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2日で売上高100億円超…不況知らぬ競走馬セリ市場

長期不況のご時世に、2日間で売り上げが100億円を超えるセリ市場があったと言えば、目をむく人も多かろう。取引されたのは零歳と1歳の競走馬の卵。一番高い馬には、2億5千万円(税抜き、以下同)の値がついた。

1歳最高価格の2億5000万円という「アドマイヤキラメキの2011」

今年最後の1頭が大台

北海道苫小牧市の乗馬観光施設、ノーザンホースパークを舞台に7月9、10の両日行われた「セレクトセール」(日本競走馬協会主催)。馬券の売り上げ不振で苦境の競馬界でも、この市場は、独り勝ち状態だ。

今年で15回目のセレクトセール。印象的な場面は2日目の10日の夕刻。午後5時を回り、最後の上場馬「ケアレスウィスパーの2012」(牡)が登場した。

父のハービンジャーは一昨年、伝統の英G1「キングジョージ」をコースレコードで圧勝。鳴り物入りで日本に輸入された種牡馬である。1000万円で始まったが、激しい競り合いで瞬く間に価格は上がり、1億円を突破。最後は1億3500万円で近藤英子氏(カンパニー=09年天皇賞・秋優勝=などを所有)が落札した。

近藤氏は「アドマイヤ」の冠で知られる有力馬主、近藤利一氏の夫人。利一氏は以前、1億円を超える高額馬の常連購入者だったが、英子氏名義での1億円馬は初めてである。

通常のセリ市場では、最後に高馬が登場することは珍しい。首都圏、近畿圏から足を運んだ購買者の便宜を考えてのことだ。

有力購買者が激しい争奪戦

だが、ケアレスウィスパーの2012は、上場馬の名簿が刷り上がった後、急きょ上場が決まったため、最後に登場。前評判が高かったため、有力購買者も残って激しい争奪戦を展開した。

こうして幕を閉じたセリの売却総額は、2日間で実に102億9630万円。昨年を12.2%上回った。昨年と同じ上場453頭に対し、売買成立は昨年より2頭多い360頭(売却率79.5%)で、平均価格約2860万円も、昨年比11.6%増。全ての指標で前年を上回る大盛況だった。

1998年に始まったセレクトセールは、初年度のみ、2日間で零歳馬と1歳馬を上場していたが、翌99年から7回は零歳馬のみを扱った。

大相場支えたディープインパクト産駒

06年からは1歳馬部門が再開され、09年までは3日間開催。初日が1歳、あとの2日が零歳だった。10年からは初日に1歳、2日目に零歳というパターンとなった。

3日間開催だった06、07年には、売却総額が100億円を超えたが、2日間開催で100億円突破は史上初めて。平均価格は当時よりやや落ちたとはいえ、お化けセールぶりは健在。同協会の吉田照哉副会長(社台ファーム代表)も「想像を上回る成績」と笑いが止まらない。

2日間を通じて、市場の主役はディープインパクト産駒だった。同馬は05年に3歳3冠を制し、翌06年までにG1で7勝。国内で負けたのは1度だけという成績で、2年連続でJRA年度代表馬に選出された今世紀の競馬界最高のヒーローだ。

種牡馬に転じてからも順風満帆。最初の産駒となる現4歳世代から桜花賞馬マルセリーナなど、G1勝ち馬2頭が登場したのに続き、現3歳世代は大活躍。日本ダービーをディープブリランテが優勝し、桜花賞、オークスの牝馬2冠もジェンティルドンナが制した。

ダービーは出走18頭中実に7頭がディープ産駒。また、現4歳世代の成績から、距離の限界を懸念する声もあったが、2400メートルのダービー、オークスを勝ったことで、懸念も完全に払拭された。

売買不成立は零歳の1頭だけ

年長産駒の活躍に後押しされ、セリに登場した28頭(1歳13頭)中、売買不成立は零歳の1頭だけ。売却総額は22億2100万円に上り、平均価格は約8226万円。1億円の大台に乗ったのは10頭(1歳、零歳各5頭)のうち、8頭を占めた。

ここまでの高額馬となると、参加者は限られてくる。近年の「1億円プレーヤー」は、健康食品製造・販売の「ジャパンヘルスサミット」社長の島川隆哉氏、遊技機企画販売大手「フィールズ」会長の山本英俊氏、人気アイドルグループ、AKB48のプロデュース会社「AKS」社長の窪田康志氏が代表的だ。

セレクトセールの最近の主なG1勝ち馬
馬名価格主な勝ちレース
キングカメハメハ7800NHKマイルC、ダービー
ハットトリック6800マイルCS、香港マイル
ディープインパクト7000皐月賞、ダービー、菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念、ジャパンC、有馬記念
カネヒキリ2000ジャパンCダート(2回)、フェブラリーS
アドマイヤムーン1600ドバイ・デューティフリー、宝塚記念、ジャパンC
アドマイヤジュピタ4100天皇賞・春
フサイチパンドラ8700エリザベス女王杯
アサクサキングス7100菊花賞
オウケンブルースリ3000菊花賞
カレンチャン2500スプリンターズS、高松宮記念
トーセンジョーダン17000天皇賞・秋
ディープブリランテ3100ダービー

(単位万円=税抜き)

1億円プレーヤーに外国勢も

山本、窪田両氏は「グローブエクワインマネージメント」(GEM)の名義で購入することも多い。今回も1歳部門で島川氏とGEMが激しい攻防を展開。ともに1億円超えの馬を2頭ずつ落札した。

島川氏は今年のダービー3着馬、トーセンホマレボシの馬主で、同馬は09年の零歳部門で1億5500万円だった。今回の1歳部門最高価格だった「アドマイヤキラメキの2011」は、同馬のおいに当たり、島川氏は落札後、「この血統だから、降りるわけには行かなかった」と話した。

こうした1億円プレーヤーに、今年は新たな外国勢が加わった。零歳部門で1億4500万円の値がついた牝馬、「ラヴアンドバブルズの2012」を落札したポール・ファッジ氏だ。

同馬は今年のダービー馬ディープブリランテの全妹(両親が同じ)で、今回の目玉商品の1頭だった。ファッジ氏はオーストラリアで資源関係の会社を経営し、「フォーブス」が同国の40人の富豪の1人に挙げた人物。

自国のほかフランスや米国にも牧場を持つ大馬主で、「今後の生産活動の基礎となる牝馬として購入した」と落札の狙いを語った。

サンデーサイレンスの地位継承

かつて、この市場の高額馬といえば、サンデーサイレンス(1986~2002)の産駒だった。02年には7頭、最後の上場となった03年には8頭の1億円馬が出たが、産駒の最高傑作と言えるディープインパクトが、その地位を引き継いだ。

売る側を見ると、両部門合計で28億4700万円(63頭=平均約4562万円)を販売した「ノーザンレーシング」(NR)がトップで、2位は21億1050万円(71頭=平均約2973万円)を売った「ノーザンファーム」(NF)。

引退レースとなった06年の有馬記念を制したディープインパクト

ブランド効果と購買者くすぐる仕掛け

NRはNFの関連会社で、両者で全体売り上げの実に48.1%を占める。売れなかった馬はNFの1歳馬2頭だけ。NRとNFの馬なら値が上がる傾向があるほどで、両者のブランド力の強さは絶大だった。

NFは昨年の生産牧場ランキング首位で、今年もトップを快走する。NFと社台ファームは、吉田善哉氏(故人)が育てた社台ファームから分かれた牧場で、NFは次男の勝己氏、社台ファームは長男の照哉氏が代表だが、今の勢いを比べればNFに軍配が上がる。

NFをはじめとした社台グループは、セリの主導勢力として、新規顧客の開拓に力を入れる。

ファッジ氏のような海外馬主はもちろん、国内でも新興富裕層をターゲットに営業活動を展開。その結果、今回も競走馬のセリに初めて来たという顧客が、8000万円の高馬を買っていく例もあった。

セリ会場の雰囲気も、購買者を盛り上げる。地元の特産品がフリーフードとして振る舞われ、会場周辺にはメルセデスベンツの高級車「マイバッハ」や、ブランド高級時計のブースが出展。昨年からはファッション誌がメーキャップサービスのブースも開いている。

高額馬は成績さえず

ただ、高ければ強いものでもないのが競馬の難しさ。この市場で2億5000万円以上の値がついた馬は、まだ中央競馬の重賞を1勝もしていない。

ディープインパクトもこの市場の出身(02年零歳部門)だが、価格は7000万円。同馬より1歳上のダービー馬キングカメハメハ(01年同)も7800万円だった。

両馬を買った金子真人氏(図研社長)が、競馬界で「買い物上手」と言われるゆえんだ。金子氏は以前は1億円プレーヤーだったが、最近は高額馬争奪戦にはほぼ参加しない。

また、この市場出身で現在5歳以下のG1勝ち馬は5頭いるが、価格は2500万~3400万円。それでも毎年、高額馬が出現する。15回の市場で、1億円馬が出なかった例は一度もない。

市場の活気、競馬界に波及せず

ある年数の浅い馬主は会場で、「哺乳類の値段としては高すぎる」と話した。この馬主は東京で48万円の犬を見て、「高い」と思ったという。だが、この市場は一声で100万から200万、時には500万円刻みで馬の値段がせり上がる。世間からかけ離れた雰囲気を、冷ややかに見る人は競馬界にも存在する。

また、市場の活気が競馬界全体の盛り上がりに結びついていない点も気になる。JRAの馬券の売り上げは、この市場が始まった98年から昨年までで約4割減った。

生産界も社台グループを除けば不況で、牧場数も年々減り続けている。日本の競馬は馬券の売り上げに大きく依存しており、ファンの中には安馬が出世する逆転のストーリーに歓呼する人も少なくない。

その意味で、高馬が実戦で結果を出せない現状は、競馬にとって案外、悪くないのかも知れない。

(野元賢一)

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