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男子マラソン、2時間の壁はいつ破られるのか

編集委員 吉田誠一

男子マラソンは大会最終日となる12日に行われる。1967年にクレイトン(オーストラリア)が2時間10分の壁を破った男子マラソンの世界記録は現在、マカウ(ケニア)の2時間3分38秒(2011年のベルリンマラソン)まで更新されている。このまま記録は伸び続け、2時間の壁は破られるのだろうか。日本体育協会スポーツ科学研究室の伊藤静夫室長の話を軸に考察すると――。

2時間3分38秒の世界記録を持つマカウ=ロイター

2時間突破、20~33年ごろか

米国生理学会の学術誌「Journal of Applied Physiology」が10年に「マラソン2時間の壁 だれがいつ?」というテーマを取り上げた。

誌上ではまず、ミネソタ州の総合病院メイヨ・クリニックのマイケル・J・ジョイナー博士らが「2時間の壁の突破は可能で、早ければ20年に、遅くとも33年ごろに破られる」とまとめている。

当時の世界記録は08年にゲブレシラシエ(エチオピア)が出した2時間3分59秒。そのため、ジョイナー博士らの研究はすべて、08年を起点に行われている。

マラソンの記録はケニア、エチオピアなど東アフリカの選手が台頭した60年代以降に急速に伸びた。60年代以降の記録の推移から計算すると、年間20秒短縮されたことになる。

記録伸ばす3つの生理学的な因子

これをもとに単純に計算すると、21~22年には2時間の壁を破れることになる。しかし、80年代からの伸びは年間10秒と鈍っているため、ここから計算すると、突破までは08年から25年を要することになる。

では、どうすればマラソンの記録は伸びるのか。生理学的な因子は最大酸素摂取量、乳酸性作業閾(いき)値、ランニングエコノミーとされている。

最大酸素摂取量とは体重1キロ当たり、1分間にどれだけの酸素を摂取できるかの数値で、マラソンを速く走るには、まずはこの能力を高める必要がある。

普通の人の最大酸素摂取量は40~50ミリリットル。一般的なランナーは60~70ミリリットルで、トップランナーは80~90ミリリットルまでになっている。しかし、これは人間の能力の限界であり、これ以上高めるのは難しいと言われる。

2時間突破は東アフリカ勢の可能性が高いとみられている。写真はケニアのキプサング=ロイター

効率よく速く走る能力がカギ

あるペースを超えると血中の乳酸濃度が急速に高まり、運動の継続が難しくなる。このポイントを乳酸性作業閾値という。トレーニングによって、この数値は高まり、乳酸を蓄積させずに、より速いペースで走れるようになる。

ランニングエコノミーというのは自動車の燃費性能に当たるもので、効率よく速く走る能力を指す。具体的な数値として表れるものではないが、ランニングフォーム、筋繊維の組成、体重、膝から足首までの長さが影響している。

ランニングエコノミーは、運動によるエネルギー消費を少なくし、グリコーゲンの消耗を遅らせたり、体温上昇を抑えたりする機能にもかかわっている。

東アフリカのランナーは最大酸素摂取量、乳酸作業閾値については特に高い数値ではないが、ランニングエコノミーが優れているという。このため、ジョイナー博士らはランニングエコノミーの重要性を強調している。

東アフリカ勢の可能性高く

人間の最大酸素摂取量はこの50年~100年間、変わっておらず、これ以上、伸びないと推定される。そのため、いかに効率よく走るかが重要であり、ランニングフォームなどの技術がカギとなる。

1万メートルで27分を切ったランナーの平均身長は170センチ・プラスマイナス6センチで、平均体重は56キロ・プラスマイナス5キロ。また、ほとんどが高地で育ち、子どものころから活動的だったという。高地に順化すると、血中での酸素の運搬能力が高まる。

こうしたことから、ジョイナー博士らは「2時間の壁を破る可能性があるのは、ランニングエコノミーに優れ、体が小さく、高地で生活し、幼少期から活発だった選手」とまとめ、「いまのところ、最初に2時間を切るのは東アフリカのランナーである可能性が高い」としている。

また、マラソンの記録は気温に大きく左右される。低すぎても問題があり、5~10度でないと2時間は切れないと推測されている。

脳の機能の重要性にも着目

気温が高くなると、体重当たりの表面積が小さい大柄な選手は、熱が体にこもりやすいので不利とも言われる。女子の世界記録を持つラドクリフ(英国)や、かつてのクレイトンら大型選手は確かに、夏のレースに弱い。

小さくて細い東アフリカのランナーや日本人は暑いと有利だという。体が小さくて、高地で生活していることから、将来はチベットから優秀なマラソンランナーが出るのではという指摘もある。それにはチベットでスポーツ文化が成熟する必要がある。

こうした要素とは別に、伊藤室長は脳の機能の重要性に着目している。選手はトレーニングによって、ペース感覚を脳にすり込んでいく。たとえば2時間3分で走るには、どういうペースで走ればいいのか、中枢機能でプログラミングされる。

そのプログラムに沿って、脳の中枢と、末梢(まっしょう)にある筋肉が相談しながらレースを進める。走るペースはプログラムをもとに、潜在意識下でコントロールされ、コーディネートされているのだという。

トレーニングとはプログラミングであり、そのプログラムに反して、速く走ってしまったのがオーバーペースということになる。

子どもたちの生活環境の変化を懸念

現在の世界記録が2時間3分であるため、世界のランナーはトレーニングによって、2時間3分を切るためのプログラミングを進めている。だから、いきなり2時間の壁が突発的に破られることはないだろうという。

確かに、2時間5分が破られたら、次は2時間4分、次は2時間3分……という具合に記録は小刻みに更新されてきている。どうやら、2時間の壁が破られるのはしばらく先らしい。

しかし、このまま記録は更新され続けるのだろうか。伊藤室長はやや悲観的な見方をする。生活環境の変化により、全世界的に子どもたちが体を使わなくなっている。この問題を放置した場合、優れたランナーになる人材のプールが小さくなっていく。もしかすると、あらゆる競技で記録の伸びはストップしてしまうのかもしれない。

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