/

マンUのファーガソン監督はなぜ嘘をついたか

サッカージャーナリスト 原田公樹

日本のみならず、英国や地元の報道陣の間で一斉にため息が漏れた。18日、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)のプレシーズンマッチ第1戦。南アフリカのダーバンで行われた、地元のアマズルFCとの親善試合のキックオフ1時間前のことだ。

先発リストに「香川真司」の名前はなく

先発リストに「香川真司」の名前が載っていなかったからだ。正確に言えば、英語で「チームシート」と呼ばれる、その紙に先発なら「P(=Play)」の欄にチェックが入っている。

しかし香川の項目は「S(=Substitution)」の箇所にチェックが入っていた。つまり「サブ=控え」だったのである。

世界中のかなりの数のメディアが、「シンジ、華やかにマンUでデビュー」という記事を書くつもりだっただろう。

前日の会見では「先発」と発言していたのに…

当然である。その前日、マンUのサー・アレックス・ファーガソン監督は公式会見でこう話していたからだ。

「シンジは明日、チチョリート(エルナンデス)とともに先発するだろう」

さらにこう続けた。

「ドイツでとても素晴らしいシーズンを過ごした。2年目の昨季は、1年目よりよかった。シンジは素早く、知的で、過去2シーズンのドルトムントでのゴール記録は素晴らしい。FWでもMFでもプレーできる。日本人選手らしくよく動き、規律正しい。うまくやってくれると思う」

そう大きな期待を口にしたが、実際にプレーしたのは、ロスタイムを含めて最後の5分弱。その理由も「チチョリートの足がつったから代えたんだ」と指揮官は説明した。

つまり、はなから香川を出場させるつもりはなかったのだ。ファーガソン監督は公式の場で、堂々と"嘘(うそ)"をついたのである。

とはいえ、ファーガソン監督が嘘をつくのは、これが最初ではない。これまで何度も英国メディアをはじめ、日常的にマンUを取材している英国在住の外国メディアの記者たちは、だまされ続けてきた。

08年のCL決勝のときも

例えば2008年の欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝、チェルシー戦の前日会見で、ファーガソン監督は「朴智星はプレーする」と宣言した。だが、実際にはベンチ入りすらしなかった。

また前日記者会見で唯一出席した選手が、試合ではベンチ入りしなかったことは1度や2度ではない。だから英国メディアさえ、マンUの先発予想はなかなか当たらない。

そうかといってダーバンでの試合後の会見で、「昨日、あなたはシンジを先発させると言ったじゃないか」と詰問する記者はいない。

そんな質問をしたら、ファーガソン監督の"瞬間湯沸かし器"のスイッチが入るのは目に見えている。最終的に先発を決めるのは指揮官の権限だ。だから監督を尊重し、細かいことは追及しない、という不文律が成り立っている。

アーセナルのベンゲル監督も

こうした嘘をつくのは、なにもファーガソン監督の「専売特許」ではない。FW宮市亮が所属するアーセナルのアーセン・ベンゲル監督も平然と嘘をつく。

例えば昨季の冬の移籍市場で宮市がボルトンへ期限付き移籍したときのことだ。1月に入って、宮市の去就が注目されるなか、ベンゲル監督は一貫して、他クラブへ期限付き移籍する可能性を否定した。

1月27日の記者会見でもベンゲル監督は「現時点ではない」と残留の可能性が高いことを示していた。「結論は週明けに出す」と一応、移籍市場が閉まる1月31日に最終判断すると含みを残したが、限りなく「リョウは留まるよ」と言下に記者ににおわせたのだ。

少なくとも、私を含め、その場にいた複数の記者はそう感じた。

ところが31日に、アーセナルは宮市がボルトンに期限付き移籍することを発表した。あとで分かったことだが、ボルトン側はかなり早い段階でアーセナルへ宮市を獲得したい、というオファーを出していたという。

記者会見の時点でアーセナルのベンゲル監督の頭の中には宮市の期限付き移籍の選択肢はあったはずだが…

真っ正直に答える監督は…

27日の記者会見の時点で、たとえ具体的な交渉は始まっていなかったとしても、少なくともベンゲル監督の頭のなかには、その選択肢があったはずだ。

もちろん真っ正直に記者の質問に答え、事実を明かす指揮官はなかなかいない。積極的にヒントになるような事実を漏らして、わざわざクラブに波風を立てるような必要もないからだ。

つまりサッカーの世界で監督は、クラブや選手を守り、対戦相手を化かして勝利を得るため、日常的に嘘をつかなければならない職業なのである。

会見は「記者と監督との真剣勝負の場」

これは日々指揮官と接する記者のほうが、その点を心しておかなければならない、ということなのだろう。そういう意味で、記者会見は「ジャーナリストと監督との真剣勝負の場」ともいえる。

李忠成が所属するサウサンプトンのナイジェル・アドキンス監督も、また嘘つきである。

フィジカル・トレーナー出身で苦労してプレミアの監督まで上り詰めた人だから、基本的にはとてもいい人だ。

ファーガソン監督のような威圧感はまったくないし、ベンゲル監督のような近づきにくさもない。普通に接して、雑談もできる。

だが、こんなことがあった。3月13日の練習中、李は足裏を踏まれて負傷。当初は打撲のみで、1~2週間で復帰できるという診断だった。

ところが痛みが消えなかったため、ロンドンの専門医に見てもらったところ、右足の第2中足骨(人さし指)のじん帯が付随する部分が剥離骨折していることが判明。すぐに骨折した部分にワイヤを通してビスで留める手術を受けた。

李忠成(右)と握手をするサウサンプトンのアドキンス監督

「察してくれよ」のウインク?

この部位は血行が悪いため、骨が癒合するのに時間がかかる。そのため復帰まで4~6カ月という重傷だった。

しかし、アドキンス監督は記者会見で病名は「じん帯損傷」と発表。「骨折ではないのか?」と問い詰めても、頑として認めない。記事を書くうえで「じん帯損傷」と「骨折」では大きく異なる。

事実関係を確認しようと、記者たちも必死だ。繰り返し詰問した結果、アドキンス監督は「じん帯と指の骨はくっついている可能性もある」とウインクしたのだ。

最初の診断で「骨折」を見逃したチームドクターをかばおうとしたのではないか、と思っている。フィジカル・トレーナー出身のアドキンス監督らしい心遣いだ。

あのウインクは「もうこの辺で察してくれよ」という合図だったのだろう。

どこに嘘が隠されているのか探るのも楽しみ

嘘をつくのは何もプレミアリーグの指揮官だけではない。各国のトップリーグのクラブの監督たちもしかり。サッカーの監督たちは世界で唯一、嘘をついても許される職業なのではないだろうか。

だから、その発言のどこに嘘が隠されているのか。監督たちの言葉の真意や裏側をさぐりながら真実を探り当てるのは、欧州サッカーを楽しむ方法の一つなのである。

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン