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「開幕出たい」復活へ鋼の心 阪神・城島健司(上)

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2012/1/21 7:00
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見慣れたいかつい風貌ではなかった。高校球児のように短く刈っていた髪は耳を覆うほどに伸び、屈強だった体は細く見えた。昨年11月24日の契約更改後の記者会見。阪神タイガース、城島健司の「変化」はブランクの長さをうかがわせるのに十分なものだった。

■相次ぐ故障で昨季は38試合出場

昨季は6月5日のオリックス戦を最後に戦線離脱。38試合の出場にとどまった原因は相次ぐけがだった。

2010年11月、長年の酷使で痛めた左膝半月板を手術。医師の「全治6カ月」の見立てに反し、懸命のリハビリで翌年4月の開幕戦出場にこぎ着けたまではよかったが、"強行軍"のツケは大きかった。

投手の左右にそれるワンバウンド投球に体がついていかない。膝をかばっているのは明らかだった。暴投や捕逸を恐れ、低めに変化球を投げるのをためらう投手陣。投球の幅が狭まり、痛打を浴びる悪循環に陥った。5月下旬から6月上旬にかけ、チームは5位と6位の往復が続いた。

城島は右肘の靱帯も損傷し、ついには6月10日に出場登録を抹消。危急の事態に備えて球団が開幕前に獲得した藤井彰人(前楽天)が先発マスクをかぶるようになると、投手陣の復調もあってチーム成績が向上。一時2位にまで浮上したのは皮肉といえた。

■マリナーズで味わった無念

無理に復帰時期を早めたことが災いしたとの見方に素直にはうなずかない。「アメリカでゲームに出られず、野球をしたいと思って日本に帰ってきた」。試合出場への並々ならぬ意欲の根底に、09年に米大リーグのマリナーズで味わった無念がある。

メジャー4年目のこの年は右太もも肉離れ、左足親指骨折と負傷が相次いだ。戦列を離れる間に控え捕手が台頭。結局、復帰後も主戦捕手の座に返り咲くことはなく、71試合の出場に終わったこの年、メジャー生活にピリオドを打った。

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