マラソン中継は"消化不良" もっとスキルの解説を
編集委員 吉田誠一
ゴルフや野球がテクニカルな競技であるのと同じように、ランニングもテクニカルなスポーツだと私は思っている。短距離だけでなく長距離でも、速く走るには高いスキルが必要だと思う。

教えられなくても「走れる」と考えがちだが…
技術が上達すれば、速く、楽に走れる。そういうものだろう。水泳を思い浮かべれば、分かるはずだ。泳ぐスキルのレベルが上がれば、100メートルにしろ、1500メートルにしろ、速く、楽に泳げるものだ。
クロールにしろ、平泳ぎにしろ、水泳ではスキルが重視されている。選手たちは水のかき方を微妙に調整しながら、効率的な動きを追求している。
であるのに、どういうわけかマラソンのトレーニングでは技術の習得がおろそかにされているような気がする。
「走る」という運動は教えなくても、だれでもできることと考えられているのだろう。走り方はそれぞれの骨格によって違ってくるはずだから、教えても根本的には直らないと考えられているフシもある。だからなのだろう。マラソンのトレーニングというと体力、脚力の増進ばかりが重視されがちだ。
「速く走る」のは結構、難しい
しかし、「速く走る」というのは結構、難しい。つまり「うまく走る」というのはそれほど簡単ではないのだ。
現代社会では座っている時間が長いため、股関節周りが凝り固まっている人が多い。革靴を履くことで、足の機能が十分使えなくなっている。そういうこともあって、体のメカニズムをフルに生かした走り方を現代人は忘れてしまっている。
「うまく走る」には、そのための技術を獲得し直さなくてはならない。言い方を変えると、体のメカニズムを生かしたフォームを身につけたほうが楽に走れる。そういう考え方が欠落したまま、ひたすら走っているランナーが多いのではないだろうか。
私はかなり不器用な人間なので、ゴルフやテニスやスキーのようなテクニカルなスポーツは敬遠している。そういったものは、する気が起きない。どうせうまくならないと分かっているのだ。

いずれ「壁」にぶつかる
だから、単純な運動に見えるランニングを(41歳から)始めたのかもしれない。もちろんランニングは体が丈夫であれば、だれでもできる。あまり深いことは考えずに走っているだけでも、ある程度までは記録が伸びる。
しかし、そのうちに「壁」にぶつかる。そのとき、いろいろ考える。私もいろいろ考えた。当然、トレーニング方法をより効率的なものにした。トレーニングにメリハリをつけ、嫌いなスピード系の練習を織り交ぜるようになった。
と同時に私は気付いたのだ。技術の上達を図らなくてはいけないと。前回、書いたように、気付かせてくれた1人がロンドン五輪マラソン代表になった藤原新選手だった。ニッポンランナーズの斉藤太郎コーチや、筑波大研究員の吉岡利貢さんからも、取材を通して「スキルが大切なのだ」と気付かせてもらった。
一歩一歩が気になる
そういうわけで、私はフォームにうるさいランナーになった。不器用なので、まだ正しく走れているわけではないが、正しく走るにはどうしたらいいかということをつかみかけている。少なくとも、正しく走らなくては、速くなれないということは理解している。
走っている間は、ほとんどフォームのことを考えている。私生活で歩いている間にも、体重の移動がどうの、着地の位置がどうのと、一歩ごとに考えている。
こう書くと、仕事についても、家族についても、今後の人生についても、まったく考えていないように思われるかもしれないが、私は走行中、歩行中のほとんどの時間を、その技術について考えるようになっている。
一歩一歩が気になってしまうのだ。いまの一歩は正しかったかどうかと。じゃあ、次の一歩はこうしてみようかと。何となく哲学者のようで、いいのではないだろうか。
突然、話が変わるが、そういうわけなので、私はいつもテレビのマラソン中継に物足りなさを感じている。中継の間、選手たちの一歩一歩の質についての言及がほとんどないからだ。あったとしても、その内容が薄いからだ。
ドラマ仕立ての演出ばかりが目立つ
ドラマ仕立ての演出ばかりが目立ち、ランニングのスキルについての解説が足りない。「表情が苦しそうです」とか「口が開いてきてしまいましたね」とか「脚が重そうです」という話ばかりで、技術的にどうなっているのだという解説がほとんどない。
「腰が落ちてきました」とは言うのだが、どうしてそうなってしまったのか、どうすれば立て直せるのかということにはほとんど触れない。体のメカニズムの話、ランニングのスキルの話がない。
どのくらい腰が落ちているのか、10キロ地点の走りと30キロ地点の走りの映像を同時に出して、明らかにすることも可能ではないかと私は思うのだが、そうしたことをあまり見たことがない。
■フォームを細かく解説してくれれば…
フォームを横からしっかりとらえた映像によって、体重移動、足の着地ポイント、着地の仕方などフォームを細かく解説してくれても良さそうなものだが、それもしない。ピッチ数の変化についてすら、最近はほとんど触れなくなっている。
そういうことを明らかにしてくれる中継をすれば、ランニングの本質、面白みが視聴者にもっと伝わるはずで、「自分でもやってみようか」と思う人が増えるのではないだろうか。
体調維持やダイエットといったこととは別に、ランニングの技術の追求に興味を持ち、その楽しみを見いだすランナーがもっと増えるのではないだろうか。
男子マラソンの世界記録保持者のパトリック・マカウ(ケニア)らは前足部から着地しているので、ゴールまでほとんど踵(かかと)を着いていないという。高校駅伝のスピードランナーでもそうらしい。
股関節を使って脚を動かすトップ級の選手は、ひざを伸展せずに脚を上げ下げして走り続けているという。そういう映像を私は見たい。そして、その解説が聞きたい。
市民ランナーの方がスキルについて考えている?
そういう中継を見れば、いいイメージトレーニングになって、自分のトレーニングやレースに生かせるはずだ。分かりやすい映像と解説に触れれば、自分の頭の中が整理されるのではないだろうか。
もしかすると、テレビの解説をするような元名選手は、小さなころから自然にいい走り方をしていたので、あれこれ技術について悩んだことがないのかもしれない。普通に走れば、速く走れたのだと思う。
だから、足の着き方がどうのという細かなことに、あまり考えが及ばないのだろう。生意気な言い方になってしまうが、われわれ市民ランナーの方が、ランニングのスキルについて深く考えているのかもしれない。
悩まなくても済む人がうらやましいが、こうやって深く悩みながら走り続けるのが実は楽しいのだ。ランニングが簡単な競技だったら、これほどしつこく続けていない。