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ボクシング西岡が切り開いた「本物の世界」

スポーツライター 杉浦大介

「世紀のゴング」といわれた一戦で、世界ボクシング評議会(WBC)世界スーパーバンタム級名誉王者の西岡利晃(帝拳)は砕け散った。13日、カリフォルニア州のカーソンで行われた世界ボクシング機構(WBO)同級王者のノニト・ドネア(フィリピン)との王座統一戦。世界の注目を集めたファイトはドネアの9回TKO勝ちに終わった。

西岡には厳しい結末となったが、世界的に評価の高い王者と本場アメリカで戦うという、日本人ボクサーにとってほとんど"未踏"といっていい挑戦を成し遂げた意義は大きい。今回の西岡の戦いは、今後の日本ボクシング界にどんな影響を及ぼしていくのだろうか。

ドネアが遠くに感じる

13日の試合は、残念ながら西岡にとって完敗といわざるえない内容だった。

試合開始のゴング直後からスピードで上回るフィリピンの英雄ドネアが手数で圧倒。西岡はペースをつかめぬまま、ずるずるとラウンドを重ね、第1ラウンドからポイントを失い続けた。

あまりにも繰り出すパンチが少なく、西岡がファンからブーイングを浴び続けたのも仕方なかった。

「左を打てば当たるんだけれど、西岡本人が当たらないように感じてしまっていた。(ドネアとの距離が)すごく遠くに感じていたようだ」

試合後、西岡が所属する帝拳ジムの本田会長はそう明かした。ハイレベルの試合になればなるほど、ボクシングでは「距離の取り合い」で勝負が決まるといっても過言ではない。

中盤以降、出て行こうとしたところを…

この試合のドネアは、自分のパンチは届き、西岡のパンチが届かない位置に常に身を置き戦い、西岡にまったく付け入るスキを与えなかった。

「ドネアは強いので、序盤は警戒して、中盤にかけて出ていこうと思っていた」と西岡はいう。

この言葉通り、西岡は中盤以降、徐々にドネアとの距離を詰め、攻勢にでようとした。しかし、その瞬間、2001年6月以降は無敗の快進撃を続けるドネアの鋭いカウンターが火を噴いた。

6回、ドネアの強烈な左アッパーを浴びて最初のダウン。その直後はKOを狙って攻めてきたドネアに逆に左を打ち込むシーンもあったものの、この時点でポイントのビハインドは決定的なものとなった。

9回、ドネアをロープにつめたが…

そして迎えた第9ラウンド。西岡は意を決してドネアをロープに詰め、「モンスターレフト」と呼ばれた強烈な左を打ち込もうとした。だが、カウンターとなってドネアの完璧な右ストレートが西岡をとらえた。

2度目のダウンを喫した西岡は、ふらつきながらも立ち上がってファイティングポーズを取った。しかし、セコンドにいた帝拳陣営がコーナーに上がってストップを要請、ほぼ同時にレフェリーも試合を止めた。

ドネアの鮮やかなTKO勝ち。「日本ボクシング界、世紀の一戦」といわれた試合は、こうして9回1分54秒で終わった。

ポイントで劣勢、「いくしかなかった」

「悔しい。(KOされたのは)いこうとしたところだった。ポイントで劣勢なのは分かっていたので、いくしかないし、倒すしかないと思っていた」。試合後、西岡はこう語って無念そうな表情をみせた。

勝利に近づくどころか、レベルの差を見せつけられての完敗だっただけに、やり切れない思いはあっただろう。

戦前、西岡に対するアメリカ国内での評価は決して低くなかった。ESPN.comのダン・レイフィール氏も「ドネアが有利だが、圧倒的な実力差があるというわけではない」と記していた。

ドネアは逸材ではあるが、スーパーバンタム級に転向してからはやや大振りが目立っていたこともあり、西岡の必殺の左がさく裂して番狂わせが起こる可能性がまったく想像できなかったわけではない。

しかし、蓋を開けてみればまったくの完敗。「ドネア相手ではこういう試合になるのは仕方ない」と本田会長はまな弟子をかばったが、勝てなかっただけではなく、客を喜ばせようとする姿勢が評価されるアメリカで、このような消極的とも映る戦い方をしてしまっては、決して好意的には受け取られない。

西岡の挑戦、大きな意義

アメリカで戦う以上はエンターテインメント性も問われるのは分かっていただけに、見せ場をまったく作れないままでの敗戦は本当に残念だった。

それでも、日本人ボクサーにとっては前人未到ともいえる大舞台に、西岡がたどり着いたことの意義は大きい。

全世界で行われ、真の意味で「ワールドワイドなスポーツ」といってよいボクシング。しかし、これまでの多くの日本人王者はほとんどのタイトル戦を日本国内で行い、そのため知名度も国内限定だった。

そんな風潮に変化をもたらしたことこそ、西岡の最大の功績といえるだろう。

日本ボクシング界の今後につながるか

2008年に5度目の挑戦でWBC世界スーパーバンタム級王座につくと、7度の防衛を達成。2度目の防衛戦ではメキシコに渡り、地元の雄ジョニー・ゴンザレスを3ラウンドKOで下して名を売った。

昨年10月にはラスベガスに渡って2階級制覇王者のラファエル・マルケスと対戦し、3-0の判定勝ちで7度目の防衛に成功。アメリカ本土で防衛を果たした日本人初のボクサーになるとともに、世界的な評価を勝ち得ることにもなった。

「(西岡対ドネア戦の実現が、日本ボクシング界の)今後につながってくれればいい。西岡だって日本だけでなく、海外でも勝ってここまできた。だから(日本のボクサーは)もっと外国に出なければ」

本田会長のそんなメッセージは、決して身びいきの発言には思えない。海外で2度に渡って防衛戦をこなすことで、西岡は単なる「日本人王者」の肩書から離れ、真の意味で世界レベルのボクサーとなった。

ドネアにしても、スーパーバンタム級転向当初から盛んに「西岡と戦いたい」と言い続けていた。そして放送カードの選別には厳しくチェックを入れる米テレビ局HBOがこの試合の生中継を決めたことも、西岡に対するリスペクトの証しだったといっていいだろう。

いつの日か大きな価値

長く目標にしてきたビッグファイトに敗れ、本田会長は「これで終わりです。自分を懸けてやってきた。本人も分かっている。勝っていてもやめていたと思う」と36歳の西岡を現役引退させる意向を明言した。

現在、最も知名度の高い日本人選手がリングを去り、しかも最後のファイトが好内容にはならなかったことで、しばらくは日本人ボクサーには大舞台で戦うチャンスが簡単には巡ってこないかもしれない。

ただ、西岡が切り開いた道、世界に向かって敷いたレールが意味を持って来る日は、いつか必ずやってくるだろう。いや、意味を持たせるだけの選手を日本ボクシング界が送り出さなければいけないというべきか。

それが成し遂げられたとき、2012年10月13日の夜に西岡がカーソンでリングに上がったことが、より大きな価値を帯びてくるのである。

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