問で起きる弊害を指します。2016年に米国で生まれた新語とされ、18年には英オックスフォード大学出版局が「今年の言葉」候補に選ぶほど一気に広がりました。それまでアンチツーリズム(反観光)やツーリズムフォビア(観光嫌悪)といった言葉で住民の観光拒否運動などが報じられてきましたが、新語の登場できちんと解決すべき政策課題として位置づけられたといえます。
日本では同じ現象が「観光公害」と呼ばれています。かつて海や山で観光客が増え自然が破壊される現象を指して生まれた言葉ですが、街の生活環境の破壊へと意味する範囲が広がったわけです。
原因は4つあります。世界全体で観光市場が広がる中、旅慣れない人たちが海外に出始めたこと。SNS(交流サイト)の普及で受け入れ体制の乏しい地方や路地、住宅街などが個人の投稿写真により突然「人気スポット」になり混乱を招くこと。世界的に旅行者の好みが名所旧跡から住民に交じり現地の生活文化を楽しむ旅に変化したこと。そして日本については、円安と格安航空会社の登場で「安く旅ができる国」になり訪問者が急増したことですね。
――具体的にはどういう問題が起こるのですか。
大きく3つに分かれます。まず地元住民の生活環境の悪化。観光バスによる交通渋滞、住民の足である電車やバスの混雑、ごみ投棄や騒音などですね。次が観光資源の劣化で、歴史的建造物への落書き、自然破壊、店の雰囲気の劣化などが典型です。
これらに続くのが長期的な地域価値の低下で、民泊の増加などによる地価・家賃の高騰や治安の悪化で住民が流出する事態が欧州では始まっています。安定収入源である国内旅行者の減少にもつながりかねません。
すでに渋滞や混雑で京都への旅行を断念する日本人が増えています。京都では写真撮影のため舞妓(まいこ)さんにつきまとったり、民家に侵入したりする例も報告されています。神奈川県鎌倉市では人気漫画の舞台になった踏切で、写真を撮る観光客が殺到し危険な状態になることもあります。観光庁などの調査では全国138の自治体がトイレの不適切な利用、渋滞、文化財破損などの問題が起きていると回答しています。
――海外では対策が始まっているのですか。
イタリアのベネチアでは、街に混雑をもたらす割には消費につながらない大型クルーズ船の寄港を禁止する方向です。スペインのバルセロナでは人気の高い公園を有料化し食料品市場などへの団体客の入場を制限しました。クロアチアのドブロブニクでは美しい旧市街地への入場者数に上限を設けました。混雑状況をスマートフォン向けアプリで通知する街もあります。
共通するのは、訪問者の数を競う段階を超え、経済効果と住環境の保全の両立を目指している点。手段としてリアルタイムでの情報提供や事前予約などにIT(情報技術)を活用している点です。
――日本はどう対応していけばいいでしょう。
欧州にならい公園や各種施設、あるいは街そのものへの「入場」を有料化するのも一つの手です。観光関連で徴収する国税や地方税を観光の「振興」ではなく、弊害の緩和に使えば住民の不満も多少は和らぎます。観光客向けの人気スポットだけを結ぶバス路線を新設すれば住民も観光客も歓迎するでしょう。
それ以上に重要なのは、まだ外国人に知られていない街や地方への誘導です。旅慣れた観光客ほど「旅行者の少ない静かな土地」を好むもの。各地域の奮起が望まれます。

ちょっとウンチク
国の腰重く、地方が主体に
観光庁による「観光白書」は2018年版で初めてこの問題に言及。対策組織も発足させたが、約1年の討議を経て19年6月にまとめた報告書では、他の先進諸国に比べ住民の不満は小さいという国際調査などをもとに「オーバーツーリズムが広く発生するには至っていない」と結論づけた。
19年版の観光白書の記述も報告書の結論を踏襲している。自治体や地域など「観光の現場」の悩みをよそに、国の腰は重い。当面の対策は地方自治体など各地域に委ねられた格好だ。自分たちの住む地域をどうマネジメントするか、哲学と知恵が問われる。
(編集委員 石鍋仁美)
今回のニッキィ
坂東橋 なおさん 主婦。テニス仲間の薦めで7月、ホタル観賞ができる伊豆市のリゾートホテルを訪れた。数百匹ものホタルが光を放ちながら目の前を舞う様子は「星々が落ちているかのようでした」。
奥村 彩香さん 小1の娘が親元を離れてキャンプに参加する。思いっきり楽しめるようにと、夏休みの宿題は7月中にほぼ終えたという。そんな娘を目の当たりにし、「我が子ながら感心しました」。
[日本経済新聞夕刊 2019年8月5日付]