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地震後24時間、通信を死守せよ 携帯を減災の基盤に

2011年3月11日に起きた東日本大震災では、電力とともに通信の途絶が広範囲で起こり、被災地の混乱が深まった。広く普及した携帯電話は、平時の生活を格段に便利にした分、緊急事態で通話ができなかったことは利用者を深く落胆させた。いざというときに命綱の役目も期待される通信を、次の大災害に向けどのように強化すればよいのか。

宮城県石巻市内にある被災者向け仮設住宅「仮設大橋団地」。筆舌に尽くしがたい災禍をくぐり抜けた人々が、ここに身を寄せる。集会所を訪れると、ささやかなだんらんを楽しんでいた数人の女性が、あの日の出来事を振り返ってくれた。

「知り合いのおばあちゃんは、携帯で通話ができず、息子に安否を知らせるメールを送ろうとしているうちに津波で流されてしまった」。三浦美知子さん(69)は、こう話す。

巨大地震が起きた直後、多くの人々が身内や知り合いの安否や居所を確認しようと一斉に使い慣れた携帯を手に取った。

その通信量は、最大で通常の50~60倍に達し、たちどころに回線がパンク寸前になった。NTTドコモやKDDI、ソフトバンクモバイルなどは、音声通話に最大で95%の規制をかけざるを得なかった。つまり、100回かけても数回通じるかどうかという状態になった。

その影響は、巨大災害の渦中にいた人々にとって極めて大きかった。

1000年に一度と言われる規模の東日本大震災は、携帯電話が統計的に「国民一人一台」の水準まで普及した最中に直撃した。2011年12月末、日本の携帯電話の加入件数はおよそ1億2986万件に達した。

高速大容量のインターネットなど多様なコミュニケーションの手段が普及する21世紀。しかし、今回の巨大災害で浮き彫りになったのは、危機にひんした場合、ほとんどの人がまず、携帯による通話を選ぶという事実だった。

総務省が11年9月にまとめた震災直後の連絡手段に関するアンケート調査(複数回答)では、73.1%が「携帯電話」と回答。2位の携帯電話によるメール(45.6%)や3位の固定電話(29%)を大きく引き離した。

ボタン1つで話したい相手を呼び出せるし、肉声で手早くお互いの状況を伝えられる。手軽さで携帯を上回るIT(情報技術)機器は存在しない。

ドコモなど大手通信会社は携帯の通話に代わる受け皿として、安否を音声や文字情報で残す「災害用伝言ダイヤル」「災害用伝言板」などを用意していたが、利用率は10%にとどまった。使い慣れていないサービスは敷居が高い。

1995年の阪神大震災の時も、連絡手段の需要が通話に大きく偏った。しかし、当時の主役は固定電話。携帯電話の普及台数はまだ400万台を超えたところだった。

桁違いの通話ニーズを有事にどう支えるか。重い課題を抱えた総務省や通信業界は対策に乗り出している。

非常時でも、通信規制をかけない――。この理想に到達するのは難しいが、総務省は災害時に回線の混雑を大きく抑える次世代技術の開発に2012年度から着手する。

携帯電話には通話と、ネットに接続してメールなどをやりとりするデータ通信機能がある。総務省のプロジェクトでは、緊急時にデータ通信の処理能力を通話に柔軟に振り向けて、回線のパンクを防ぐ仕組みを開発する。

具体的には、通信の中枢機器である交換機を制御する。従来の交換機では、音声通話とデータ通信の処理能力があらかじめ決められている。新技術によって、通話の需要が急増した場合に、交換機が持つデータ通信の処理能力を通話に回せるようにする。

新たなシステムにより「東日本大震災と同規模の通話量が発生した場合でも、通話規制を4回に1回はつながる程度に緩和できる」(総務省電気通信技術システム課の篠沢康夫課長補佐)という。

予算は約30億円で、NTTドコモや東北大学などが開発を担う。篠沢氏は「2~3年以内に実用化したい」としている。ただ、通信会社は新技術に対応した交換機に追加投資する必要があり、国の支援が鍵になりそうだ。新技術にかける総務省は「海外にも輸出できる」(篠沢氏)と意気込む。

東日本大震災で携帯電話回線の渋滞に追い打ちをかけたのは、広範囲に及ぶ長時間の停電だった。

通信会社は災害時の停電を予想し、ドコモの場合は3時間程度持つ非常用電源を、電波をやりとりする基地局に備えていた。

しかし、東北6県に及ぶ大規模な停電には到底、対応できなかった。非常用バッテリーなどが息絶えた結果、ドコモ、KDDI、ソフトバンクなどで最大で2万9000もの基地局が短期間で機能を停止。被災地で多くの人々が闇のなかで孤立する事態となった。

NTTドコモ東北支社の深瀬和則・サービス運営部長は「機能停止した基地局の8割は電源喪失が原因だった」と話す。逆に、電源さえ確保できていれば、通話量を増やす余地があったことになる。

通信大手は震災後、一斉に非常用電源の拡充に動いた。ドコモが見据えるのは地震が起きてから「24時間」の通話確保だ。「せめて24時間あれば、安否の確認など必要最低限の連絡ができる」(NTTドコモの岩崎文夫・取締役常務執行役員)との判断だ。最初の24時間を持ちこたえれば、電力会社による電気の復旧も進むとの期待もある。

ドコモは2月末時点で基地局の87%で24時間電源の整備を終えた。KDDIも2012年度中に約2000の基地局に24時間持つバッテリーを配置する方針だ。

課題はまだある。巨大災害で通信の信号が通る主要なケーブルが物理的に断ち切られると、サービス提供が不可能になるからだ。

東日本大震災ではNTT東日本の管内で東北沿岸部を中心に6万5000本の電柱が倒れたり流されたりした。寸断されたり流出した通信ケーブルの総延長は6300キロ。これによって、固定電話だけでなく、同じケーブルを通じて信号をやりとりする携帯電話などほかのサービスにも影響が連鎖してしまった。

こうした最悪の事態に、最後のとりでになるのが衛星回線だ。今回の震災では、通信各社は、被災地の災害対策本部などに持ち運びができるパラボラアンテナを設置、衛星電話回線を提供した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は巨大災害の際に、行政などの組織だけでなく、一般の住民も自分の携帯電話で衛星回線を利用できる技術を実用化できるとみている。高速インターネット通信衛星「きずな」の次世代衛星がその基盤になる可能性がある。

緊急時に通話の混雑を緩和するための技術、24時間はネットワークを稼働させる電源対策。そして衛星回線の活用――。東日本大震災の貴重な教訓を踏まえた対策は、次の大災害時に一定の効果を発揮するだろう。

しかし、いずれも、肌身離さず持ち歩く携帯ですぐにでも通話し、安心したいという圧倒的な需要に応える決め手にはなり得ない。

通信会社の設備投資余力には限りがある。各社は、スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)の急速な普及により平常時でさえ通信障害を起こしてしまっているのが実情だ。

東日本大震災では、データ通信の規制は、音声通話よりも低い最大30%ほどで済んだ。どうしても連絡が取りたい場合には、通話よりもデータ通信の利用を促すのが通信会社の一貫した立場だ。

ドコモは3月1日、「災害用音声お届けサービス」を始めた。スマートフォンや最新型の携帯で連絡を取りたい相手の電話番号を呼び出し、メッセージを吹き込むと、相手に通知が届く。相手は簡単な操作でメッセージを再生できる。

通話と同等とまではいかないが、相手の様子が音声で確認できる。「文字入力が苦手な人でも、やりとりができる」とドコモは強調する。

「一人一台」の携帯を有効活用するのに、ITリテラシー(利用能力)の底上げは欠かせない。同時に、通信業界側が通話に近い手軽なデータ通信の利用法を提供することも重要な課題になる。

通信業界は、平常時のネットワークを一段と強化するとともに、災害への対抗力を中長期的に高めていく必要がある。

「ITを活用して国民が適切に被害を回避することで、東海地震、東南海・南海地震による被害想定を2014年度までに半減する」――。政府が「世界に誇れる安全で安心な社会」を目指すことなどを柱とする「IT新改革戦略」を打ち出したのは、小泉内閣退陣前の2006年1月だった。

しかし、東日本大震災では携帯端末という強力な道具が広く行き渡ったにもかかわらず、減災の面で十分な成果を上げることはできなかった。日本のIT戦略が改めて問い直されている。

(電子報道部 杉原梓)

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