限界は20秒、速攻に懸ける 大相撲・舛ノ山(上)
硬い土俵を踏みしめながら、舛ノ山大晴は水の中にいる気分になることがある。優雅に泳ぐ爽快感ではない。空気を求めて必死でもがく切迫感があるのだ。

■心臓に先天的疾患の疑い
心房中隔欠損症という先天的な疾患の疑いがある。心臓の壁に穴が開いているために血液の循環が悪くなり、体に酸素を取り込みにくくなる病気だ。
運動すると息が上がるのが極端に早く、すぐに動けなくなる。体重180キロの舛ノ山の場合、活動できなくなるまでの時間は20秒。
限界が近づくと、突きを繰り出す両手が重くなり、全身がだるくなる。「海で溺れているような苦しさ」を味わう。
土俵の上では相手の力士だけでなく時計の針とも戦う。だから、得意の押し相撲で早く決着をつけることに全てを懸ける。
立ち合いで頭からぶつかり、両手の突きを連打して一気に押しこむ。引き技もあまり使わず前に進む一本やりの相撲だ。
■いちかばちかの四つ相撲も
心にあるのは、「腰を落として相手の体を下から突き上げ、押す力をしっかり伝える」ことだけ。勝っても負けてもほとんどの相撲が10秒以内に終わる。
「時間切れ」を避けるため、いちかばちかの賭けに出ることもある。先月の秋場所14日目、魁聖との一番がそうだった。
何度突きを繰り出しても、身長194センチと懐が深い相手を押せない。土俵の中央に立ったまま、12秒が過ぎた。
これ以上長引けば、待っているのは確実な敗北だ。舛ノ山は相手の得意な形と知りながらも、四つ相撲に切り替える。投げ一発で相手を転がそうとしたが、あえなく寄り倒された。
その2日前、ベテランの朝赤龍との一番は最も避けたい事態が起きた。物言いが付いて取り直し。「最悪だ。(勝ちか負けか)どっちかにしてくれ」と心の中で叫んだが、すぐに土俵に上がらなければいけない。
■自分で危ないと思うことも
肩で息をしながら臨んだ一番。立ち合いで相手が変化することは予想していたが体が反応できず敗れた。
2番連続で取った体はもう限界。花道を引き揚げるときは水面に顔を出すように天を仰ぎ、口を大きく開けた。
支度部屋でも10分以上、激しい呼吸が止まらない。「自分でも危ないと思ってパニックになることがある」ほどの苦しさだ。
疲れがたまると熱が出て稽古にも制限がかかる。朝稽古での申し合いは20~25番程度。「ぶつかり稽古や申し合いをもっとしたい」という衝動を抑え、体を軽く長く動かし練習量を補う。
朝稽古を終え、ちゃんこと昼寝の後、四股やてっぽうで汗を流す。夕飯の後もトレーニング。プールで泳ぐこともある。
■平成生まれで初の三賞受賞
21歳と幕内では最年少ながらも、工夫した稽古で培った押しは十分通用するようになってきた。2度目の幕内だった名古屋場所では11勝を挙げ、平成生まれで初の三賞となる敢闘賞を手に入れた。
自己最高位の前頭6枚目で迎えた秋場所も8勝で勝ち越し。平成生まれ初の三役も視界に入る。
若々しい相撲と戦い終えた後の苦悶(くもん)の表情。土俵に懸ける気持ちがストレートに見て取れる、今の角界では貴重な個性。このまま一気に「コイの滝登り」といけるかどうか。
〔日本経済新聞夕刊10月9日掲載〕