「宇宙」だけじゃない、JAXAが最先端の航空技術を公開
ALL-JAPAN開発体制の要に
日本の宇宙開発の中枢を担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、航空技術に関する基礎研究や実証実験の設備・システム開発を急いでいる。JAXAの調布航空宇宙センター(東京都調布市)は、10~20年先を見据えた航空機に関する機体、運航システムなどを研究しており、国内最大の航空技術の「宝庫」といえる。
同センターは23日、最先端の研究成果や実験設備の一部を報道陣に公開。「国内の航空機産業は、低燃費や低騒音、環境性能などで米国やブラジルなどと激しい開発競争を演じている。短期間で利益を出していかなければならないメーカーでは難しい大型設備や機体の評価技術、10年、20年先を見据えた鍵となる航空技術で貢献したい」(JAXAの中橋和博理事)と意気込む。

「航空機メーカーによる実験は1回あたり約2~3週間から1カ月で、順番待ちは約1年に及ぶ」(同センター担当者)。高い稼働率で引っ張りだこなのが敷地内に設置された風洞設備「2メートル×2メートル 遷音速風洞」だ。
風洞設備とは、航空機やロケットを最適に設計するため、装置内に気流を発生させ機体の模型に風をあてて飛行中にどんな空気抵抗を受けるのかを把握するための大がかりな実験装置。同風洞装置は、機体のマッハ数(音速)0.1から1.4の範囲で、長時間連続して測定できる国内最大の規模を誇る。全長一周、200メートルで回廊構造となっており、密閉した状況で実験する。
国産ジェット機「MRJ」設計にも活用

回廊内には、直径5メートルの大型送風機が置かれ、機体の模型を配置する測定部とよばれる空間は縦横2メートルの広さだ。
金属でできた機体の模型は、尾翼の後ろに刺さった支持装置で固定される。模型の胴体には、機体のバランスを測定するてんびんや各部位にかかる風圧を測定するためのセンサーなどが内蔵されている。
2015年夏に初号機の納入が予定されている国産ジェット機、三菱リージョナルジェット(MRJ)」を製造する三菱航空機(名古屋市)など、各航空機メーカーも風洞設備をもっている。しかし、これだけ大規模な風洞は国内唯一で、世界でも最高水準の実験が実施できる。MRJの設計段階でも長時間同設備が活用されている。

同センターが今回、初めて公開したのは風洞情報化システム「デジタル/アナログ・ハイブリッド風洞(DAHWIN)」だ。実際の風洞実験で得られる結果とコンピューター上でシミュレーションされた数値を融合させることが可能だ。ほぼリアルタイムで機体の空力特性を把握することにより、より短期間で効率よく、低コストで設計できるという。
風洞実験で機体の表面圧力などのデータを集め、これをJAXAのスーパーコンピューターを活用して高精度の数値シミュレーション(CFD=Computational Fluid Dynamics)を実施。例えば機体の設計変更前と後の状況が空気の圧力の高さを色分けして3次元でパソコン上に表示させることができる。
約1カ月→リアルタイムで解析
「これまでは、アナログとデジタルの部門の連携が不十分だった。風洞設備で数値を取りその後パソコン上でのチームに数値を渡し、解析をしていたため機体の空力特性の把握に約1カ月はかかっていた」と話すのは、研究開発本部風洞技術開発センターの渡辺重哉センター長。

機体の設計担当者は従来、実際に風洞設備まで足を運び数週間ほど滞在したためコストもかかっていた。同システムを使えば遠隔地間にいる開発者が同じ数値シミュレーションのデータを確認しながら連係して作業できる。また、新システムでは、風洞実験データの改良をほぼリアルタイムで行うことで、開発時間の短縮やデータ精度の向上、ひいては製品を素早く市場に出すことができるようになる。
このハイブリッド風洞情報化システムは、5年の予備設計、開発期間を経て2013年3月末をめどに全システムが完成する予定だ。来春以降には、MRJの最終的な空力特性の試験にも使用される見通しだ。同センターでは、他の風洞設備にも新たに開発したシステムを導入していく計画だ。
世界初、晴天乱気流を計測

調布航空宇宙センターは、航空機の機体性能だけでなく、気象情報などを活用した航空輸送の安全性・利便性に関するシステム・技術研究も手がける。
米ボーイングと共同研究を進めるのは、高度でも十数キロメートル先の大気の状態を測定する「ドップラーライダー(乱気流検知システム)」だ。旅客機が飛行する高高度で、高出力のレーザー光を放出することで大気中の水滴の動きなどから乱気流を計測する。航空機体に取り付けて大気中の状況を正確に把握し、事故の予防や運航の快適性につなげる。

2月に実施した実験では、高度3200メートル時点で、世界で初めて晴天乱気流を計測することが実証されたという。同システムの研究を手がける航空プログラム運航・安全技術チームの井之口浜木アソシエイトフェローは、「機体の自動制御に組み入れることも検討もしていきたい」と期待する。
次世代の超音速旅客機技術も
また、同センターは超音速のスピードで飛行する機体から発生する衝撃音を抑える「静粛超音速機技術」の開発にも取り組む。
「目標は、コンコルドの衝撃波(音圧)の4分の1に低減すること」。航空プログラムグループ・D-SENDプロジェクトチームの牧野好和研究領域リーダーはこう話す。

世界で初めて実用化された超音速旅客機コンコルドは、音速を超えた際に発生する騒音「ソニックブーム」を克服することができず2003年に運航終了に追い込まれた。「D-SEND」プロジェクトチームは、次世代の超音速機のソニックブームの計測手法の実験を進めている。実際に機体の模型を落下させて衝撃音がどのように大気中に伝わるかを測ることを計画している。
人間や建物がソニックブームによってどのような影響を受けるかを実験する「ソニックブームシミュレーター」とよばれる装置も備える。「ドンドーン……」。複数の低周波スピーカーが取り付けられ、密閉することができるこの小さな部屋で、ヘッドホンを付ければ、コンコルドが音速を超える際に発生する音を疑似的に体感することができる。同チームが目標とする衝撃音(コンコルドの4分の1)を抑えたものを実際に聞いてみると「ドド……」とかすかな音だ。

財団法人JADC(日本航空機開発協会)の調べでは、旅客輸送は今後20年に2.7倍に拡大すると予想されている。一方で、二酸化炭素の排出量増加や騒音・排ガスの悪影響などが懸念されており、輸送量増と航空機の環境負荷を低減する技術の需要は高まる一方だ。
国の財政状況悪化の中、JAXA自体の予算も限られ航空機関連の予算運営も厳しさを増し、既存の風洞設備自体の老朽化なども悩みの種だ。JAXA幹部よれば、JAXA全体の予算の中で航空関連の予算は10%以下にとどまっているという。
そうした中で光も見え始めている。戦後日本メーカーが初めて開発し、国産旅客機「YS-11」の運用が始まった1960年代から約半世紀。国産航空機「MRJ」の初飛行を目前に控え、素材から工作機械メーカーなど幅広い産業分野で航空機産業に対する期待は大きい。
経済産業省の調べでは、2011年の国内の航空機生産額はボーイング787の納入などの影響で、前年比8.4%増の1兆1282億円。2年連続して前年を下回っていたが防衛・民需ともに増加に転じている。
「ALL-JAPAN」で産学官連携を強化
欧米や新興国を中心に高い燃費効率や環境適合性を備えた高性能の航空機の開発は激化しており、次世代国産旅客機の開発のためには国を挙げた戦略と予算が求められる。同センターは、東日本大震災の教訓を踏まえた、防災・小型機運用などの次世代運行システム技術、災害時の航空機の情報伝達に関する技術研究も進んでいる。7月には、JAXAの国内初の実験用ジェット機「飛翔」が、MRJの飛行試験手法を事前に確立するためのフライトを始めた。「今後はさらに民間企業との連携を図っていきたい」(JAXAの中橋和博理事)。同センターは、今後の取り組みとして「産学官が連携したALL-JAPANによる研究開発体制の構築」を掲げる。
宇宙開発は注目が集まりやすいが、航空機分野は地道な技術の積み重ねで安全性と経済を両立させなければならない。縁の下の力持ちとして同センターが担う役割もより重要性を増しそうだ。
(電子報道部 杉原梓)